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【先端人】CULTURE BANK STUDIO THE STANDARD BAKERS 社長松本裕功

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

栃木のベーカリーカフェが東京駅で勝負

栃木のベーカリーカフェが東京駅で勝負

スタンダードベイカーズトーキョー

(企業家倶楽部2020年12月号掲載)

2020年8月3日、東京駅の「グランスタ東京」がグランドオープン。150店舗以上が集結、一つの街が誕生した。中でも注目されるのは、栃木県から進出した「THE STANDARD BAKERS TOKYO」である。運営会社CULTURE BANK STUDIO社長の松本裕功は、日本の玄関となる東京駅で、栃木県のブランドを底上げしたいと力を込める。仲間と共に「栃木をもっと元気にしたい!」と熱く語る松本の真意に迫る。
(文中敬称略)

 東京駅丸の内中央口近くに「THE STANDARD BAKERS TOKYO」(以下スタンダードベイカーズ)が誕生し、話題となっている。落ち着いたダークな色でまとめた店内には、食パン類をはじめ、菓子パン類やサンドイッチ、バゲット、カンパーニュなどの本格的なハード系まで約60アイテムが揃う。照明を落とした隠れ家的雰囲気のカフェスペースでは、ゆったりとコーヒーを楽しむことができる。店には次から次とお客が訪れ、すでに「美味しいパンとコーヒーの店」として、重宝されている。「北海道産」の小麦やバターを使用、地元栃木の素材を取り入れ、丁寧に焼かれたパンは、どれもが魅力的で、完成度の高さがうかがわれる。この店の一番人気は栃木県の御養卵を使ったカスタードクリームをたっぷり詰めた「御養卵のクリームパン」という。一口噛むと、さっくりと軽いブリオッシュ生地の中から濃厚なカスタードが溢れ、食べた人を虜にする。


 また地元の名産、とちおとめの自家製ジャムを、たっぷり巻き込んだ「とちおとめプレミアムブレッド」は、ジャムの甘酸っぱい香りとサックリした生地がマッチし、いちごファンを魅了する。そして地元の千本松牧場のミルクを使った「千本松ミルクパン」など、栃木愛に溢れた商品が印象的だ。

 3日間かけてつくられるフランス小麦のバゲットやとちおとめカンパーニュ、セーグルフリュイなど、ハード系のパンも充実、どれを食べてもその完成度の高さに驚く。

 またサンドイッチ類も「自家製ボイルポークとグリュイエールのサンド」、「北海道産コーンとスモークサーモンのピタパン」など、具材の組み合わせにプロを感じさせる。

 一つひとつのパンが熟慮を重ねた秀逸の出来栄えなのだ。「東京駅構内でこれほど完成度の高い食事パンが買えるとは・・・」

 パン好きのお客を唸らせるこの「スタンダードベイカーズ」を運営しているのは、今、栃木で頭角を現している「カルチャーバンクスタジオ」社長の松本裕功である。

栃木を元気にしたい

「カルチャーバンクスタジオ」は2017年、松本が故郷栃木県に戻り創業した会社だ。商業施設の開発やイベントプロデュースなどを手掛けている。社名の「カルチャーバンクスタジオ」には、「その地域で育まれ、長年蓄積された文化を、自分たちの視点・感性と経験で今の時代にあわせて編集、表現する場にしたい」という熱い想いが込められている。

 もともと百貨店に勤めていた松本だが、商業施設。の開発に魅力を感じ、J R東日本ステーションリテイリングに転職。5年間エキュートや駅ナカなどの商業施設開発に打ち込んだ。年に200社の社長と交渉する日々で、充実していたという。しかし妻の出産を機に故郷に戻ることにした。

 5年間は個人で事業を手掛けていた松本、一時期は宇都宮市役所の社員も経験した。その体験が今の仕事に大いに役立っているという。

 石の町として知られる大谷町の再開発の仕事が舞い込んだ。大谷石採掘跡の見学に訪れる観光客の休憩所として、また地元の人に愛される場所の創設をと考えた松本は、パンとレストランの組み合わせを思いついた。パンなら地元の人々に喜んでもらえると考えたのだ。

 しかしパンについて門外漢の松本は、地元のプロをスカウトした。宇都宮の人気ベーカリー「パニフィカシオンユー」のオーナーシェフとして活躍する氏家由二である。「パンを中心にしたベーカリーレストランで地元を元気にしたい」と熱く語る松本の構想は、氏家の心を掴んだ。

 自分の店とスタンダードベイカーズを両立させながら、新店開店のために奔走。18年4月、スタンダードベイカーズ大谷本店がオープンした。本格的なパンと地元の食材を生かした食事が楽しめる店として、たちまち評判となり、まさに地元を元気づける拠点となった。

またとないチャンスを逃さない

 大谷本店がスタートして半年、東京駅グランスタへの出店の話が飛び込んできた。「こんなチャンスは2度と巡ってこない」。松本は東京駅グランスタへの出店を決意した。

 他店と差別化するため店内厨房で焼きたてのパンを提供しようと考えた。東京駅には有名ベーカリーが幾つか出店しているが、いずれも大手ベーカリーでそれぞれ差別化にしのぎを削っている。

 過去にJR東日本関連の商業施設開発の仕事に携わっていた松本は、駅ナカでの商売の魅力も難しさも熟知している。だからこそ「またとないチャンス」に飛びついた。目の前にきた波に乗らない手はない。まさに松本のベンチャー魂がうずいた。何よりも大谷店をスタートしてまだ半年の自分たちに、声がかかったことが嬉しかった。

 東京駅は日本の玄関として世界への発信拠点。行き交う人の数も半端ではない。ましてオリンピックイヤーとなればなおさらだ。

 店舗全体で35坪を確保、「焼きたて」を提供するべく15坪の厨房を設置した。そこだけでつくり切れない手間のかかるパンは、池袋にLaboをつくり運んでいる。

 コロナ禍でまだ人は少ないが、徐々に常連客ができているのも、その品質の高さに満足してのことだろう。

クロワッサンとコーヒーの専門店も

 中央地下通路沿いに「スクエア ゼロ」という大きなスペースがあるが、そのすぐそばのスペース活用を打診された松本。こだわりのクロワッサンとコーヒーの店を提案、それが通り、東京駅で2店舗を出店することとなる。「Curly’s Croissant TOKYO BAKESTAND」である。クロワッサン専門店として、またこだわりのコーヒーを提供する店として、ダブルの店づくりもユニークだ。

 フランス産の小麦粉と発酵バターを使用したクロワッサンは、サクッとした食感と、芳醇なバターの香りがクロワッサン好きにはたまらない。特にとちおとめクロワッサンは見た目も美しく、中には自家製とちおとめジャムが入っており、絶品の味わいだ。美しいトッピングは、繊細かつ華やかで、パンを統括する氏家の技術の高さが光る。

日常品のパンに着目

「そこに人が集まり賑わって、その土地のスタンダードになる店を」と考えたとき、ベーカリーを真ん中に据えたのは正解といえる。「コロナ禍でもパンは日常品なので土産菓子よりは落ち込みが少ない。本当にパンでよかった」と語る松本。

 パンついては氏家に一任、レストランはプロのシェフを招聘。原材料は北海道の山本忠信商店に出資も依頼。さらに東京店を出店するに当たり、パン職人で店長経験者の濱田英一が、松本の想いに賛同し、加わっている。そして19年にはスタンダードベイカーズを会社組織にし、基本固めに注力した。

 コロナ禍で東京駅を行き交う人々が激減、売り上げは予定の半分と語る松本だが、10月に入り、行き交う人が増加、売り上げも回復基調にある。

プロの集合体として高みを目指す

 地元のベンチャーとして、松本にはさまざまな話が舞い込んでいる。カルチャーバンクスタジオについては、「規模を追うのではなく、一つひとつインパクトのある仕事を手掛けたい。今後は農業や宿泊など何をやるかは決まっていないがUターン組の受け皿として、栃木の賑わいに貢献したい」と松本。

 ベーカリーに関しては、今大谷本店の他に日光、宇都宮にも出店、東京駅2店舗を合わせる5店舗となる。「多店舗展開を狙うのではなく、首都圏に5店舗ぐらい出したらあとはアジアを目指す」と語る。北海道の300軒の生産者を束ねる山本忠信商店とともに、国産の豊かな食材を携え、海外で勝負したいという想いがある。まずは雇っているベトナム人が母国に戻って働ける場所をと考えればベトナムが最初となるだろう。

 宇都宮と軽井沢は東京からほぼ同距離だが、知名度は圧倒的に軽井沢が高い。もっと知名度を上げ、栃木のブランドを底上げしたいと松本。そのためには今回出店した東京駅店は最高の発信基地となる。

 それぞれのプロが集結し能力を発揮することで、集合体としてさらなる高みを目指していく。ベンチャーらしい仕事の仕方といえるが、その先導役として松本の次なる挑戦が楽しみだ。

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