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【編集長インタビュー】ピーバンドットコム 田坂正樹社長

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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「仕組み」を磨き上げる!

「仕組み」を磨き上げる!

(企業家倶楽部2019年12月号掲載)

経営者仲間からは「常に前向きで、頼りがいがある」、「自分にない
新しい発想や気付きをくれる」、「段取りがよく、マメな性格」と評される人情派の社長である、一方社員からは「口数が多い方ではない」「あまり会社で見かけない」と社内外では印象が異なる。僅か17名で東証マザーズに株式上場を果たし、社員一人当たりの生産性の高さに注目集まるITベンチャーの雄に起業の経緯を訊ねると、等身大のひとりの企業家の姿が見えてきた。

(聞き手は本誌編集長 徳永健一)

新規事業に注力
問 御社の事業内容を教えてください。
田坂 ハードウェアの設計から実際に部品を乗せて動くようにするところまでを提供しています。今風に言うと「ハードウェアのプラットフォーム」を提供するビジネスです。
 その中でも主力事業になっているのが、部品を販売するEコマースである「P板.com(ピーバンドットコム)」というサイトです。
 国内電機メーカーのエンジニアの方が、新しい商品を作るときに弊社のサイトに来て、図面の登録・発注をします。実際に「プリント基板」という部品を乗せるためのメインの部品になる板を作り、その上に半導体を乗せて、半導体を乗せた板を箱の中に入れて納品するまでをネットで完結するサービスをしています。
 いわゆる電気で動いているモノを作っている、ハードウェア系ベンチャーの多くには弊社のサービスをご利用頂いています。
問 現在、最も力を入れている事業は何ですか。
田坂 9月にニュースリリースを出したばかりですが、提携する中国の工場で部品を全て箱に入れて完成品にするところまでワンストップで請け負うというEMS(電子機器製造受託サービス)事業を本格稼働させます。
 これまで、ユーザーは試作利用まででしたが、完成品までサポートできるようになり、事業領域を拡大することで新しい顧客層を開拓できると見込んでいます。
 今までは大手は自社や系列でラインを持っているので、箱詰めまでは必要がありませんでした。しかし、中小規模のロボットや宇宙開発事業者などのハードウェアベンチャーさんは自社で工場まで持てませんし、その伝手もなかなかありません。可能であれば丸投げしたいのです。今回EMSサービスで提携した会社は当社の技術顧問をお願いしている会社です。
問 完成品となれば単価も上がり、業績拡大が見込めます。もう少し詳しく、EMSとはどんな事業なのか教えてください。
田坂 実例を挙げると分かりやすいかもしれません。提携先は、テレビCMでもおなじみのハンディタイプで持ち運びのできる音声翻訳機「ポケトーク」を作っている会社です。大変人気があり、すでに50万台も売れているヒット商品です。
 このような完成品の設計から組み立て、箱に詰めるところまでを中国の深圳で行います。
 最近ですと、日本交通タクシーに乗った際、助手席の後ろにタブレット端末があり、動画が流れていますよね。小型カメラで乗客の顔を認識して、属性に合わせたコンテンツを流すデジタルサイネージと言われるものですが、2020年開催の東京オリンピックに向けて、最新バージョンでは音声翻訳のポケトーク機能が入る予定です。
 画面に向かって中国語で話すと日本語に翻訳されて運転手と会話が出来ます。このような完成品まで請け負うサービスをベンチャーが独自に探して、交渉するのは大変なので、当社がネットを通じて受け付けられるようにしました。
問 それは便利ですね。魅力的な企画さえあれば、新しい商品が次々に生まれてきそうです。「こんな商品は作れますか?」といった相談もあるのでしょうか。
田坂 そういった相談もあります。一例を挙げると、農業をしている方から、地面にサーバーを刺して降雨量や気温の変化をWi-Fiで飛ばし収穫量を増やしたいとか、農耕器具に位置情報が分かるGPSを付けて効率的かどうか分析したいなどといった、ビッグデータ領域の相談が来ています。
 ユーザーには農業の知見があり、どう分析するかソフト側の情報も分かっているのですが、データを取るハード側の知識が足りない場合など、当社にはハードを設計できるエンジニアがいますので、どんな部品を使い、サイズはどうしようかと決めていきます。

仕組みで稼ぐ
問 日経新聞にROE(自己資本利益率)が高い企業として紹介されていましたね。経営効率が良い理由は何ですか。
田坂 先日、中堅上場企業「NEXT1000」というコーナーで、「3年平均のROEが高い企業」の第18位にランクインし、当社が取り上げられました。
 理由はシンプルに言うと社員数が少ないからだと思います。当社は2017年に東証マザーズに上場した際の社員数は17名でした。現在も正社員は25名です。 「仕組み」がしっかりしているので、むやみに人員は増やさない方針です。逆に言うと、人を増やしたからといって売上げや利益が増える訳ではありません。ユーザー数が増えると売上げ利益も連動して伸びます。その為の先行投資や人員補充はしていきます。仕組みがきちんと回るように磨き上げることに集中していきます。
問 いつ頃から企業家になろうと考えていたのですか。
田坂 私が卒業した多摩大学は、企業家を育てるというテーマがあり、民間企業から実務家を多く招き入れて実践的な経営
学を学べるという特徴がありました。独立志向が強かったり、親が事業をしており家業を継ぎたいといった学友が多くいる環境でしたので、自然と自分もそういう方向に進まないといけないと思いました。
 大企業で出世争いして「取締役になるぞ」という気にはなれませんでした。だったら自分でやるしかないと考えていました。
問 2002年に会社設立とありますが、大学卒業後は何をしていたのですか。
田坂 大学の先輩から「ミスミイノベータースクール」というセミナーを教えてもらいました。当時のミスミの初任給は40万円と破格でした。どうしたら入社出来るだろうかと聞くと、そのセミナーが一つの登竜門だというので受けました。
 月に一度、パソナ創業者の南部さんやテンプスタッフ創業者の篠原さんら有名な企業家が講師として招かれ、講義の後に質疑応答があり、懇親会がありました。それが受講費は無料で、なぜ学生にそこまでしてくれるのだろうかと思いました。
 高給が魅力でしたので、新卒でミスミに入社しました。変わった会社で自分の行きたい部署を選べました。私はいつか起業したいと考えていたので、事業の立ち上げを希望し、新規事業プロジェクトを選択しました。

先輩企業からの学び
問 ミスミを東証一部まで育て上げた田口弘さんという名物社長がいますね。最近でも交流はありますか。
田坂 先日も田口弘さんに会ってきました。現在はベンチャー支援をしているエムアウトを創業されています。会社の近況について聞かれたので、「米中貿易摩擦の影響で部品系のマーケットは厳しいですね・・・」と答えると、「そうか。そんな既存のイデオロギーに影響を受けているようでは君の会社はイノベーションを起こしていないんだな」と指摘されました。哲学者みたいですが、なるほどその通りだと思いました。
 また、「ミスミがなぜ成長したのか社長をしているときは分からなかった」と仰っていました。ベンチャー立ち上げをして色んな事業を見てきたが、なぜ失敗したのかミスミの場合と照らし合わせたときに、「ミスミはそれを意識しないで克服出来ていた。そもそもマーケットが大きかった」とマーケットアウトという概念を天性でお持ちの方で、改めて勉強になりました。金言にします。
問 これまで経営をしてきて大変だったことは何ですか。
田坂 初めの資本政策が予定通りに行かず、思い描いていたように事業が伸びていかない時期がありました。収益が出ない事業をいつまで続けていくのかと会社を去っていく人もいました。
 社内の雰囲気も少しどんよりしてきて、このままでは良くないと思っていました。結局、私が経営のことを何も分かっていなかったので、創業から4年目の30代前半と比較的に早い段階で、友人から京セラ稲盛和夫さんの盛和塾を紹介してもらい入塾しました。
 嬉しいことにアルバイトから正社員になりたいという人が出てきて、正社員として採用するなら、経営理念が必要だろうとビジネス書を読み漁っていた折、稲盛塾長の言葉に出会い感銘を受けました。
 優秀な人材を引き留めるには給与やストックオプションなどの条件面しかないと思っていましたが、「フィロソフィに基づく経営」は目から鱗が落ちました。
問 盛和塾に入塾し変わったことは何ですか。
田坂 盛和塾には売上げ数千億円の大企業から自分のような中小ベンチャーの社長まで規模に関係なく熱心に学ぶ経営者が集まっており、驚きました。

 営業利益10%を経営
指標にしたり、アメーバ経営などを学びましたが、一番響いたのは「感性的な悩みをしない」ということです。創業以来、収益の上がらない事業をいつまで続けていけばいいのだろうかと心が晴れずにいましたが、「最後までやり抜く」と覚悟が決まったことが
大きな変化ですね。
 しかし、ある時気付いたことがあります。まずは先輩の言う通りに真似してやってみるのですが、自分には馴染まないと。
問 武道や茶道の教えで「守・破・離(しゅはり)」とありますね。まずは、分からなければ徹底して師匠の真似をする。少し分かってきたら自分流にアレンジする。最後に完全に自分流を作るという話ですが、ビジネスの世界でもよく使われますね。
田坂 はい。しかし、私と稲盛さんのキャラクターは違います。そのことに気付いたことは大きな転機になりました。気持ちが楽になりました。
 現在は、弊社の経営理念に「物心両面の幸せを追求する」と掲げていますが、以前は入れられませんでした。そんな風に思えなかったからです。どうせ社員もすぐ辞めていくのだろうと。ある時などは、盛和塾の合宿研修で熱心なメンバーから、「田坂を部屋に呼んで説教しよう」と言われたこともあります(笑)。
 しかし、勤続10年になる社員が出てきたり、家族を養っている社員が増えてきてからは、稲盛さんの教えが理解できるようになりました。
今年の年末で盛和塾は解散となるのですが、現在も入っています。先日、ニューヨーク支部で講演する機会があり、盛和塾で学びながらも独自路線を貫き、なんとか株式上場まで果たせたことを赤裸々に話したら、色んな反響がありました。中には「私も同じように感じていました」という人もいて面白かったです。
 独自路線ばかりではブレてしまうので、定点観測する意味でも先輩企業家の教えを大切にしています。経営者同士の横の繋がりもあり、学びの場として感謝しています。
問 田坂社長の将来の夢は何ですか。
田坂 日本の製造業は中国に取って代わられたとか、衰退したというイメージがありませんか。そんなことはありません。日本のエンジニアは沢山いて、教育もされています。
 弊社はインターネットというツールを使って、新しい形でハードウェアを開発できるプラットフォームを作っていきます。

p r o f i l e 田坂正樹(たさか・まさき)
1971年6 月13日生まれ。1995 年4月ミスミ(現ミスミグループ本社)入社。2000年4 月ブレイク・フィールド社取締役就任。2002 年インフロー(2012 年ピーバンドットコムに社名変更)を設立し社長就任。2017 年3 月東証マザーズに株式上場。

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