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【私のターニングポイント】ベステラ 代表取締役社長 吉野佳秀

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

暗夜を憂うこと勿れ

 二度と戻らない。そう決めて、故郷である名古屋を夜逃げ同然で飛び出しました。40歳の時のことです。その時の勇気が私の人生を変えたと思います。もし上京していなかったら、今のベステラはないでしょう。

 きっかけは些細な事でした。ある時、スクラップする紡績の機械を売っていただく契約をしていたので、トラック2台で客先に出向きました。ところが、先方の社長は「妻がもっと高く売れと言う」と、突然値上げ交渉をしてきたのです。社長同士の取り決めを覆そうとする姿勢に耐えられず、私は「もういい」と手ぶらで帰りました。まっとうな商売をしたい。そう思うと、悔しさがこみ上げてくると同時に嫌気が差しました。

 東京にあてがあったわけではありません。市場が大きいから何とかなるだろうと思っていました。しかし実際はその日生きていくだけで精一杯で、塗炭の苦しみを味わいました。母の葬式代の10万円が用意できなかったほどです。

 そんな状況を打開したのは、50歳で発明した「リンゴ皮むき工法」です。当時、豊洲周辺の再開発によって、あるガスタンクが解体される予定でした。私は何とかこの大きな仕事を取りたいと思い、毎日タンクを下から眺めていました。すると、もし下部が無ければ、上で切り取った鉄は直接地面に落ちて、あとは片付けるだけになると思い付きました。それならば、最初に下部をくり抜けばいい。そして、上から鉄を繋いだまま切っていけば、自重で勝手に落ちて来ると気付いたのです。その瞬間は、ぞくっと身震いがしましたね。

 従来、ガスタンクを解体する際は、溶接してある鉄板を一枚一枚外してクレーンで降ろしていました。一方、我々はまさにりんごの皮を剥くように続けて切っていきます。切られた部分は重力によってとぐろを巻いて下に落ちていきます。「りんご☆スター」という小型ロボットがタンクを這うように鉄を切断していくので、人手も必要ありません。

 建設する人は、重力や災害といった自然の力と戦える建物を作らなければいけません。しかし、解体するとなれば戦う必要はない。今度はむしろ地球に助けていただけば良いのです。

 それからは、まるで世界が変わったようでした。今まではこちらから契約を取るために出向いていたのに、今度はお客様から依頼される立場になりました。それも、大手ガス会社などがやってきます。

 それほどリンゴ皮むき工法は画期的でした。もちろん安いのは良いことですが、お客様が求めているのは安さだけではありません。安全で間違いが無いことこそ良い仕事の条件です。だから我々の合言葉は「より早く、より安く、より安全に」。それは合理的な解体方法だからこそ可能であり、私たちの解体は「美しい」のです。

 日本は原発事故を受けて、エネルギー構造を変えようとしています。先日、政府が2030年度の望ましい発電方法の内訳を発表しました。コストが高い石油による発電を、2014年度より7%減らす方針です。わずか7%ですが、これによって多くの関連施設が不要になります。また、廃炉にする原子炉の関連施設を解体する受注もあります。この流れは弊社にとって追い風になるでしょう。

 ビジネスの世界では生き残るのではなく、勝ち残らなければいけません。「一燈を提げて暗夜を行く。暗夜を憂うこと勿れ」。これは言志四録の私が好きな句ですが、「自分が決めた道なのだから、周りが暗闇であろうと文句を言うものではない」という意味です。自分が決めた目標に向かって、誰にも負けない努力をしなければなりません。人知れぬ所で努力し続けてこそ、最後に神様が背中を押してくれて、初めて成功できるのです。

(企業家倶楽部2017年8月号掲載)

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