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【私の宝箱】ストライク 代表取締役 荒井邦彦

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

チャレンジを促す小さな看板

チャレンジを促す小さな看板

 書類をしまうキャビネットの引き出しに貼り付けた小さな看板。恵比寿の事務所で初めて社員を迎える際に、入り口の扉に貼り付けた「お手製」の看板である。

 
 今年3月、手狭になったオフィスとセキュリティ強化を目的に皇居に臨む現オフィスに移転した。その移転作業の折、ふと目に留まった当時の会社ロゴを印刷したものだが、色々なことを戒めてくれる大切なものだ。


 毎月1日、中途採用の社員に向けて、半日をかけ、会社についてじっくり話をする機会を設けている。当社の考え方や今に至る歴史、大切にしている信条など、自分のことばで新たな仲間に語り掛ける。同じ思いで一緒に働いてもらいたいという気持ちからだ。
 
 今でこそ、大手町の一等地にオフィスを構えているが、この看板を付けた恵比寿の事務所は、先輩が使っていなかった倉庫を間借りさせてもらっていた。コピー機も古い物しかなく、1号案件が決まり、手数料も入り、新たなコピー機のリース契約をしようと思ったが、審査を通らなかったという苦い経験もした。
 
 その恵比寿の事務所時代を知る人は社内にはほとんどいない。初めて迎え入れた社員は相棒としてお互い切磋琢磨した仲であった。業績も順調に伸びていく中で、お互いの考えに相違が生まれ、断腸の思いで彼とは袂を分かつことになった。今に至るまでにはいろいろなことがあった。

 
 手に持っている本は、渡辺章博氏の著書「M&Aのグローバル実務」である。この本は、会社創業間もないころに、繰り返し読んで勉強した本である。著者である渡辺氏は日本で初めてGCA をアドバイザリーファームとして上場を果たすなど、M&Aの第一世代として、君臨する雲の上の存在のような人だ。
 
 当社が上場したのち、この渡辺氏とお会いする機会をいただいた上、当社の勉強会では話をしてもらうなど、同じM&Aという業界ながら、取り扱う企業の規模、業務形態の違いがあるが、今でも色々と勉強をさせてもらっている。また、年に数回、食事をともにし、様々な話題で楽しい時間を過ごすことができるようになれたことに、感慨もひとしおだ。
 
 恵比寿時代から20数年が経ち、酸いも甘いも噛み分けてきた。看板を見てはもうあの時代には戻らないと自分を奮い立たせている。
 
 それには、自分自身が認めている「何かをしなかった失敗」も影響している。イソップ童話の狐が届かない葡萄に対して、あの葡萄は酸っぱいから食べなくて良いという「酸っぱい葡萄」の話ではないが、同業他社が上場していく中で、自社には関係ないと当時は言っていたが、それは間違いだったといまは認めている。
 
 恵比寿時代とは大きく変わり、皇居の青々とした木々を見ながら、常に、後ろを振り返らず、前に進むこと、難しいことへもチャレンジする気持ちを改めて再確認した。

(企業家倶楽部2021年7月号掲載)

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