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【孫泰蔵のシリコンバレーエクスプレス】MOVIDA JAPAN代表取締役兼CEO孫 泰蔵氏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

リーンスタートアップが世界を変える鍵となる

(企業家倶楽部2012年4月号掲載)

■小規模でも急成長するアメリカ発ベンチャー

 今、アメリカ女性の間で「ピンタレスト」というサービスが急激に流行っています。ピンタレストとは、英語のpinとinterestをかけて作られた造語で、自分の興味のあるものや好きなものの画像を自分のページに並べられるサービスです。自分の好きな本、映画、場所、インテリア、ペット、そうした様々な画像を並べることができます。自分の好きなものを可視化することによって、欲しかった洋服を誕生日プレゼントにもらえたり、趣味を共有することで新たな友達が見つかったりするのです。

 ピンタレストはシリコンバレー、パロアルトの会社で、創業は2008年。ユーザー数は公表されていませんが、約30億円も資金調達していますから、数百万人単位にはなっていると考えられます。

 他にもアメリカには急成長する企業が数多くあります。位置情報会社のフォースクエアは、ユーザー数が約2000万人いるにもかかわらず、社員は約70人しかおりません。写真共有サービスを提供するインスタグラムに至っては、ユーザー数が1000万人を突破しているのに、未だに社員は7名です。2010年に約4000万円を調達し、最近再び約6億円を調達しました。このように、アメリカでは小規模でも急激に成長する企業が増えてきているのです。

■投資モデルは軽薄短小型に

 資金調達を行うタイミングをシリーズA、B、Cと言います。シリコンバレーにおける従来型のベンチャーは、シリーズAの時点で調達額の目安が約5億円。それが出来るかどうかがまず問題となります。その後、会社が伸び始めるとシリーズBで約15億円、シリーズCで約40億円を調達するという具合に、大量のお金が必要でした。

 しかし現在は、まず少額投資を行っている組織から資金調達し、その後エンジェルたちから投資を受け、それでも投資額が1億円に満たないような段階でサービスインしてしまいます。そして、次に約10億円、その次はいきなり約25億円という巨額の調達を行い、それ以上の投資は求めません。そのままIPOするか、大手企業などに買収されてしまうからです。

 資金調達の額自体が絶対的に下がり、資金回収の周期が短くなっています。1990年代は、株式上場が投資家たちによる資金回収方法の90%を占めていましたが、現在はM&Aによる資金回収が90%で、株式上場は10%以下と逆転しました。

 以前は創業から上場まで約20年と言われていましたが、近年は創業から上場までの平均年数が約10年と短くなっております。またM&Aの場合はより顕著で、アメリカでは創業1年後に買収されたという事例も出てきました。上場による資金回収では100〜1000倍になったリターンが、M&Aでは5〜10倍と比較的小さくなりますが、資金の回収期間は圧倒的に短くなっているのです。

 昔の資金調達のサイクルとしては、創業1〜2年でシリーズA、2〜4年でシリーズB、4〜6年でシリーズCでしたが、現在は創業から半年、1年、2年、3年という具合に少額投資を重ねるのが一般的です。

 こうしたベンチャーのことを総じてリーンスタートアップと言います。リーンとは、「燃焼効率が良い」「痩せている」という意味です。会社に大量の資金を集めなくても、燃焼効率が良く、細長く伸びていく。これは単にアメリカだけではなく、世界全体のトレンドになりつつあります。

■リーンスタートアップ登場の三つの秘訣
 こうしたリーンスタートアップへの流れには、クラウド、ソーシャルネットワーク、モバイルインターネットという三つのキーワードが関わってきます。

 まずは、クラウドの発達からご説明しましょう。クラウドとは、グーグルやアマゾンが行うサーバ貸し出しサービスです。私が2002年にガンホーというオンラインゲームの会社を創業した折は、初期投資として大量のサーバが必要でした。しかし、最初はお金がありませんので、何とか確保できた2000万円で可能な限りのサーバを買って始めました。人気が出たのは良いのですが、急激にユーザーが増加したので、サーバがパンクしてゲームが全く動かなくなってしまいました。ユーザーから苦情が来ましたが、サーバを買う金は無いので、実績を見せて少しずつお金を借り、総額約3億円かけてようやくサービスが安定したのです。

 このように、100万人単位のユーザーが使うサービスを行なおうとすれば、大規模なサーバが必要ですが、今は自分でサーバを買うのではなく、クラウドを提供している会社から借りるのが一般的です。サーバは、グーグルやアマゾンが何十万台と持っていて、使いたい分だけ借りて使用料を払います。

 ちなみに、私が10年前に3億円かけて手にしたサーバと同じ容量を、現在アマゾンのクラウドで借りるとしたら、月額1万9000円で済みます。しかもアマゾンは、仮に事業をやるならば、1年間無償で貸すとのことです。以前に比べてインフラに使うべきコストが劇的に減少しているのです。

 また、ソーシャルネットワークが登場しました。新しいサービスを始める時にツイッターやフェイスブックに書き込みをするだけで、それが面白いサービスや事業であれば、リツイート(他人の発言を転載すること)などで拡散され、瞬く間に広まります。以前はサービスを知ってもらうだけで多くの販売促進コストがかかりましたが、今は、特に初期段階における広告宣伝費は必要無くなりました。

 そして、モバイルインターネットが普及しました。昔はアメリカ進出と言えば、現地法人を作り、優秀な人材を雇い、リスク覚悟で行なったものです。しかし、ITサービスの場合、英語版を作れば、そのまま公開できます。あとは、アメリカにおけるツイッターの有名人などに気に入られれば、瞬時に広がるでしょう。容易に世界同時配信が行えるのです。

■誰もが世界を変えるチャンスを持っている

 こうしたリーンスタートアップは、一時的な流行ではなく本質的な変化です。資金調達は必要ですが、資金の使い道は以前と異なります。昔はサーバなどのIT機器に使わなければなりませんでしたが、現在は優秀な人材を確保するのに使うのです。優秀なエンジニアは引く手あまたですから、なかなか迎えられません。ただ、お金を出さなければ良いエンジニアを確保できないアメリカと異なり、日本ではお金に比べて同志的結合が出来るか否かが重視されますから、これを有利に使うべきです。すると、創業者に人間的魅力が無ければなりません。行おうとしている事業に志や夢があって、世の中の問題を解決するような大義があることが肝要です。上手く資金調達をしたければ、最後は志に通じます。それは、いつの時代も変わりません。

 優秀な人たちが何人か集まれば、世界を変えていけるのです。昔は大きな組織でなくては世界を変えられませんでしたが、今や誰にでも成功できる可能性はあります。ゼロから起こして世の中を変えられるのは、10年に数人という世界から、1年に数人となっているのではないでしょうか。

Profile 

孫 泰蔵 (そん・たいぞう)

1972 年、福岡県西新生まれ。佐賀県鳥栖育ち。96 年、東京大学在学中に、日本最大級のポータルサイト「Yahoo! JAPAN」のコンテンツ開発のリーダーとしてプロジェクトを総括。その後、数々のインターネットベンチャーを立ち上げ、日本のネット業界の活性化に貢献。2009年、MOVIDA JAPAN 株式会社を設立。これまでの成功体験と失敗経験を活かしてベンチャー企業の創業・育成支援を手がける。現在、若手ベンチャーへの支援プログラム、Seed Acceleration Program を推進。

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