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【モチベーションカンパニーへの道】

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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組織の状態を投資指標に

組織の状態を投資指標に

(企業家倶楽部2017年8月号掲載)

経営コンサルティングなどを手がけるリンクアンドモチベーション(以下リンク)は2017年9月、記者発表会を行い、自社のIR資料において「エンゲージメント・レーティング」を公表すると明かした。本レーティングは、同社が開発した企業と従業員の相互理解度を測る指数「エンゲージメントスコア」を基にした格付けランクで、企業価値を表す非財務指標になりうるとしている。今回の記者発表では、リンク会長の小笹芳央が登壇した他、「エンゲージメント・レーティング」公開の賛同企業を招いてのパネルディスカッションも行われた。(文中敬称略)

組織状態と収益力は相関する

「お金、仕事内容、企業理念、社風・・日本経済が成熟期を迎える中、人が働く意義は多様化している。こうした様々なモチベーションを束ねることが、経営にとって重要なテーマとなりつつある」

 そう語るのは、リンク会長の小笹芳央である。

 人事政策の重要性が取り沙汰されるのは、今に始まったことではない。しかし、近年この傾向は強まる一方だ。というのも、GDPに占めるサービス産業の比率が日を追うごとに高まっているからである。これまでは、土地や工場といった設備を持っているかが競争優位の鍵を握っていたが、現在企業価値の源泉となっているのはアイデアやホスピタリティであり、それを生み出せるのは「人」というわけだ。

 人材の流動化も顕著になっている。高度経済成長期には終身雇用が普通であったが、現在は企業と個人がお互いに選び合う相互選択型の関係になっている。企業は多様な雇用形態を提供し、個人は必要に応じて企業と関係を結ぶ。場合によっては雇用契約を変更したり、転職したりすることも珍しくない。

 こうした中、企業も戦略の変更を迫られている。これまでは、いかに競合他社と渡り合いながら自社製品をマーケットに売り込むかが至上命題であったが、今やいかに労働市場に適応していくかが重要となったのである。人材が最も得がたい貴重な経営資源となってきている現在、各社は「選んでもらえる組織」としての魅力作りをしなければならない。

 だが、「労働市場への適応度合を測るモノサシが無かった」と小笹。商品市場であれば、自社商品の売上げ、利益、シェアなどの様々な財務情報を通して、その適応度合が明確に測れたが、組織を測る指標は無かったのである。

 そこでリンクが開発したのが「エンゲージメントスコア(以下ES)」だ。仕事内容、組織風土、人的資源、待遇など、16個の要素が4項目ずつ細分化された64項目への期待度と満足度について、無記名で社員が答える「組織診断サーベイ」によって測定する。

 リンクでは、このESを自社で簡単に測定し、スコアを高めるためのプランを立てたり、進捗管理をしたりできる「モチベーションクラウド」も開発。こちらの導入企業も年々増えている。現在、実績データは3840社90万人に及び、このスコアに応じて、AAAからDDまで11段階の「エンゲージメント・レーティング」が出される。

 今回の記者発表会でリンクは、この「エンゲージメント・レーティング」を、組織状態を表す非財務指標として投資家に公開することを明らかにした。慶應大学ビジネス・スクールとの共同研究により、同レーティングが企業の収益力と相関関係にあることも分かったという。リンクは2025年までに、上場企業の10分の1がこれを投資家に開示している状態となることを目指す構えだ。

リンクアンドモチベーション 小笹芳央会長 / クラウドワークス 吉田浩一郎社長

ユーザベース 稲垣裕介社長 / ラクスル 松本恭攝社長

チームの状態を可視化

 記者発表会では、「エンゲージメント・レーティング」公開の取り組みにおける賛同企業3社を招いてのパネルディスカッションも行われた。

 日本最大級のクラウドソーシングサービスを手掛けるクラウドワークス社長の吉田浩一郎は「エンゲージメント・レーティング」について、「業績では可視化されないチームの状態を数値化できるので重宝している」と語る。

 また、企業・業界情報プラットフォーム「SPEEDA(スピーダ)」とソーシャル経済メディア「News Picks(ニューズピックス)」を運営するユーザベース社長の稲垣裕介は、「全体で見ると良いスコアが出ていても、中には振るわないチームもある。そこまで含めて細かく見られるのでありがたい」、印刷・広告のシェアリングプラットフォームを展開するラクスル社長の松本恭攝は「何が課題かを把握できるので、あとは手を打てば良い。その後、成果指標として定点観測もできる」と評価する。

 ESは各部門や部署ごとに表れるため、組織状態のばらつきも一目瞭然だ。スコアによって、抜本的な対策が必要か、それとも穏やかな対応で修正可能か、そうした判断を個別に行うことができる。

 クラウドワークスでは、スコアの高いチームを参考にして会社全体の改善を図った結果、今では最高スコアのAAAを獲得するに至った。組織改善においてもPDCAサイクルを回していくことが可能という好例であろう。

人に対する投資に理解を

 では、この3社はなぜ「エンゲージメント・レーティング」を投資家に開示することを選んだのだろうか。

 吉田は「弊社の強みはチーム経営だが、それをIRで表すのは困難。その中で私たちの価値をいかに伝えるか考えた時、このレーティングがAAAであるという事実によって、組織力を示せると考えた」と明かす。特に同社は、業績としては赤字経営を続けている。利益という指標では測りきれない強みを投資家に訴える上でも、「エンゲージメント・レーティング」は有効との考えだ。

 同じく、「上場した途端に業績が重視され、どのような組織なのかは見られなくなった」と語るのは稲垣。「ニューズピックス」は同じニュースサイトだけでなく、スマートフォンで利用されるあらゆるアプリが競合と言っても過言ではない。その予測不能な状況下で成長力を示していくにあたり、組織力を表すESの数値は重要だろう。

 一方、松本は従来の投資指標における「人」の部分の欠如を指摘する。「私たちのようなインターネット企業において、全てのサービスは人のアイデアから生まれます。しかし、現在の投資指標では、人は『人件費』という項目に載るだけです」

 今後は、人件費の部分に「エンゲージメント・レーティング」を掛け合わせることで、価値を生み出せる人材がどれだけ在籍していて、その質がどれだけ高いかを見極められるようになるかもしれない。そうなれば、より投資判断もしやすくなるだろう。人に対する投資への理解を深める上で、「エンゲージメント・レーティング」開示の影響は大きそうだ。

スコアの解釈が重要

 ただ、「エンゲージメント・レーティング」を公開していく上では、課題もある。スコアが独り歩きしてしまう可能性も、その一つだ。

 現状の財務指標を見た際、同じ減益となった場合でも、積極的に広告を打ったためなのか、より深刻な問題をはらんでいるのかによって、投資家の見方は大きく異なる。それと同じ現象が、「エンゲージメント・レーティング」でも起こる可能性が否めないのだ。

 実際、大量採用、戦略の変更、新会社の買収などの施策を打つと、スコアは落ちる傾向にある。稲垣は「たとえレーティングがAAAでも、解釈が重要。まして、スコアが落ちた際、その事実だけで伝わるのでは語弊が生じる」、松本も「スコアが短期的に下がった時、会社が構造改革に挑もうとしているのか、本当に組織状態が悪化しているのか、投資家の方々にはその部分まで含めて見ていただきたい」と懸念を示した。

 とはいえ、この「エンゲージメント・レーティング」がこれまでにない全く新しい指標であることは間違いない。小笹も「これは現社員と会社のリアルな指標。労働市場に向けた一つの有力な情報になるのではないか」と期待する。稲垣も「ベンチャーが好きな人もいれば、大企業が好きな人もいる。まずはレーティングを開示することで、自社に合った人材が来てくれれば良い」と語る。

「エンゲージメント・レーティング」が投資家だけでなく、就職・転職活動において応募者が当たり前のように見る指標となれば、各企業への影響力は更に高まるだろう。

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