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マネーフォワード 代表取締役社長CEO 辻 庸介

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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ITでお金の課題を解決

マネーフォワード 代表取締役社長CEO 辻 庸介

(文中敬称略)


自動家計簿で楽々資産管理

 自身の総資産を完璧に把握できている人はどれだけいるだろうか。複数の銀行口座に複数のクレジットカード。どの程度の金額がいつどの口座から引き落とされるか、つい忘れがちだ。株式や投資信託、為替などで資産運用をしているとなればなおさら、現在の総資産額がどの程度なのか、いちいち計算していられない。おまけに、毎月家賃や光熱費、通信費、保険料などが引き落とされていくものだから、もうお手上げだ。

 そんな悩みを解消し、お金のデータを一括で管理できるのが、自動家計簿サービス「マネーフォワード」である。自身の持つ銀行口座や証券口座のID情報を入力すると、アプリがそれぞれと自動で連携し、株式や為替はおろか、投資している不動産の現評価額、飛行機のマイレージ、スーパーで使用している電子マネーまで一挙に把握できる。

 同サービスはパソコンやスマートフォンアプリでアカウントを作れば、基本的に無料で利用可能。月額500円のプレミアム会員になると、1年以上の蓄積データが見られたり、無制限に金融機関情報を登録できたり、特典が増える。また、自身と同じ属性、年収の人の平均値と比較して、自分が何にお金を使い過ぎているか如実に分かる機能もあり、「エンゲル係数が高い」「家賃にお金を使い過ぎている」といったアドバイスを受けられる。

 2017年の調査では、サービス利用者の約半数が家計収支の改善を実感しており、その月々の金額は無料ユーザーでも平均約1万5000円、プレミアム会員となると平均約2万5000円というから驚きだ。運営するマネーフォワード社長の辻庸介は「お金の流れを見える化すると、使い方が変わる」と説く。

 ユーザーの年齢層は30~40代が多く、平均年齢は36歳。男女比は半々で、男性は資産管理、女性は家計簿に使う傾向にある。今や家計簿アプリを使う4人に1人が「マネーフォワード」を利用し、その数は650万人に上る。

セキュリティが最優先事項

 ただ、銀行のIDやパスワードの登録には懸念を抱く向きも多い。この点については辻も「特効薬は無い」と語り、「セキュリティは経営の再優先事項」と口を酸っぱくして言ってきた。

 辻はマネーフォワードを立ち上げる前、インターネット証券大手のマネックス証券で働いていた。その経験から、創業当初より同社出身の技術者を入れ、インフラとして止まることの許されない金融機関と同等レベルのセキュリティ水準を保っている。

 金融機関系のVC(ベンチャー・キャピタル)から厳しい監査を受け、第三者機関によるセキュリティ認定も得た。データは全て暗号化し、バラバラに保存。社内の人間でもアクセス不可能なので、特定の口座情報を見られることはあり得ない。

 更に今、業界全体で取り組んでいるのがAPI連携である。従来、マネーフォワードが金融機関と口座を繋げる際には、お客のパスワードとIDを預かり、お客の代わりに口座までアクセスして情報を取得していた。一方API連携では、マネーフォワードがパスワードやIDを持つことなく、直に金融機関から口座情報を呼び寄せることができるので、セキュリティレベルは更に向上する。

 政府としても、80の銀行に対して20年までにAPI連携ができるように働きかけているが、マネーフォワードは14年時点で既にこれを提唱。金融機関との連携数で日本一を誇る。

 また、そもそもマネーフォワードが新興ベンチャーであるが故に不安を覚える人もいる。これについても辻は「信用はコツコツ貯めるしかない」と真摯に受け止め、自社ホームページに創業の想いはもちろん、役員の顔と経歴まで全て掲載。17年9月に東証マザーズへ上場したのも、信用力向上が念頭にあった。

B2B事業も伸びる

 ユーザーからの信用を勝ち取るべく、期待を上回るサービス創りを心掛けるマネーフォワード。当初は連携先に自分の使う銀行口座が無いという声が多かったが、現在では約2650ものサービスと連携できており、これも日本一だ。

 自動家計簿を中心としたB2C事業と並ぶ売上げに成長したB2B事業も、ユーザーの声が元になっている。「確定申告向けのサービスが欲しい」との要望に応えたのが始まりで、同じスキームで自動化可能な法人決算も含め、12年5月の創業から1年半後にはリリース。これが現在の「MFクラウド確定申告」「MFクラウド会計」となった。

 マネーフォワードはその後もB2B領域を広げ、今では会計から給与、請求書、経費精算、マイナンバー管理まで揃えている。会計事務所で使われているクラウド会計サービスの6割弱はマネーフォワードのものだというから、プロが利用しても遜色無いレベルだ。

 辻はマネックス証券に入社する前、ソニーの経理部に勤めていたため、会計や経理の苦労を肌身で感じていた。マネーフォワードのサービスを使うと、これまで数日かかっていた確定申告が数時間でできるようになり、会計も手入力していたデータが全自動管理される。経費精算の場面でも、営業が月平均2~3時間かけていた交通費精算がたった10~15分に短縮され、生産性が大幅に向上した。

スマホとクラウドの潮流に乗る

 マネーフォワードの原点は、「お金に関する課題を解決したい」という想いだ。「お金を前へ。人生をもっと前へ。」という同社のミッションには、「お金というツールの使い方を最適化することで、自分の人生をより前向きに持っていける」との意味が込められている。

 辻は「現在のポジションを取れたのは偶然」と笑う。今でこそ「フィンテック」は流行語のようになっているが、創業時はその言葉も無かった。「単にインターネットでお金の課題を解決するサービスが無かったため、自分たちで作った」というのが実情だ。

 時代の追い風も受けた。当初からスマホに特化するつもりで「マネーフォワード」のアプリを開発すると、スマホ市場が爆発的に伸び、先行者利得を享受できた。また、B2B領域においても、パッケージソフトからクラウドサービスへの潮流に乗れた。

 今後の展望について、「目標数値はあまり無い」と語る辻。だが、4000~5000万人と言われるインターネットバンキング利用者がターゲットとなることは間違いない。法人向けサービスも、「生産性向上のために導入しない手は無い」と自信を見せる。

 一方で「企業が衰退していく時に新しいビジネスを起こすのは大変。成長段階で新規事業をどんどん立てていかなければ」と危機感を募らせる辻。対面でお金の相談が可能な「mirai talk(未来トーク)」、自動で貯金ができる「SiraTama(しらたま)」など、次々に新事業を立ち上げる。

 個人、法人の両面から「お金の課題を解決する」マネーフォワード。様々な領域でお金の流れが見える化すれば、多くの人の安心と効率化に繋がるだろう。カードや電子決済に対する漠然とした不安から、未だ現金払いが主流の日本がキャッシュレス化する日も、そう遠くないかもしれない。

(企業家倶楽部2018年8月号掲載)

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