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【フォーカスチャレンジングカンパニー】エムアウト 代表取締役社長 田口 弘

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

市場の声で事業を創り出す「起業」のプロ集団

(企業家倶楽部2008年12月号掲載)

個人の起業と社内ベンチャーによって、新たな事業が日々生まれている。しかし、どちらも成功は難しく、多くの人々が挑戦に二の足を踏んでいる。そんな中、第3の道を提唱し、新たな事業を創出し続けているのがエムアウトだ。事業を商品に見立て、ベンチャー企業を次々に“製造”しようという野心的な試みである。社長の田口弘は購買代理店商社として有名なミスミグループ本社の元社長。マーケット理論を駆使した新しいベンチャー育成は果たして、成功するか。(文中敬称略)

製造ラインで事業を創る

 閉鎖的な業界、産業化されていないニーズを見抜き、異業種のベンチャー企業を次々と創りあげる「起業」のプロ集団がいる。起業専業会社エムアウトだ。社長の田口弘は、中堅商社であるミスミの社長時代にマーケットアウトという事業哲学を推進した。

 マーケットアウトとは、顧客の視点で商品やサービスを提供していく考え方である。「物不足の時代、日本の商売の形は、供給者の論理であるプロダクトアウトで成り立っていました。しかし、世の中の流れは消費者の論理であるマーケットアウトへと変わったため、それをあらゆる業界で創り上げる理念で始まったのがエムアウトです。ミスミではBtoB市場を手掛け、エムアウトではBtoC市場へ手を広げました」と田口。

 従来、ベンチャーを育成する際には、起業の支援を行うインキュベーターの役割が大きかった。しかし、多岐にわたる事業を抱え込んで、ベンチャーの育成をこなすのは難しい。そこでエムアウトは、ベンチャーの育成から創造へ、つまりインキュベーターからファクトリーへと構造を変えたのだ。

 エムアウトでは、起業プロセスを「事業開発」「事業化推進」「事業参入」の3つの工程に分け、事業の生産体制に入っている。起業という機能を分けて、工程別にその専門チームがオペレーションを行い、あたかも製造ラインで車を作り出すように事業を創り出すのだ。例えば、最初の工程では色々なアイデアを集めていく。次に、ビジネスモデルを加工し、フィージビリティスタディ(事業の実現可能性調査)を行い、最終的な事業計画書を作成する。そこで初めて、実際に企業を立ち上げ、ビジネスモデルを確立する。

4社の事業参入

 2008年9月、エムアウトは4社を事業会社化し、本格的に市場参入した。その4つの新会社とは、ギャラリータグボート、アイデクト、キッズベースキャンプ、メディパスである。まず紹介するギャラリータグボートは、100年間変わらないビジネスモデルを続けるアート業界を、情報化社会に適したビジネスに変えようとしている。主力業務は、ポータルサイト「タグボート」の運営だ。もともとギャラリーやオークションハウスは産業化されておらず、最大10数億円規模の非常に属人的なビジネスだ。タグボートは、適正価格のないアート業界に、自由に売買できる環境をインターネット上に創り出し、アートの一般化を目指している。アイデクトは、ジュエリーの修理やリメイク、オーダーメイドを手がける宝石工房である。田口は「宝石業界は夢を売る商売だというが、我々からみると閉鎖的な業界です。例えば、宝石の台にはプラチナ・ゴールドを、石にはパール・トパール・サファイアを使います。お客様は石が高いと思うけれど、実際は違う。石は非常に安く、むしろ石を据える台のほうが高いのです。100円の商品を1万円で売っているようなものですから、どうみても1000円で売れるはずです。本来の適正価格に設定すると、安すぎて信じてもらえないこともありますが、それらをオープンにして正直なビジネスに変えたい」と言う。

キッズベースキャンプでの授業風景(東京・桜新町店にて)

 キッズベースキャンプは、小学生の預かりサービスを行っている。幼稚園生向けのサービスは存在するが、小学生の市場は未開拓だった。同社では、一日単位で夜10時まで預かり可能な手軽さと、自宅送迎や食事付きの手厚いサービスを行う。これが、働くお母さんのための子育て支援という時代の要請にマッチし、現在では都内に9店舗を展開、会員数も1000名を超える人気ぶりだ。

 メディパスは、老人ホームで寝たきりの人のための口腔ケアを手掛ける。一般的に、歯医者は治療を行うが、ケアが不足しがちだ。特に、お年寄りの口腔ケアは重要で、咀嚼できないとボケが進行してしまう。要介護高齢者の89・4%は、何らかの歯科治療や専門的な口腔ケアが必要とされており、今後も需要は高まる一方だ。

 エムアウト本体は、事業参入時に最大1億5000万円を投資する。創り出した事業会社は、参入後2年以内の黒字化を目指し、IPOやM&Aで投資資金を回収するのだ。08年9月に事業会社化させた、これら4社の売却も狙う。また、各社の生みの親と育ての親は違う人が担っている。田口は「ベンチャーの成功確率が非常に低いのは、起業と事業の維持発展を、同一人物が行なうからです。ゼロから1を創ることに長けた人が起業し、1から10に成長させることが得意な人が事業の維持発展を担う方が、成功の確率は高まります。そこで、我々は事業全体を工程別に分けて、工程ごとに経営者を代えていきます。結局ベンチャーの場合、事業は命であるため、それを売り渡すことができない。事業を抱え込んで悪循環を起こすなら、合理的に早く売った方が得策です。我々はニーズのある事業を創り、売ります」と話す。

起業・社内ベンチャーに次ぐ第3の道

 また、事業参入前のプロジェクトチームも進行している。例えば、カロリーコントロールを手掛け、低カロリー商品を販売するカロリーショッププロジェクトや、独立的・専門的・実務的な業務を担う人材のベストマッチングを目指すワーキングスタイルプロジェクトなどだ。さらに、パンツ専門のファッションブランド「リュクスラックス」を手掛けるグッドフィットプロジェクトは、伊勢丹新宿店のテスト販売で、2週間で260本を売り上げ、実績も確かだ。

 今期、エムアウトは11社の事業会社を設立する予定で、これらのプロジェクトが次なる金の卵だ。しかし、新興市場の低迷が続き、ベンチャーを取り巻く環境は厳しい。「根本的にベンチャーキャピタルのビジネスモデルを変える必要があります。ベンチャーキャピタルはたとえハンズオンで手掛けても、実際にはM&Aも、社長を取り替えることも出来ていません。私は、今のベンチャーは我々の反面教師だとも言っています。ベンチャーを育てるのではなく、創ることを目的としたベンチャーファクトリーの役割は大きい」と田口。

 エムアウトでは、価格・環境・外国人向けサービスなど、様々なテーマのビジネスプランを募集している。今までにも数十件の案件が集まり、協議が重ねられている。ただ、発案者は経営陣として参画するチャンスがあるものの、社長になるわけではない。事業会社の社長は、社内のメンバー全体の議論で決められる。例えば、メディパスは事業会社に移行する際、社長は今までのプロジェクトリーダーではなく、別の人間が抜擢された。

 大企業のエグゼクティブでも、今やっていることに疑問を感じている人は多いはずだ。エムアウトは、彼らをピックアップして、起業や大企業の社内ベンチャーとは違った、第3の道を提唱する。アイデアや専門知識を持つ者と、起業のプロが共に動けば、それらは新興市場の新たな活性要素となる。

成功と失敗の蓄積

 事業を工程別に分けた際の懸念材料となる、企業家の思いが受け継がれるかという部分を、エムアウトではきっぱり割り切っている。その理由を、田口はこう語る。「思い入れがあるから成功するのではなく、思い入れのために駄目になってしまうケースの方がずっと多い。中小企業で終わらないためにも、必要以上に抱え込まずに割り切った方が、プラスに働きます。社長は、各段階で一番の適任者が担うべきです。ミスミに関しても、私はあそこまではできたが、それ以上はできないと感じていました。だからこそ、バトンタッチしたわけです。そのように、あるステージごとに最適な人に変わっていくと、企業は順調に成長できます」

今のベンチャーは、成功する確率が低くて大半が失敗している。ただ、その失敗ノウハウを蓄積しているところはない。そこでエムアウトは、科学的に成功確率を高めようとしている。我々から見ると、ベンチャーは同じ間違いをやっています。戦術論レベルのアイデアで会社を作ってしまうので、先が見えておらず、すぐに限界がきてしまう。例えば、多くのバイオベンチャーは生産設備や販売ルートを自ら作ろうとします。しかし、すでにそれらを持つ会社に、自らの技術だけを売ったほうがずっと早いのです。さらに、投資も少額で済みます。全部自分たちでやろうと、こだわるから失敗してしまう」

 エムアウト自身も、試行錯誤している。最初の想定と違ったことも多い。例えば、ギャラリータグボートでは、絵画の売買だけでは商売にならないことがわかったため、インターネットビジネスに変えていった。ベンチャーが成功するには、運も重要だが、チャンスを増やしていくしかない。エムアウトは、創業する前に事業を研究・検討し、フィージビリティスタディを徹底的に行い、間違いない形を創り上げていく。同時に、失敗したものはフィードバックして、同じ間違いは二度と行わない。そのようにして、成功の確率を上げていく。

実りの収穫へ

 エムアウトの平均年齢は33歳と若く、理念に賛同した社員は、単体で51名に上っている。それぞれが異業種の事業に携わるため、シナジーの必要もなく、出身業界はバラエティ豊かだ。ただ、各事業が手探りであるため、クリエイティブな人材をどう集めるかが鍵となる。田口は、「これまでのベンチャーはスポーツで例えれば、体操・柔道・水泳などの個人戦です。対して、我々はサッカー・バレーボールなどの団体戦です。ですから、アイデアを持つ人の意向によって、参画したり、アドバイザリー契約を結んだり、その形態は多様です。報酬も、そのウエイトによって利益配分していきます」と話す。

 M&Aを行う際に、理念や雇用を守り、シナジーや付加価値を高めてもらう相手を探していけば、実績は自ずと上がってくる。そうすれば、マーケットアウトを活かした事業の受注生産も可能となるだろう。

 現在、エムアウトは第7期に突入した。本当のエムアウトの売上は、事業の売却時に発生する。そのため、この6年間に種まきした投資額は、通算で30億円に上った。しかし今期は、待ち望んでいた実りある収穫の時期だ。(土橋克寿)

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