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【私の信条】トレジャー・ファクトリー 代表取締役社長 野坂英吾

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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社員を叱らず経営に工夫を重ねる

(企業家倶楽部2010年6月号掲載)

 私は社員を叱らない経営を心掛けています。経営者の方と話すと、「社長業とは雷を落としてなんぼだ」と言う人が多い。叱らなければ社員は育たないと思っているようです。「分かっていても、叱らずにはいられない」という話も耳にします。しかし、冷静に考えてみると、怒って伝えるべきことは一つもありません。なぜ、感情的に伝えなければならないのでしょうか。

 たとえ叱って行いを正しても、再現性がありません。確かに、怒られた内容と全く同じ事象には対応できるようになると思いますが、ビジネスの世界では全く同じ時系列、同環境で同事象が起きることはありえません。怒られて改めたことでは応用が効かないのです。

 怒られた側は、同じことならしっかりできるつもりでしょう。しかし、状況が変わった時に以前のミスを活かして取り組むためには、冷静な判断が問われます。あえて怒らず、本人が考え、気付いてもらうことが一番大事です。そして、怒っている側も感情的になると本質が見えなくなります。仕組みを直さずに出来事の表面だけを正しても他のケースで活きません。トラブルの本質を見極め、根源から問題の是正を行うことが組織としての強さに繋がるのです。

 物事を紐解いていくと、起きていることは全部自分が生み出していると思い至ります。そこまで思い込めば、自分を変えられる。一番辛いのは自分では変えられない事柄の存在です。だからこそ、何か悪いことが起きても他人のせいにはせず、自分の努力でなんとかするのが私流の物事に対する取り組み方です。

 社員のミスも自分の教育から生じるのだから、叱るよりも仕組みを変えなければいけません。仕組みを作る上では攻守両方で整備しましょう。新しいことを導入しても、本当の風土・文化として組織に馴染ませるにはメンテナンスの必要があります。進んだ分だけ、仕組みを整えるバランス感覚が重要です。

 さらに、私たちは社員一人ひとりが主体的に考えられるように「壁パス」という仕組みを作りました。壁パスとは社長や上司自らが社員を叱るのでなく、間に他の人を介して注意してもらうことです。私も自分で答えを持っていても、あえて従業員に言わない時があります。社長が求めていることばかり、あれこれと推測して動いているだけでは顧客のニーズとずれてしまうのです。

 最もお客様と接する機会の多い現場のスタッフにアイデアを出してもらうため、壁パスを使います。自分が「こうかな」と思うこともできるだけ直接は言わず、誰かを介して、本人から発案されるようにしているのです。壁パスの一番の効能は部下に手柄を取らせることにあります。自分の発案なら、従業員が主体的に取り組むようになり、能力を十二分に活かせるようになるのです。

 社長の立場から見て、社員が間違ったことをしていると思っても、従業員からすればそうせざるを得ない時もあります。それを頭ごなしに怒ってしまったら、次にその人が自発的に動きづらくなってしまう。もちろん早く対処しなければいけないこともあるので、全部の状況をしっかり分析して把握することが重要ですが、叱ることが本質的な解決に繋がることは稀でしょう。

 企業が大きくなると見えない部分も増える。状況を的確に伝えてくれる社員との意志疎通が大事です。だからこそ、経営に工夫をしていく意識を忘れずにいたいと思います。

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