MAGAZINE マガジン

【緑の地平vol.11】 三橋規宏 千葉商科大学名誉教授

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

原発廃炉ビジネスを成長産業に育てよ

(企業家倶楽部2013年1・2月合併号掲載)

苦境に追い込まれた日本の原子力企業
 福島原発事故が引き金になって、日本を代表する日立、東芝、三菱重工の3大原子力企業が苦境に追い込まれている。政府が昨年(12年)9月に策定、発表した革新的エネルギー・環境戦略は、「30年代に原発稼働ゼロ」を大方針に掲げている。民主党政権の原発ゼロ路線を「無責任」と批判してきた自民党も、事故前のような積極的な原発推進派ではない。長期的展望に立てば脱原発が望ましいという立場は民主党と同じだが、そこにソフトランディングするまでのつなぎとしてエネルギーの一部を原発に依存せざるをえないと考えているに過ぎない。 
 事故前、経済産業省・資源エネルギー庁は、「今世紀は原子力ルネサンスの時代になる」として、2020年までに9基の原発を新設、30年までに14基以上の原発を新設し、電力発電量の50%以上を原発が占める体制を整え、経済成長、エネルギー安全保障、地球温暖化対策の三つの目標を同時に達成できるとして、そのための「エネルギー基本計画」を10年6月に策定し、着々と計画を前に進めてきた。 
 3大原子力企業もこうした動きに呼応するように、原子力産業部門の強化に力を入れてきた。表からも明らかなように、3大企業は、米仏の有力原子力企業と技術、資本両面の提携強化を図り、世界市場で盤石の競争力を築き上げてきた。 
 その出鼻を挫くように原発事故が起こった。事故前にはすでに12基の原発の新増設計画が進められていた。このうち島根3号機(中国電力)、大間原発(青森県、Jパワー)、東通1号機(青森県、東京電力)は本体工事に取りかかっていた。原発一基の建設コストは、規模によって異なるが、平均5000億円程度と見られている。12基の建設が実現すれば、6兆円の売り上げになる。さらに30年までに追加的な新増設が期待されるとあって、3大企業は原発を成長産業と位置付け、自信満々で鼻息は荒かった。

海外での受注競争でも苦戦 
 だが、事故の発生で新増設計画はもろくも破綻してしまった。事故後受注は止まり、3大企業は天国から地獄へと一転、苦しい経営環境に追い込まれている。期待された海外からの受注も事故後急速に萎んでしまった。たとえば、日立がリトアニアとの間で進めていた原子力発電所(建設費約5000億円)の新設計画が難しくなってきた。同国が今年10月に実施した原発新設の是非を問う国民投票で、反対が6割を超え、にわかに暗雲が立ち込めてきた。日立はフィンランドやベトナムなど次の受注活動でも優位性を保ってきたが、リトアニアで失敗すれば、計画の見直しを迫られることになりそうだ。 
 東芝などが中心で進めているトルコの黒海沿いの2か所の原発建設(建設費約1兆5700億円)も、事故前は日本が先行していたが、事故後東京電力が脱落し、韓国、中国などから激しい追い上げを受けている。トルコ政府は、事故を起こした福島第一原発と同じ「BWR」(沸騰水型軽水炉)の採用に否定的だ。「BWR」への拒否反応は他国でも広がっており、東芝は米ウエスチングハウス(WH)が作る「PWR」(加圧水型軽水炉)に切り替えて受注を目指しているが情勢は厳しい。 
 ヨルダンの原発建設でも三菱重工が優位性を保ってきたが、事故後ロシア企業との受注競争で苦戦している。 
 事故前は世界一安全な原発として世界市場で圧倒的な優位性を誇っていたが、事故後は一転して劣勢に立たされている。 
 日本政府が国内で脱原発を推進しながら、海外向け輸出を奨励することは完全に自己矛盾である。事故後、海外からの受注が萎んでしまったのは、そうした矛盾を抱えた日本の原発に不信を抱いているからだろう。

原子力ルネサンスの時代は終わった 
 事故前までは、原発は成長産業と考えられてきたが、事故後はどうだろうか。3大原子力企業は、今後の読み方を誤ると、企業衰退の原因を招きかねない重要な岐路に直面していると言えるだろう。 
 私は事故を契機に原子力産業は衰退産業に転換したと考えている。 
 電力不足に悩む新興国やアジア、アフリカなどの途上国は、事故後も原発への関心は強い。しかし原発先進国の欧米主要国の間では、事故後、脱原発、縮原発の動きが加速している。ドイツ、スイス、ベルギーは近い将来、原発ゼロに踏み切ることを決めている。原発大国のフランスもオランド大統領の就任によって、発電量に占める原発依存の割合を現在の75%から50%へ縮小することを明言している。原発推進派のイギリス、アメリカも、事故後新設の動きは止まっている。特にアメリカの場合は、シェールガス、シェールオイルの大量発見と商業ベースでの開発が可能になってきたため、原発への関心は急速に薄れてきている。 
 原発先進国の欧米諸国が福島原発事故後、一斉に、脱原発、縮原発の動きを強めてきたことは、現在建設に意欲的な新興国や途上国にも影響を与え、導入に慎重さを求めるようになるだろう。「原子力ルネサンス」の時代は終わったのである。

廃炉ビジネスで新たな成長市場を築け 
 3大企業はどうしたらよいだろうか。ドイツの原発企業、シーメンスが参考になるだろう。同社はドイツ政府が原発ゼロを打ち出した直後、原子力産業からの撤退を決めた。現在、火力発電の中では最もCO2排出の少ない天然ガス発電や再生可能エネルギーの開発に資源を集中させ、新たな分野の開発に積極的に取り組んでいる。 
 日本は東電福島第一原発4基の廃炉に取り組まなくてはならない。この経験を生かして原発廃炉を官民一体となって新しい成長ビジネスに育て上げてはどうだろうか。 
 経産省は、全国50基の原発を12年度中に廃炉にすると、電力10社合わせて、約4兆4000億円の損失が生ずると試算している。1基当たりの廃炉コストは、約880億円という計算になる。この中には使用済み核燃料の保管費用や最終処分費用は含まれていない。しかも完全廃炉までには40年の歳月が必要で、その間のメンテ代もかさむ。これらを含めると、一基当たりの廃炉コストは少なくとも1000億円はかかるだろう。 
 世界には約450基の原発が稼働しているが、その8,9割が今後10?20年で使用期限の40年を超える。廃炉ビジネスの世界市場規模は40兆円を超えるだろう。この分野のビジネスはまだ確立されていない。日本が廃炉ビジネスに成功すれば、世界の安全に大きく貢献できるし、韓国や中国などが真似をしたくても、簡単にはできない。3大企業は、原子炉建設で蓄積してきた放射能汚染に対する科学的知識や高度技術を今度は廃炉ビジネスに生かし、新たな成長企業としての活路を切り開いてはどうか。

プロフィール 三橋規宏 (みつはし ただひろ)

経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

一覧を見る