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【編集長インタビュー】MUJIN 最高技術責任者(CTO)出杏光魯仙

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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テクノロジーで社会に貢献したい

テクノロジーで社会に貢献したい

(企業家倶楽部2017年10月号掲載)

ロセン氏は生まれ故郷のブルガリアからアメリカへ渡り、最終的には日本へ、ロボット工学の最先端技術を携えてやって来た。その熱い想いの根底には「人類を、社会を、技術で根本からより良くしたい」という社会貢献意欲が貫かれている。時代の遥か先を行く技術者として、また個性溢れるエンジニアたちを束ねる経営者としての想いを聞いた。(聞き手は本誌編集長 徳永健一)

ロボットは人の時間をクリエイティブにする

問 ロボット工学に興味を持たれた経緯を教えてください。

ロセン 幼い頃、男の子は往々にしてロボットや電車、自動車など機械が大好きなものです。私も例に漏れず、そうしたタイプでしたが、実際にそれを仕事にする人は少ないですよね。

 人類が今後発展し、宇宙へ冒険していくためには何が必要だと思いますか。時間です。山積する問題に集中して取り組むための時間こそ、最も重要な資源となります。私たちが日常生活を送るために、地道に働いて支えてくれる人たちがいますが、人間として成長するための時間がどうしても単純作業に取られてしまっています。もっと頭を使って、更に良い製品、次世代に向けた技術の進化に集中してもらわなければなりません。そうして今後のより良い社会を実現していくためにも、ロボットを使っての自動化こそ肝要だと考えました。学生時代からこの想いは変わらず、これを実現するための第一歩を踏み出す場として、日本の製造業が最も適しているように見えました。

問 日本の製造業は世界の中でも自動化が進んでいるということですか。

ロセン 日本の経済は、なぜここまで成長できたのでしょう。どんな日本の製造業も、自動化を歓迎していました。1980年代、トヨタの工場ではロボットを導入し、自動化を推進していましたが、アメリカでは人間の仕事が無くなることを怖れて自動化の流れを止めていました。30年後、トヨタは世界一の自動車メーカーとなり、アメリカの企業は消えていきました。

問 自動化によって、人間でなければできないクリエイティブなことに集中する時間が作れるようになったということですね。

ロセン そうです。特に製造業、物流業には潜在的な課題が潜んでいます。自動化を推進することによって、仕事内容や業態が変わるでしょう。

日本のハードワークに感銘

問 アメリカにいた学生時代から、時間のクリエイティブな使い方を意識されていたのでしょうか。

ロセン はい。成長のため、技術のためならば夜中まで働いても構わないと考えていました。まだアメリカにいた時分、東京大学の研究員になったのですが、研究室で一緒にいた人たちは週に一度帰宅する程度。初めての日、「遅くなったからそろそろ帰ります」と彼らに告げると、「そうですね、では我々も」と言って、机の下の寝袋に入って眠り出しました。これには感銘を受けましたね。

「自分の仕事を自分の人生にする」という、志がとても高い方々でした。私は、「これからロボティクス分野に入り、時代の最先端を走り続けるためには、こうした志の高い人たちと一緒にやらなければならない」と心から思いました。だからこそ、日本でやることに意味がある。アメリカで同じことをやろうとしたら、当時でも今でも上手くいかないでしょう。

問 アメリカの方が技術は進んでいる印象が強いので、意外でした。

ロセン ロボットの技術については稚拙です。ロボティクスは多額の投資をしてやっと成長していく分野ですが、アメリカの投資家たちはすぐに売れるものばかり求めます。結局、「現状では投資できません」と言ってくる。私はシリコンバレーには失望しています。

問 シリコンバレーに憧れる日本人も多いので、驚きの言葉です。

ロセン 東京でベンチャーの方にお会いすると、多くがシリコンバレーに対してコンプレックスを持っているように見えます。しかし、シリコンバレーからは「お金になる」アイデアは出ていますが、本当に社会貢献になったり、世の中の大きな課題が解決されたりするようなアイデアは出てきていません。

 この2年で、投資家はロボティクスにもお金を入れ始めてはいますが、やはりすぐお金になるものを求めていることに変わりありません。投資されているのはせいぜいドローンで行う配送など。シリコンバレーの人たちは「いかに早くバブルを作るか」ばかり考えていて、本当に社会のために必要なもの、持続的で効率的なアイデアに対して目を向けていないのです。

社会のニーズを満たしてこその技術

問 ロセンさんは技術研究単体ではなく、いかに社会貢献できるか大局観を持って考えているのですね。

ロセン技術分野でも、いかにリソースを効率的に使うかが重要です。MUJINという小さな組織でもここまで成長してこられたのは、無駄の無い開発を心掛けてきたからに他なりません。

 お客様がいなければ、技術も企業も育たない。顧客のニーズを汲んで開発をしているか、自分が好きな技術だけを追求しているかでは、全く異なります。学生時代は何も考えず、好きな技術だけを研究していましたが、世の中を良くしていこうと思うのなら、社会が何を必要としているのか理解して行動しなければなりません。たとえ技術力を持っていたとしても、顧客のニーズが分からなければ使い様がありませんからね。

 弊社では今でも、どんなに忙しくても展示会に出展する機会を大事にしています。お客様のニーズを吸い上げるまたとない機会であり、今後の開発において糧となること間違いありません。私自身が技術で社会貢献をするためには何が必要かと考えて出した答えは「一番優秀なビジネスパートナー」でした。当初日本には、それに該当する人物を捜し求めて来たのです。

問 なるほど、それが滝野さんだったわけですね。

ロセン 当時、大手工具メーカーの営業職にあった滝野の第一印象は、様々な意味で鋭い人。日本の製造業を知り尽くしているだけではなく、良い製品をどのように売っていくのか、身体で分かっていました。私は出会ってすぐに、「彼と必ず一緒にビジネスをする」と直感しました。

問 短期間で滝野さんはよく決断しましたね。

ロセン トップセールスマンでしたからね。でもいずれにせよ、彼の野心はその会社で働き続けることでは満たされなかったでしょう。彼は根っからのチャレンジャーなのです。

「難しいかもしれないけれど、誰も実現できていないことを始めよう。世の中を変えて行こう」と彼から言われました。私も全く同じ考えで、そのためには雇用されるのではなく、ベンチャーを立ち上げるしかありませんでした。

滝野との絆がMUJINの中核

問 創業以来、滝野さんとの関係はいかがですか。

ロセン MUJINの中核は私と滝野の絆です。彼の持つ営業スキルと私の持つ技術力は、我社の強みとしては二番目以降。私たちがいつもハイレベルなビジョンを描き、今後MUJINをどのように牽引するか、その考えが常に一致してきたので、社員たちもそのビジョンに引き寄せられてきました。細かい部分ではいつも言い合っていますが、大事なところでは常に同じ。彼とは話さなくても同じ方向に行けます。仮に長い間、会っていなかったとしてもね。製品や社員を失っても、滝野と私がいればMUJINは必ず続きます。

問 強力なパートナーシップですね。アクセル、ブレーキといった役割分担はありますか。

ロセン どちらもアクセルですね。彼のように頭の回転が速く、スキルのある人はそういません。最先端の技術、製品を売るために、滝野の存在は絶対不可欠です。

問 先日の弊社主催企業家賞の際の受賞スピーチでも、滝野さんは光っていました。

ロセン スピーチで滝野が目立ったように、MUJ INと他社との技術力の差も圧倒的です。ロボットアームの動き一つとっても、目の前の出来事にも関わらず、見ている人には何が起きているのか理解することすら難しいでしょう。

10年来の課題を1カ月で解決

問 MUJINのロボットを導入したアスクルから要望されたことはありましたか。

ロセン ピッキングです。人間がやればピッキングは単純作業ですが、それをロボットにやらせるとなると技術的には非常に難しい。アスクルは色んな会社と話をした上で、MUJINが一番現実的だと判断し、約束した製品を必ず提供している点も評価されたようです。

問 指摘された問題をクリアしたわけですね。

ロセン 分かっている問題だけでなく、潜在的にあった問題についても100単位でクリアしました。ロボティクス分野では、実際に現場で稼働しなければ分からない、想像もしなかった問題が次々と現れてきます。私たちはその問題にぶつかっても、常に逃げることなく取り組み、改善提案をし、クリアして次に進めることができました。

 アスクルのピッキングでは多種多様な商品を扱います。サイズや重量がそれぞれ異なり、課題は商品の荷崩れでした。これを検知した時、当初の計画に無い動作へと変更できるような予測を立てて動いています。ピッキング作業自体は私が大学院時代でもできた内容ですが、実際に現場で稼働しなければ分からないことがたくさんあります。

問 研究室と現場では全く異なるということですか。

ロセン 実際に導入し、24時間稼働して1年間一度も問題が起きなければ、そこで初めて「実績」と呼べるでしょう。ロボティクスの技術力に関しては、MUJINが最も進んでいると自信を持って言えます。

問 MUJINの今の課題を教えてください。

ロセン MUJINの商品にはとてつもない潜在的可能性があります。しかし、そこが難しいところでもあり、たとえ購入しても実際にどう使うのかお客様が想像しにくい。

 とある顧客は、10年以上ロボットに作業をプログラムしてきたのですが、限界を感じてMUJINに相談にこられました。扱うものの大きさがまちまちであったこともあり、最初は苦労しましたが、私たちは1カ月でその問題をクリアしました。MUJINのシステムを導入すれば、最小限のプログラミングで、ロボット自身がどのように動けばいいかを理解します。

問 10年来の問題を1カ月で解決されるとは驚異的ですね。

ロセン それが知能化システムの力です。他のロボットメーカーでは、入力された通りにしか動かない。ロボット自身で判断ができないのです。無限の可能性の中からロボットに判断させる。ここが最も難しい点であり、私たちのモーションプランニングの強みでもあります。

問 最後に、滝野さんにメッセージを頂けますか。

ロセン ロボットは始まりにしか過ぎない。この世の中を変えるファーストステップです。

p r o f i l e

出杏光魯仙(デアンコウ・ロセン)

米国UC バークレイを首席で卒業後、カーネギーメロン大学のロボティクス研究所で「自律マニピュレーションシステムの自動構築」のテーマで26 歳にして博士号取得。その後東京大学でのポスドクを経験後、2011年に滝野とMUJIN を設立。

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