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【緑の地平vol.19】 三橋規宏 千葉商科大学名誉教授

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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洋上風力発電の離陸が迫ってきた

(企業家倶楽部2014年6月号掲載)

低炭素、脱原発の受け皿としての自然エネルギー

 低炭素、脱原発の受け皿になる自然エネルギー(再生可能エネルギー)の普及がグローバルベースで急速に進んでいる。自然エネルギーの開発・普及に熱心なEU(欧州連合)加盟国の中には、50年頃には発電容量の半分以上を自然エネルギーで賄う国が出てきそうだ。例えば、脱原発を宣言したドイツでは、電力供給に占める自然エネルギーの割合(12年現在約23%)を30年までに50%以上、50年には80%以上にする目標を掲げている。12年現在、風力だけで、電力供給の約30%を供給しているデンマークは、20年までに風力だけで50%、50年には風力を中心とした自然エネルギーで、100%電力供給を賄う計画を進めている。

 自然エネルギーの中には、水力、バイオマスなど昔から利用してきたエネルギーの他に近代技術を駆使した太陽や風力、地熱などの発電がある。その代表選手が太陽と風力だ。世界全体でみると、自然エネルギーの新規発電容量のうち、風力発電が全体のほぼ40%、太陽光発電が同30%を占めている。07年から12年までの5年間でみると、太陽光発電の年率増加率は60%、風力発電は同25%の驚異的な伸びを示している。

 太陽光発電や風力発電は、近代科学技術をフルに活用し人為的につくられた新型エネルギーとして登場してきた。そのため、実用化されてから20から30年と日はまだ浅く、今後技術革新に支えられて、大きな産業に発展する可能性を秘めている。

 欧州では自然エネルギーの中で、風力が発電量で太陽を上回っている。だが、日本は逆で、太陽光発電が主役だ。11年現在、日本の発電容量に占める自然エネルギーの割合は4%弱、太陽光と風力に限ると、合わせても1%弱に止まるが、その大部分は太陽だ。経済産業省が再生可能エネルギーの普及を目的に12年7月から実施した固定価格買取制度(自然エネルギー生産者に有利な価格で電力を買い取る制度)の設備導入状況を見ると、全体の97%が太陽で、風力はわずかに1%程度。太陽光発電偏重の姿が浮き彫りになっている。

陸上に風力発電の適地が少ない日本

 日本で、太陽光発電が一人勝ちの様相を示しているのは、太陽と土地があれば全国どこでも比較的簡単に設置できるからだ。それに比べ、風力発電の場合は、適地が限られていること、設置周辺の環境負荷をチェックする環境影響評価(アセスメント)に時間がかかること、設置コストが高いことなど様々な問題がある。特に土地が狭い日本で、風力発電を設置する場合は、風車の羽根の音がうるさいとか野鳥の生息環境を壊してしまうなど周辺住民からの苦情が多い。特に出力1000kw(キロワット)を超える大型の風力発電を設置する場合は、アセスメントに数年かかってしまうなどの問題点が指摘されている。

 07年8月、筆者はアメリカ・ロスアンゼルス郊外にある「テハチャピ」を訪れたことがある。アメリカ最大の風力発電の集積地だ。周辺は赤茶けた砂漠のような高原で砂と岩石ばかりが目立った。ところどころにサボテンのような低木が生えていた。見渡すと、尾根沿いに風力発電が林立している。一つの丘を越えるとそのまた向こうの尾根沿いに風車が群生している。テハチャピの風車は80年代前半に造られたもので、出力も300kw程度の小型のものがほとんどだが、全部合わせると1万基を超える数になる。1時間ほどかけて風車の丘を走りまわったが、民家は一軒もなく、燦々と降り注ぐ太陽と丘の上を吹きぬける強い風だけだった。こんな適地があれば、日本でも風力発電はもっと普及しただろう。

 とはいえ、自然エネルギーの健全な発展のためには、太陽偏重を是正し、風力をもっと増やし、エネルギーバランスを整えることが必要だ。欧州では洋上風力発電への期待が大きい このような観点から最近注目されてきたのが、洋上風力発電だ。陸上と違って洋上は障害物が少ないうえ、常時一定の風が吹く適地が多く、大型の風力発電設置が可能だ。

 欧州委員会の政策提言「低炭素エネルギー技術開発への投資」によると、10年現在、EUの全電力量の5%強を風力が占めているが、20年までに最大20%、30年までに同33%、50年には同50%を風力で賄えると試算している。

 風力発電の中で洋上が占める割合は、20年約21%、30年同38%、50年には同58%となり、洋上が陸上を上回る(図参照)。洋上風力に意欲的な英国では20年までに原発30基分を上回る3200万kw(キロワット)の発電を洋上風力で賄う計画を進めている。ドイツも22年までに500万kw(原発5基分)分の電力を洋上風力に期待している。

 洋上風力発電は、風車の基礎部分を海底に固定した「着床式」と風車を海に浮かした「浮体式」の2方式がある。欧州では遠浅の北海やバルト海で着床式が進んでいるが、日本では着床式の適地が少ないため、福島県や長崎県の洋上で浮体式の実証実験が始まっている。設置コストは着床式の二倍以上かかるといわれるが、成功すれば、利用範囲が広く、日本を代表する輸出プラントとして大きな期待がもてそうだ。陸上と比べ洋上では、発電容量の大きな発電が可能になる。陸上の場合は、1基当たりの出力容量が1000kw以下のものが多いが、洋上になれば、5000kwを上回る大型発電が可能になる。

 とはいえ、洋上発電の場合も、考慮しなければならない問題がある。最大の問題は漁業権である。洋上風力発電の設置によって、漁場に悪影響が出るようでは困る。事前に地元漁業関係者との十分な調整が必要なことは言うまでもない。

日立、出力5000kwの大型洋上風力発電の実証実験

 既に日本の発電機メーカーは洋上風力発電の実用化にメドを付け、実証実験に踏み出している。たとえば、日立製作所は、出力5000kwの大型風力発電機の実証実験を年内に茨城県神栖市の沿岸で始めると発表している。羽根(ブレード)の直径が126m(メートル)、地表から羽根先端までの高さは約150m、重量は700t(トン)もある。三菱重工とデンマークのヴェスタス社は共同で8000kwの洋上発電の実用化を目指している。

 今年2月、風力発電機世界最大手の米ゼネラル・エレクトリック(GE)が日本市場へ再参入を発表したのも、日本の洋上風力の将来に大きな魅力を感じたためだろう。

 経産省も洋上風力の普及を支援するため、陸上の風力から切り離し、陸上より高い価格で買い取る検討を進めている。日本でも洋上風力発電の離陸は目前に迫っている。

プロフィール 

三橋規宏 (みつはし ただひろ)

千葉商科大学名誉教授

1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

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