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【H I T M A K E R ヒットメーカーに聞く】 株式会社ル・スティル社長 西川隆博

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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この国の豊かさを次世代へ繋ぐ

この国の豊かさを次世代へ繋ぐ

(企業家倶楽部2020年4月号掲載)


昨今高級食パンがブームとなっている。その仕掛け人として君臨するのがル・スティル社長の西川隆博氏である。日本一おいしいバゲットで名高いブーランジュリー・ブラッスリー「VIRON」を展開する社長とし知られている。その西川氏が食パンだけで勝負する「セントルザ・ベーカリー」を銀座にオープンして6年半、いまだその人気は衰えることはない。食パンの新しい価値を創造し続ける西川氏に熱い想いを伺った。 (聞き手は 本誌副編集長 三浦貴保)


問 セントルザ・ベーカリーが2013年の6月末にオープンしたときは驚きました。食パンだけで勝負する店はなかったので。それまで経験したことのない食パンのおいしさに連日大行列でした。あれから6年半経ちますが、いまだ行列が続いていますね。

西川 おかげさまでありがたいことです。

問 この店ができて「食パンの価値が変わった」と思いました。北欧風のオシャレなカフェを併設し、これだけ大掛かりな店を出店するというのは勇気が要りますね。

西川 その5年ぐらい前から、食パン専門店を構想していました。

問 今あちこちで食パン専門店がオープンし「高級食パンブーム」がおきています。元祖としてそれについてはどう思われますか。

西川 高級食パンブームは勝手に作り上げられたので、僕らはそれをあまり肯定的には捉えていません。やはり美味しさと、客観的に品質が良いと言っていただけるものを作って、ちゃんとした価格で販売したい。

問 「乃が美」は生食パンとして全国に150店ぐらい展開しています。それ以降、いわゆる耳まで柔らかい生食パンがブームとなっています。

西川 耳まで柔らかい食パンを好む人もいるのでしょうが、僕の感覚としてはブームもそろそろ終わりかと。我々のは耳はしっかり焼いて。でも柔らかくしっとりしているものを作ろうと。焼きたては香ばしく、ビスケットのような耳です。そこは乃が美と違う。本当の食パンが好きな人に「耳も美味しいね」と言ってもらえる食パンを広めたい。 

問 当時は2斤で税抜き800円ということで、高級食パンと言われましたが、今は1斤で400円以上の食パンを売るベーカリーもでてきましたので決して高級ではない。

西川 去年の4月から100円値上げして900円にしました。

問 食パンをお土産にすることも西川さんが初めてですよね。誰に差し上げても喜ばれます。

西川 最初からお土産を想定して紙袋やトレーもつくりました。値上げしたとはいえ、1000円以下での銀座土産はそんなにありません。

問 食パンだけで勝負するとは、思い切った決断ですね。

西川 神戸や兵庫で昔からやっている店はありましたが、反応はいまひとつ。東京のど真ん中なら可能性はあると。青山か銀座か。今は青山にも出店していますが、お土産にしていただくなら、ブランドとして場所も大事です。たまたま85坪のこの場所が見つかりました。

問 北欧のインテリアでまとめたこのオシャレなカフェも話題となりました。

西川 カフェは収益を取るというより、食パンを楽しんで頂いたり、食パンの食べ方を提案できる場所にしたかったのです。

問 3種類の食パンを食べ比べるセットメニューが人気とか。一日どのぐらい焼いているのですか。

西川 1200本です。スタートして半年くらいでオーブンを入れ替えて、焼ける本数を増やしました。

食パンの価値を再構築したい

問 なぜ食パンに目を付けたのですか。

西川 食パンは日本で一番売れ、食べられているパンなので、元々マーケットが大きい。量的に圧倒的に売れているのはスーパーの袋入一斤180円ぐらいの食パンです。6年前は135円ぐらいでした。 30年前に170円で売っていたのがどんどん下がってしまった。食パンはそんなに価値がないものなのか、ちゃんとした価値をもう一回取り戻したい。我々が別の価値をつくって、お客さんに提案していこうと。

問 その奮闘のおかげで今、食パンに注目が集まっています。

西川 6年半前に出店した時は、パン業界の人に銀座だから売れるけど、自分たちの店では無理と、ずっと言われました。しかし乃が美の食パンが売れて、お客さんが1斤400円という価格に抵抗がないことが分かった。

問 この店ができて、食パンの価値が上がったと思います。

西川 本題はこれからです。既存の技術のあるパン屋がこの価格で勝負しなきゃいけないということです。ブームが終わっても一生懸命やってきた人たちが、ちゃんと利益が出るビジネスができるかですね。

固定概念を破りたかった

問 食パンがきちっと売れれば、パン屋さんにと
っては有難いですね。。

西川 コープさっぽろがうちの食パンをやりたいというので、美瑛の麦を使ってくれるなら、レシピを教えるし、技術指導もサポートもしますということで始めたら、2店だけですがなんと1本900円で売れています。

問 札幌でも食パン1本900円で売れているとはスゴイことです。

西川 当初は北海道への出店を心配する声もありましたが、焼きたてのしっとり柔らかく美味しいパンが出来ると、お客さんは支持してくれます。

問 1切れ当たり100円程度で、美味しいもの食べられたら幸せですね。

西川 100円で幸せになれるのに、それを25円でなければ売れないと思うのはおかしな話です。お客さんはそんなこと思ってなかったはずなのに、パン屋が価値を下げている。ようやく安くなければ売れないという固定概念をブレイクスルーできた。僕はそれをしたかったのです。

バゲットより食パン

問 店内焼成せずに食パン並べている店もあります。

西川 それは段々淘汰されていくでしょうが、このカテゴリーは残ります。今までの固定化されていた価格と、お客さんの意識が、この数年で変わってきたのは良い傾向です。そこでしなければならないのは、バゲットではなく、地に足のついた食パンを手掛けることです。バゲットはカッコいいけど、食べてくれない。

問 バゲットを翌日以降おいしく食べるのは難しいです。

西川 我々のバゲットも翌日以降は美味しくない。バゲットは絵にはなるし、店に並べるとカッコいいが日本のお客さんは求めていません。VIRONをやり始めた16 年前は、東京なら高くても特殊なものなら買ってもらえると思い、バゲットをやりました。しかしバゲットはどこまでやっても広がらない。

問 なかなか日常にはならないのですね。

西川 だったら一番食べている食パンで、何とか価値を上げたいと。5年間考えてここをつくりました。

問 それにしてもこの店をベンチマークに異業種からの食パン専門店が増えました。

西川 僕が悪かったと思うのは、参入障壁を下げてしまったこと。単品で、価格も高く売れるので、外の人からみたらおいしいビジネスです。パン業界の人は誰もやらなくて、異業種の人たちが飛びついた。パン屋は作るのは上手だけど、売るのが下手な人が多い。せっかく価値ある食パンをつくっても、既存の店舗と同じ棚に並べても売れない。専門店は何を売りたいか伝わり易いから、専門店が良いと考えました。。

問 専門店の方が確かにわかり易いし、伝え易い。西川さんのように先陣を切って頑張る人がいないと、前に進まない。

西川 もっと進化できないか、もっと美味しくなれないのか、価値を生んで、ビジネスとして成り立つことを目指さないと。そのためには技術が一番必要です。

ヨーロッパに食パンを広めたい

問 食パン専門店の2号店をパリに出しましたが、いかがですか。

西川 まだなかなかね。

問 食パンが主食じゃないところに食パンでチャレンジするとは。

西川 流れとしては、やわらかいパンに嗜好が変わってきているので、次のステップに行こうかと考えました。
 スーパーを含めて卸売りをします。今向こうも、安くてあまり美味しくない食パンが多いので、美味しくて柔らかいパンというジャンルを提案したい。元々それは計画にあり、その為に店舗を作ったようなものです。日本は過当競争のレッドオーシャンでしょう。

問 昨夏、北欧に行ったらスーパーに三角サンドがいっぱい並んでいました。西川 ヨーロッパでも柔らかい食パン系統のものが圧倒的に増えている。多くの人にはしっとりしているほうが美味しいと思うんじゃないの。何カ所かに工場を作って、我々の品質の食パンを供給したいというのが、パリに出店した最終目的。ヨーロッパで新しいマーケットを作りたいですね。

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