会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2013年12月号掲載)
大きな挫折を経て、「日本を取り戻す」というシンプルかつ壮大なビジョンを掲げ、再び日本のリーダーとなった安倍晋三氏。
自民党圧勝時のわかりやすい「3本の矢」というフレーズに代表される戦略の提示、それに関するプレゼンの記憶がまだ新しい中、2020年のオリンピック招致の最終プレゼンで、またも安倍首相は見事な伝え方を展開しました。
安倍首相のこの最新のプレゼン力分析は、読者のトップリーダー諸氏に、必ずなんらかのヒントを提供するはずです。
「ロジカルプレゼン」と「感情プレゼン」を使い分ける
「前例に鑑みて」といった言い方のように、“証拠”を次々と並べるプレゼンに惹かれる人も大勢います。そのプレゼン通りに行動した場合の、具体的なメリットを実証する“エビデンス”をぎっしりと並べ、自分の主張を相手に論理的に伝えるのが「ロジカルプレゼン」です。
ロジカルプレゼンの強みは、相手がその分野に精通している場合などに有効です。
ところが、今回のオリンピック招致プレゼンで安倍首相が使ったのは、このロジカルプレゼンと対極にある「感情プレゼン」を、上手にミックスした手法でした。
例えば、福島県の汚染水問題を世界中が懸念しているに違いないという前提の元に、彼はまず細かいことを言わずに、「(福島の)状況はコントロールされている」「汚染水は完全にブロックされている」と、自説を2段階に分けて展開したのは、ロジカルプレゼンに属するものです。
また、猪瀬直樹都知事が、日本の交通情勢について、具体的な数字を入れたのもロジカルプレゼンです。
しかし実際には、このロジカルプレゼンでIOC委員の気持ちが東京決定に動いたかといえば、実はそうでもないのです。
最初のプレゼンターであった高円宮妃久子様が開口一番に、東日本大震災に対する世界からの支援に心からの謝意を流麗な英語で伝え、スポーツとご本人との関わりをユーモアも交えて述べられたこと。
続いて、佐藤真海選手が、「私がここにいるのは、スポーツに救われたからです」と言いながら、右足を失いながらも陸上選手として再起したことや、東日本大震災による家族の被災。これらを笑顔で話した最後に、自分の決意を表明するために、右手を自分の左胸に置いて呼びかけたこと。
この満面の笑みが、人々の心を捉えました。
左胸の上に片手を置く動作は、「神仏にかけて」「心から約束します」という気持ちを表します。パフォーマンス学では、「表象動作」(emblems)と呼ばれるもので、動作が強い「約束の気持ち」のシンボルになっています。
安倍首相が「コントロールされている」と言いながら両手の平を下に向けて、水面を軽く押し下げるような動作をしたのは、相手の感情に訴えるプレゼンにおける、言葉を補う「補助動作」です。
さらに、1964年の東京オリンピックを見て感動し、アーチェリーをやろうと決心したというのも感情プレゼンの一種です。
このように、ロジカルで迫り、感情で迫りという組み立ての中で、プレゼンは成功を収めたのでした。
ところが、安倍首相が元々プレゼン上手だったかといえば、実はそうでもないのです。
プレゼンには「リハーサル効果」がある
近頃、安倍首相が各地に出向くと、その土地の特長に触れ、目の前にいる聴衆の心をサッとつかむテクニックを使っていることに気づいている人も多いでしょう。
これが、相手の心に橋をかける「ブリッジング」のテクニックです。
このように、行った先々で情報をさっと取り入れ、相手の感情を動かすテクニックは、以前もこの連載でご紹介した小泉進次郎氏が、いつもやっていることです。
安倍首相は、以前はあまりこのテクニックは使いませんでした。最近の彼のスピーチの変化には、おそらく谷口智彦内閣審議官のスピーチ準備の助力が、大きな影響を与えているのでしょう。
首相のスピーチライターであり、英語が堪能な谷口氏は、その土地の問題を聴衆に伝わりやすいエピソードとして必ず盛り込み、かつ上から目線ではなく、「学び合うアジア」という言葉に代表されるように、双方向性に相手の気持ちを巻き込む文句をふんだんに取り入れています。このようなやり方が最近特に、巧を奏しているのです。
プレゼンは、何度も人の前でやっているうちに上達します。安倍首相の場合も、前回の首相在任時期、今回の首相就任および天下分け目のオリンピック招致プレゼンと、どんな聴衆が目の前にいるかをリアルに想定したプレゼンの猛練習によって、どんどんプレゼン力が上がりました。
今回も、実際にプレゼン会場を使える公式リハーサルは2回だけでしたが、その前に非公式リハーサルを入念に繰り返しています。
日本チームのコンサルにあたった国際PR担当のニック・バレー氏は、安倍首相の今回のプレゼンに対して、「汚染水漏れ問題は、最後の懸念になっていた。しかし、安倍首相はなんとか(IOC委員の支持を)つなぎとめた。特に、質疑応答でね」と言っています。汚染水問題についてはまず、「状況はコントロールされている」と簡潔に説明し、次の質疑応答の中で、具体策のプログラムを決定して着手したことを簡潔に述べたのは、確かに見事でした。
このように段階を追って、まずは大きく「それは大丈夫だ(YES・NO)」と「クローズド・クエスチョン」の形で話し、次に「オープン・クエスチョン」に変えて、「具体的にどうなっている(HOW・WHAT)」かを答えるのも、リーダーのプレゼンとしては非常にうまいところです。
トップはまず、くだくだと細かい内容を述べるよりも、YESかNOかをはっきり示し、その後で具体論を話すこと。このような伝え方は、相手の心に入りやすいものです。
安倍首相のプレゼン技術がどれほど上がったか。それは、ロジカルプレゼンと感情プレゼンの使い分け、リハーサル効果、そして表象動作および補助動作などから見てとれます。そのいくつかはきっと、企業トップにも活用できるはずです。
「パフォーマンス学」の技法から分析する 日本のオリンピック招致プレゼンは、なぜ勝ったのか?
[言語表現]
◎ チームの「理念」の共有 =【Legacy】(遺産)
◎ チームの「行動」= 表象動作・補助動作の統一
◎ チーム行動の入念なリハーサル
◎【Legacy】(遺産):「意義」と「スケール」と「夢」のある単語を中心に据える→ 理念(vision) の決定
◎ これを繰り返す → レペティション(repetition) によるサウンドバイト
◎ 高円宮妃久子様、滝川クリステルさん、水野正人副会長はフランス語でも話した
◎ プレゼンター全員が、オーディエンスと言語コードを共有する(英語・仏語)
[非言語表現]
◎ 胸に手を置いて「誓い」のことば、「約束」のことばを言う → 表象動作(emblems)
◎ 安倍晋三首相「(福島の)状況は制御されている」と言いながら、両手の平で水面を押す→ 補助動作
◎ 滝川クリステルさん「おもてなし」と言ってすぐに合掌 → 補助動作
◎ プレゼンター全員のアイコンタクトの統一
1)見つめている長さ 2)見つめている方向性 3)上眼瞼挙筋の張り
Profile 佐藤綾子
日本大学芸術学部教授。博士(パフォーマンス心理学)。日本におけるパフォーマンス学の創始者であり第一人者。自己表現を意味する「パフォーマンス」の登録商標知的財産権所持者。首相経験者など多くの国会議員や経営トップ、医師の自己表現研修での科学的エビデンスと手法は常に最高の定評あり。上智大学(院)、ニューヨーク大学(院 )卒。『プレジデント』はじめ連載9誌、著書170 冊。「あさイチ」(NHK)他、多数出演中。19年の歴史をもつ自己表現力養成専門の「佐藤綾子のパフォーマンス学講座 」主宰、常設セミナーの体験入学は随時受付中。詳細:http://spis.co.jp/seminar/佐藤綾子さんへのご質問はinfo@kigyoka.comまで