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農業総合研究所 社長及川智正

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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生産者と消費者を繋ぐ架け橋を目指す

生産者と消費者を繋ぐ架け橋を目指す

ITを駆使し、農業のトータルコーディネートを目指す農業総合研究所。2016年には、農業ベンチャーとして初めて東証マザーズに上場するなど、躍進を続けている。「農業は儲からない」というイメージを払拭すべく、日々農業に情熱を注ぐ同社及川智正社長が、その未来展望を語る。

農業を「ありがとう」と言われる産業に

11年前、私は50万円の元手でこの会社を始めました。生産者20名、スーパーマーケット2店舗からスタートし、今では生産者8000名、スーパー1200店舗と取引させていただいています。これだけ多くの方と関われるようになったという事実は、私たちが行っているのが、たくさん「ありがとう」と言われるビジネスである証左だと自負しています。

農業総合研究所(以下、農総研)は、生産者が作るところからお客様に食べてもらうまで、農業のトータルコーディネートを目指しています。社名から「及川さんの会社は何を研究しているのですか」とよく聞かれるのですが、実は何も研究していません。強いて言えば、農業における流通全てを研究しているというところでしょうか。

私たちは2016年6月16日、農業ベンチャーとして初めて東証マザーズに上場しました。卸売業に分類され、日本で唯一「在庫を持たない卸売企業」となったわけです。証券コードは3541。「サイコー良い!」とは、良い番号を頂きました。同じ年に上場した企業は他に、LINE、コメダホールディングスなどがありますが、86社の中で株価上昇率ナンバーワンは私たちでした。ただこれは、農総研の実績というより、農業自体に世間の注目が集まっている証拠なのではないかと思っています。

私たちは「農業×ITベンチャー」を標榜している企業です。理念は「持続可能な農産業を実現し、生活者を豊かにする」。そのために、ITを駆使してクリエイティブに農業を変えていくことを目指しています。往々にして「農業は儲からない」と言われますが、私はそうは思いません。資本主義の世の中で、儲からないのは「ありがとう」と言われない産業でしょう。日本人、更には世界中の人々の心と胃袋を満たす産業である農業が、「ありがとう」と言われないはずがないのです。農業が無くなっては、みんな困ってしまいます。だからこそ、農総研としては「ありがとう」が生産者の元に届く仕組みを作り、農業の衰退を止めたいのです。

生産と販売の境に商機あり

私が農業を仕事にしたいと思ったのは大学生の頃でした。卒業論文のテーマに、将来の農業予測を選んだのがきっかけです。そこで分かったのは、農業従事者の減少と平均年齢の上昇、耕作放棄地の増加、食料自給率の低下でした。つまり、今ある問題と全く変わらないわけです。農業の未来は衰退しかない。そう気付いた時から、農業の道へ進もうと決心しました。

 大学卒業後、一度はガスの専門商社へ入社して営業をしていました。そこでの仕事も楽しかったのですが、どうしても農業が諦め切れなかった。そこで、結婚を機に私の方が寿退社をし、妻の実家である和歌山県の農家へ弟子入りを決めました。

 そんな中、1年間きゅうり、ねぎ、米を作ると、米は費用対効果が良くないことに気付きました。そこで義父に「米の生産をやめてはどうか」と提案したところ、「米は日本の命。それをやめるとは何事だ!」と逆鱗に触れてしまいました。この時、「農業はお金が全てではない」と分かったのです。

 また、土地に対する考え方にも食い違いがありました。義父曰く「暫くすればこの土地がお前のものになるのだから、細かいことをちまちま言うな」。しかし、「何もしなくてもお金を生むものを資産、何かしないとお金を生まないものは負債」と考えていた当時の私は、畑を負債だと捉えていました。これを義父に伝えると、また逆鱗に触れてしまったのです。どちらの考えも間違ってはいないのでしょうが、農業が難しいことは確かだと思いました。

 さて、1年間生産現場を実際に体験してみて分かったのは「農業はつまらない」ということでした。サラリーマン時代はお客様に直接「ありがとう」と言われるのでやり甲斐もありましたが、農業では作った農作物をただ農業協同組合(農協)に持っていくだけ。私が丹精込めて作った野菜は、その内訳が書かれた伝票という紙切れ1枚でしか表されません。このようにお客様の顔が見えない状況では、全くモチベーションが上がらないのも当然です。私は農業が衰退している原因は、仕組みが悪いからだと考えました。

 2年目になると独立し、自分だけできゅうりの生産から販売まで手掛けました。ところが、なかなか真っ直ぐなきゅうりができない。農協に納品するためには規格があり、それを満たしていなければ受け取ってもらえません。しかし、農協以外にどこへ持って行けば良いかも分からず、手当たり次第スーパーにノック営業をかけました。それで何とか1年を乗り切りましたが、その時の年収はたったの40万円。農業は甘くないと思い知らされたのでした。

 ただ、翌年は自ら営業をしなくても、前年取引したところから自然と仕事を頂けるようになりました。それに加え、お客様の要望に応えようと、知り合いの農家の野菜や漬物等加工した野菜を売るなどして、売上げを伸ばしました。この時、農業でもお客様の声を真摯に聞いて応えれば、ちゃんと「ありがとう」と言われることに気付いたのです。

 それでも、一生産者として農業を変えていくには大きな壁があるのも事実でした。地元の農家の知り合いに、自分の取り組みを話すと、みんな感動してくれます。ですが、最後に「及川君、僕らは野菜を作ってやっているんだ。わざわざ、頭を下げてまで売ろうとは思っていない」と言われました。生産者には、先祖から代々受け継がれてきた資産や関係性があります。それを差し置いて新しいことに取り組もうと思っても、なかなかできないのが現実なのです。

 ならば販売から農業を変えていこうと決意し、今度は1年間、大阪府の千里中央で産直屋を開きました。すると、自分が生産者であった時は1円でも高く売りたいと思っていたのに、販売側に立った途端、利益欲しさに持ってきてもらった野菜を値切っている自分がいることに気付いたのです。両方自分で経験したからこそ、両者の考え方の違いに気付くことができました。この生産と販売の交わるところをコーディネートしないと、農業は良くならない。そう思い、農総研を立ち上げました。

妻の一言が農総研を動かす

 実は最初、私は起業する気などありませんでした。ですが、いくら調べても農業の流通を変えようとしている会社が無かったのです。ならば、自分で起業するしかない。ビジネスモデルすら無かったにも関わらず、農業に対する熱い気持ちと50万円の資金だけで農総研を作りました。

 ところが、始めたは良いもののなかなか仕事が入ってきません。そこで家族会議を開き、「1年間だけは全力で会社を運営する。それ以降うまく行かなければ止める」と決めました。先の見えない1年でしたが、妻が「好きなことをやれば良い」と背中を押してくれたからこそ、今があるのだと思います。農総研は私の妻が寛大だったからこそ、できた会社なのです。

 創業当初は、前職で培った営業力を使って、農家の営業代行コンサルティングを行っていました。農家から農産物を預かり、それを農協だけでなくスーパーや百貨店に直接繋げ、コンサルの手数料を頂くという仕組みです。このやり方で仕事が多く入ってきましたが、これには重大な欠点がありました。「コンサルティング」という仕事が根付いていない地方では、農家の方がなかなかお金を支払ってくれなかったのです。どうやら、目に見えないものに対してお金を出すことに抵抗があるようでした。

 そこで「お金の代わりに、そこにあるみかんを30箱頂けませんか」と提案したところ、「40箱でも50箱でも持って行って良いよ」と大量にくれたのです。農家の方も「及川さんにはお世話になっている」と感じてくれてはいたわけですね。

 ただ、その気持ちがお金になるには時間を要しました。結局、駅前にござを敷いて、いただいたみかんを1袋300円で販売。それが、記念すべき農総研の最初の売上げでした。

物流とITのプラットフォームを提供

 私たちは、農産物やその加工品を自由に販売できる物流とITのプラットフォームを、農家とスーパーに提供しています。全国に90カ所ある農総研の集荷場に農産物を持ってきてもらい、それを翌朝までにスーパーに届ける。この物流コストがどこよりも安い。それが私たちの強みです。

 今の時代、スーパーのようなリアル店舗向けの物流は古いと言われますが、青果は7割がスーパーで販売されているのが現状です。そして、物流のパイプを太くするためには、物量を増やすしかありません。たくさん野菜を運ばないと、物流コストは下がらない。まずは大量流通、大量販売をして、物流プラットフォームを確立していきます。

 一方、ITプラットフォームの整備も重要課題です。以前は、農産物に付けるバーコードシールを、スーパーごとに異なる発行機で印刷していました。しかし、生産者からは「複雑でどれがどれか分からない」と不評だったため、一つの発行機にまとめ、どのスーパーのシールも出せるようにした。これにより、多くのスーパーと直取引ができるようになりました。

 また、ITを駆使した情報伝達も行っています。私たちは、B2B2Cのプラットフォームの中で、末端のお客様と生産者を繋ぐアプリを開発。お客様は生産者の情報や動画を見て、作っている人を想像しながら農産物を食べることができ、生産者もお客様の声や評価を直接見ることが可能となっています。

 以前、大阪のスーパーで面白いものを見つけました。和歌山県の農家がみかんを売っていたのですが、その中に入っていたのは「うちの農園に来てくれたら、みかんを3キロプレゼント」というカード。大阪から和歌山までは車で約2時間かかりますから、わざわざみかんをもらうためだけに行く人はいないでしょう。きっと農家と仲良くなって、ジュースなり他の果物なりを買ってくれる。更に帰った後も、その農家のみかんを食べ続けてくれる。私たちの作った仕組みが、ただ都会からお金を引っ張ってくるだけではなく、都会に住む人まで一緒に取り込めるようなプラットフォームとして使われていたのです。

 私たちは販売状況やロス率など多くの情報を提供しますが、それを元にどう売るか考えるのは生産者です。時には私たちが思いもよらなかったアイデアで、新たなお客様を獲得している方もいます。

1兆円分の食料を手掛けたい

 私が経営方針で大切にしていることは、2つあります。まずは「持たない経営」。実は、私たちはITも物流も全て外注です。コンセプトだけを考え、形にする部分はアウトソースしています。

 もう一つは「隣のビジネスはやらない」。近しいビジネスには相乗効果があるとよく言われますが、私は隣ほど芝生が青く見えると思います。そのため農総研では、流通の隣に当たる生産と小売りには手を出しません。その代わり、一個飛ばしの分野には手を出します。すなわち、生産はやらずとも、種苗分野は視野に入れる。小売りは手掛けなくても、外食などの分野には挑戦する。一個飛ばしにすることで、オセロのように色が変わるのではないかと思います。

 また、「漁業をやってみてはどうですか」と提案されることもよくあります。しかし、ずっと「農業を良くしたい」と言ってきた以上、他の業種に関してはM&Aなり業務提携なりで、他社にお願いした方が良いかもしれません。

 私たちは委託販売プラットフォームですから、売りたい場所や人があれば、何でもできます。日本には良い技術を持ったメーカーや職人が多くいますから、私たちの仕組みを他業界に応用してもらうこともできるでしょう。今はモノを売ろうと思えばインターネットがメインになってきましたが、私たちがリアルな流通で使える仕組みを提供することにより、もっと面白い日本を作っていきたいと思います。

 野菜や果物、米、魚、肉など、人々の口に入るお金は100兆円と言われています。その1%を農総研で手掛ける。私は現在43歳ですが、60歳になるまでに流通総額1兆円を達成したい。これが最低限のノルマだと思っています。そして、現在農業ベンチャーで東証一部上場企業はありませんから、指定替えも視野に入れていきます。

農業に情熱を

 最近、ありがたいことに大勢の若い人が私の元へ来てくれます。そして「及川さん、こんな業界でこんなことやりたいのですが、どう思いますか」と尋ねられる。そんな時は必ず、「分かりません」と答えます。

 大切なのは、まず「やること」。成功の反対は失敗ではなく、やらないことなのです。「こんなことをやってみたい」という気持ちがあるのなら、まずはリスクをとって挑戦してみるべきでしょう。その中で、何か困ったことがあれば、起業の先輩としてアドバイスできるかと思います。

 また、自分を信じることを忘れてはいけません。よく、周りの人に「お前のやっていることは正しいのか」と聞かれますが、正しいかなど誰にも分かりません。未来は良くも悪くも不確定ですから、自分の信じる道を進むことが最善。自分を信じられるようにするには、プラス思考を鍛えるのが良いと思います。人生は谷ばかり。この谷を、山と捉えられるか。その考え方こそ、谷を乗り越える秘訣なのです。

 そして、ライバルと仲間の存在は何にも代えがたいものです。私のライバルは、漫画『ONE PIECE』の作者、尾田栄一郎氏。私とは誕生日が1日違いなのですが、年収も知名度も負けています。ですから、50歳になったら一緒にお酒を飲み、60歳になったら追い抜きたい。同級生に頑張っている人がいるというのは、モチベーションの維持に繋がります。

 もちろん、仲間も大勢います。私が寝ずに働いても10日間でたった240時間。これでは、いつまで経っても農業なんて変えられませんよね。しかし、1000人の仲間がいれば1日1時間でも1000時間になります。仲間から少しずつ時間を頂いて、皆の力で農業を変えていきたい。

 今は、良い時代です。情熱さえあれば、何でもできる。だからこそ、私たちも創業9年で上場できたのだと思います。皆さんも、業界は違えど情熱を燃やして一緒に頑張っていきましょう。「Passion forAgriculture」。私は、これからも農業に情熱を注いでいきます。

(企業家倶楽部2019年1・2月合併号掲載)

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