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【エンジェル鎌田’s Eye】TomyK Ltd.代表 鎌田富久 Tomihisa Kamada×ユカイ工学CEO 青木俊介

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

モノづくりの楽しさを体現する

(企業家倶楽部2017年12月号掲載)

今号より、ACCESS共同創業者で現在エンジェル投資家の鎌田富久氏が、投資先企業の経営者と対談する新企画「エンジェル鎌田’s Eye」がスタートした。記念すべき第1回目は、ロボットベンチャーのユカイ工学を率いる青木俊介CEOをゲストに迎え、同社の強みや投資に至るエピソードなどを語っていただいた。

依頼は全て引き受ける

鎌田 まずはユカイ工学の事業内容から伺えればと思います。

青木 私たちはロボットを一家に一台普及させることを目指し、モノづくりをしています。現在の主力商品は家庭用ロボット「BOCCO(ボッコ)」で、2015年に発売しました。これは親が共働きの世帯向けにデザインした商品で、「家族を繋げるロボット」を売りにしています。

 例えば、子どもが学校から帰ってきてドアを開けると、センサーがこれを感知して、お母さんのスマホに通知します。すると今度は、お母さんがスマホからメッセージを送り、その通りボッコが喋るという具合です。他にも別のセンサーで室内温度をグラフ化する機能を設けたり、他社と連携して天気予報を伝えるサービスを取り入れたりもしています。

 ボッコを発売した2年前はIоT(モノのインターネット)が叫ばれ始めたばかりで、かなりユニークな存在でした。最近は似たような商品も幾つか出始めましたが、むしろ市場が拡大して認知度が高まってきた形です。

鎌田 最近では、10月にクッション型ロボット「Qoobo(クーボ)」もお披露目されましたね。

青木 はい。猫のようなしっぽが付いていて、クッションを撫でるとそれを揺らして応えてくれます。そっと撫でるとふわふわ、たくさん撫でるとぶんぶんと、撫で方によって振り方が変わるのが特徴です。コンセプトは「ペットのような感覚で撫でる人を癒してくれるセラピーロボット」。発売は18年夏頃を予定しています。

鎌田 海外の企業が作るロボットもカッコいいのですが、あまり可愛らしい製品は多くないですよね。ボッコのように少し首を振るとか、クーボのようにしっぽを揺らすといった、ちょっとした可愛さの感覚は、日本人の得意分野でしょう。ユカイ工学独自の強みについてはどうお考えですか。

青木 強みは、依頼された仕事を取捨選択せずに引き受けてきた経験です。ベンチャー企業は経営資源が限られますから、最も市場規模が大きい分野や製品に一点集中したくなるもの。しかし、私たちは営業マンをほとんど抱えていないこともあり、企業様からご相談頂いた商品をその時に応じて製作してきました。積極的には営業しないスタイルながら、製品を展示会で披露したり、メディアに取り上げてもらったりして認知度を高めてきた。今は有力な領域を模索している段階ですね。

鎌田 私も最初、「営業無しでもこんなに仕事が来るのか」と驚きました。ベンチャー企業は最初の案件を取るのが一番大変。きっと、青木さんが積んで来られた経験と、生み出してきた面白い製品が世間に浸透した結果だと思います。創業までの経緯を伺えますでしょうか。

青木 元々私は大学3年の頃から何かサービスを作ろうと動き始め、4年生の時にチームラボというテクノロジー系ベンチャーを設立。CTOを務めていました。それを7年間続けた後に立ち上げたのがユカイ工学です。創業した2007年当時は、学生を集めて時間のある時にロボットを作るという週末起業のような形で活動していました。

 チームラボ時代も充実していましたが、燃え尽きた感もあり、何か別のチャレンジをしたくなったのです。それまでも「ロボットを作りたい」という想いは一貫して抱いていましたし、それをビジネスとして成立させることを夢見てきました。当時は、誰もが自由に使えるように作り方などが公開されたハードウェアが登場したり、2005年には愛知万博が開かれたりと、ロボット分野が盛り上がりを見せていた時期。この追い風を受けて私は「ロボットがビジネスになるかもしれない」と考え、難しいチャレンジだとは分かっていましたが、一歩踏み出すことにしたのです。

一年悩み抜いての投資

鎌田 私はユカイ工学を以前から知っていましたが、他のスタートアップ企業よりも順調でしたので、あまり投資する必要性を感じていませんでした。2012年頃、青木さんに「手伝って欲しい」と頼まれましたが、即決するタイプの私でも投資に関しては一年くらい悩みましたね。外部の資金を入れると投資家からの目がプレッシャーになりますし、それがユカイ工学の経営方針と合致するのか見極めた方が良いと考えていました。

青木 その一年間、私は鎌田さんの耳元で「ロボットで成功したい!」と囁き続けていましたよ(笑)。

鎌田 青木さんの決意は固かったですね。それに、お互い誕生日が一緒で、ユカイ工学の住所が私の名前と同じ「富久町」ということも何かの縁かなと思いました。青木さんと私は経営者としてのタイプも似ている。元々技術屋で、営業の苦労も知っていて、ビジネス開拓が好きなところとかね。そうした諸々の要素が重なり、最終的には投資することに決めました。

青木 私たちはソフトウェアだけではなく、ロボットも作らねばなりませんから、どうしても投資の額は増えますし、お金を入れてもらう必要があると考えていました。また、ユカイ工学の「ユカイ」はソニーの設立趣旨書にある「自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」に由来するのですが、起業当初からソニー規模の会社にしたいと思っていましたし、通過点とは言え、上場も目指していた。投資家を募るという施策は弊社の経営方針と合致していました。

鎌田 深く関わるようになって思いましたが、ユカイ工学のようにアイデアが豊富で、ソフトとハードの両方を作れるベンチャー企業はなかなかありません。優秀なデザイナーが入っていて、ボッコのような可愛らしい商品を生み出せるのも大きな強みでしょう。

大抵の失敗は防げる

鎌田 ユカイ工学は技術畑の人材が多いですが、採用の決め手はありますか。

青木 暇な時にもモノづくりをしていて、その発表経験のある方だと嬉しいですね。ただ作るのが好きというだけではなく、見せられる状態にまで完成度を高め、実際に見せているかどうか。そこまで出来ている方は、自然と「どうすれば人に喜んでもらえるか」まで考えているはずですから、展示会などでもお客様とコミュニケーションを取るのが容易でしょう。

鎌田 確かに、そうした人材が集っているのはユカイ工学の良いところですよね。大企業に入ると一人ひとりが歯車になりがちで、仕事の全体像が分からないまま働いていることもあります。しかし、特にモノ作りでは、自分が全体を把握したいものですし、一人で作れてしまうくらいの実力者が揃ってこそ面白いモノが出来る。ユカイ工学は、そうしたモノづくりの本当に楽しい部分を大事にしている企業だと思います。今後、規模を大きくしながらも、このモノづくり精神を保てるかが、新しい挑戦と言えるでしょう。

青木 エンジニアが増えてくると、マネージャークラスは管理が主な仕事となってしまいます。ただ、元々エンジニア志望の方がそうした仕事だけに従事せねばならなくなるのは良くありません。エンジニアやデザイナーがいかに愉快に仕事を出来るかを突き詰め、楽しくモノづくりが出来る会社にしたいですね。

鎌田 私も随時アドバイスはしますが、基本的に経営陣が動かなければ始まらないので、あくまで選択肢を増やすだけです。実行するかどうかは経営陣が決めること。特に必要だと感じた時には強めに言いますが、色々と事情も優先度もあります。本当に腹落ちしたことでなければ、上手く行きませんからね。

青木 自分たちだけだと視点が限られてしまうので、鎌田さんのご指摘には助かっています。

鎌田 失敗に関して言えば、私はかなり経験していますから敏感です。失敗しそうな施策は大体分かりますし、危険な予兆も察知できる。そういう時には、積極的にアドバイスします。成功には運やタイミングなど様々な要素が関わっていますから、他人の事例はあまり参考になりません。しかし、失敗をするのは大抵同じ理由なので、防ぐことは難しくないのです。

青木 それを踏まえて、私たちの課題は何だと思われますか。

鎌田 ユカイ工学における諸刃の剣は、社員が何でも出来てしまうところだと思います。だから、これまでは営業も多く採らずに済んできた。他社と比べても自分の業務領域を超えて動ける人が多いのはベンチャーにとってはとても良いことです。ただ、それは各人の役割が不明確であるとも言えます。会社を大きくするためには、役割分担をしっかりしていくことが必要となってくるでしょう。

ロボットのスタンダードを作る

青木 今後は、世界のスタンダードになるようなロボットを作りたいと思っています。狙うのはスマートフォンの標準を決めたiPhoneのような位置付けです。ノートパソコンが20年前とほぼ同じ形であるように、スマートフォンもこれから劇的に変わることは無いでしょう。持ち運びができ、画面も見やすい。そうした制約を考えると、形は限られてきます。

鎌田 それは成功したプレーヤーの宿命ですよね。ソフトウェアの面から考えても、現状の機器はその上で動く数々のアプリによって普及しているとも言えます。そこにいきなり互換性の無い製品を出せば、今持っている強みを失ってしまうので、現在の強者は変化できないのです。

 したがって、全く違うモノは全く違うところから出て来るしかない。そろそろ画面を使わないデバイスが出てくるチャンスだと思います。一度誰かが正解を見つけて、その上で動き出すアプリやサービスが揃い始めれば、それがプラットフォームになって市場でも大勝できるでしょう。

 パソコンやスマートフォンではアメリカ勢に敗れてしまいましたが、ゲーム機のような成功例を見れば、日本勢でも勝てない理由はありません。本来モノづくりが得意な国ですからね。

青木 現在ユカイ工学でも、ボッコを新しいセンサーやサービスと掛け合わせ、色々と新機軸を打ち出そうとしています。これからも挑戦を続けていきますので、ご期待ください。

P r o f i l e

青木俊介(あおき・しゅんすけ)

1978 年、神奈川県生まれ。2001年、東京大学在学中にチームラボ株式会社を設立、取締役CTOに就任。2002 年、東京大学工学部計数工学科卒業。2007年、鷺坂隆志氏(現CTO)と共にユカイ工学LLCを設立。2008年、ピクシブ株式会社の取締役CTO に就任し、登録ユーザー1200 万人のサービスを立ち上げる。2009 年、東華大学信息科学技術学院修了(中国・上海)。2011年、ユカイ工学を株式会社化し、現在に至る。2015年、グッドデザイン賞審査委員就任。

鎌田富久(かまだ・とみひさ)

1961年、愛知県生まれ。東京大学大学院の理学系研究科にて情報科学博士課程を修了。理学博士。1984年、東京大学の学生時代に、情報家電・携帯電話向けソフトウェアを手がけるベンチャー企業ACCESSを荒川亨氏と共同で創業。iモードなどのモバイルインターネットの技術革新を牽引する。2001年、東証マザーズ上場を果たし、グローバルに積極的に事業を展開した。2011 年に退任すると、2012 年4 月より、これまでの経験を活かし、TomyK Ltd. にて革新技術で日本を元気にするベンチャー支援の活動を開始した。

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