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【モチベーションカンパニーへの道】キュービック代表取締役CEO 世一英仁

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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ユーザーに寄り添うデジタルマーケティング企業

ユーザーに寄り添うデジタルマーケティング企業

(企業家倶楽部2018年1・2月合併号掲載)

 デジタルマーケティングと聞いて、何を思い浮かべるだろうか。端的に言えば、自社サイト、メール、スマートフォンアプリ、SNSなどの電子メディアを駆使したプロモーションを行うことであり、この支援を手掛ける企業は数多い。クライアントのウェブサイトに直接働きかけてPV(ページビュー)を増やすことで、訪れた人に自社サービスの利用を促したり、サイト自体の価値を高めて広告収益を得たりする事例が一般的だろう。

 しかし、そんな従来モデルを覆す方法でこの分野を切り拓く企業がある。世一英仁が代表を務めるキュービックだ。彼らが目指すのは闇雲なPV獲得にあらず。あくまでクライアントが欲しいと考える属性のユーザーを送客することである。

 最初に集客するのは、クライアントのサイトではなく自社運営サイト。キュービックは金融、保険、不動産、転職、美容など分野に応じて様々なサイトを構えており、クライアントとユーザーを繋いでいる。言わば、それらのサイトがクライアントへの送客窓口となっている形だ。キュービックは送客数に応じ、成果報酬を得て収益とする。2017年度は過去最高となる28億9000万円を売り上げた。

 従来デジタルマーケティングを行う際には、SEO(検索エンジン最適化)対策、SNS連携など別途複数の企業に依頼するケースが多く、施策が一気通貫していない分、効率が悪かった。また、デジタルマーケティング会社側がクライアントのサイトを勝手に変更するわけにはいかないため、どうしても動きが遅くなる傾向にあった。一方、キュービックが運営するのは自社の独自サイトなので、高速で改善を繰り返しながら、最も適切な方法で集客が行える。

アナログ情報を重視

 この情報化時代にあって、デジタルマーケティングと言うと膨大なデータを分析しているようなイメージがあるが、キュービックが取り入れているのは「仮説思考」だ。すなわち、画面の向こうでユーザーがどのような悩みを抱えてキーワードを打ち込んでいるのか想像を膨らませ、仮説を立てる。そして、それを基にウェブページを作成し、試行錯誤を繰り返しながら、真に消費者が求めているものを追求するのである。

 その過程では、ユーザーやカスタマーサポート、クライアントへのインタビューなど、フィールドワークを欠かさない。世一も「こうしたアナログな手法の方が、億単位のデータサンプルから網羅的に解析するよりも質の良い改善を素早く行える」と強調する。

 例えば、薬剤師に向けたメディアを作るとしよう。彼らの中で、病院に勤める薬剤師は「病薬」と呼ばれている。ならば「病薬」という専門用語をあえて使う方が、その筋のユーザーからは共感を得やすいだろう。こうした最終ユーザーに直接インタビューせねば出てこないキーワードなどを駆使し、競合他社との差別化を図っている。

 キュービックは単なるPV向上ではなく、質の高い顧客の送客を目的としているため、ジャンルを特定し、コアな情報を提供することが不可欠だ。目標を達成するにはターゲットとする分野のユーザーに深く共感してもらわなければならない。そこで、特定の人しか知らない専門用語が活きてくる。

弁護士志望から一転、起業へ

 元々は弁護士を目指していた世一。しかし、司法試験の制度が変わるタイミングで見切りをつけると、起業へ踏み切った。「特に何かに対する問題意識があったわけではない」と明かす彼が始めたのは、ウェブサイトの立ち上げだ。この方面に興味を持ったのは大学時代。授業でホームページを作ったことがきっかけとなり、自身でその後も夢中に作成していた。

 そんな中で世一は、自分が知りたいことを検索した時に、適切な答えが返ってくるサイトが少ないと気付く。

「ユーザーのことを考えながら作るか否かで、サイトのヒット率が全然違う」

 こうして自然と行うようになったユーザー目線の方法がキュービックの原点となり、マーケティングの成果に繋がる事例が増え始めた。「大切なのは、一つひとつのサイトにかける労力や愛情だ」と悟った世一。そうと分かると、当初は多数持っていた案件も次第に数を絞っていった。

想いを社員に伝える

 だが、会社の規模が大きくなり、社員とインターンが合計100人を超えると、メッセージの伝達に支障が出始めた。2014年頃から採用に力を入れ、たった3年で約30人だった社員・インターン数は250人以上にまで急拡大。「それまで家族のような雰囲気だったが、社員が増えて僕の想いが届かなくなった」と世一は振り返る。

 そこで彼は、毎日の朝会や四半期ごとの総会、社内チャットなど、全社に向けて話す機会を増やした。そして、世一のみが全社員と対峙する鍋蓋のようだった組織構造を、マネージャーとの関わりを強化してヒエラルキー型に変えることで、世一のメッセージがシャンパンタワーのように上から下へと流れるようにした。他にも個人的に社員と飲みに行ったり、社長室から出て社内を歩いてみたり、福岡やインドネシアにある支社にも頻繁に訪れ、距離を縮める。

 更に、社員同士のコミュニケーションを促進することにも積極的だ。社内で取り組んでいるのは「やるじゃんレター」。名刺大のカードに、他の社員に向けたメッセージを書いて送るのである。内容は「記事が読みやすいね」といった仕事上のものから、「お誕生日おめでとう!」といったプライベートなものまで様々だ。もらったカードを社員証を入れる名札の裏にストックして大事に持ち歩いている社員もちらほら。

 世一は「小さな承認が大事」と説く。成果がなかなか出ないと、自分のやり方が正しいのか分からなくなることがある。そんな時、小さな兆しを捉えて仲間同士で承認し合うことで、モチベーションを維持している。

全社員が一枚岩となって戦う

 キュービックの社員として働く上で大切なのは、人間への興味関心だ。サイト作成時の仮説立案においては、画面の向こうにいるユーザーを慮る好奇心が不可欠。同じことが、組織づくりに関しても言える。「うちは人間同士の距離が近い」と世一が言うように、キュービックでは仕事終わりに飲みに行ったり、休日に遊んだりすることが多く、その環境を楽しめる社員が集まっている。マーケティング会社だが、数字やデータばかりに固執しない。チームで働くからには人との繋がりを忘れてはならないのだ。

「ベンチャーなので全員が一枚岩になって戦うことが大事」と語る世一は、採用を拡大した頃、経営理念や行動指針などを掲げた9つのクレドを社員に示した。当初はトップに正解を聞けば済んだが、人数が増えると自ら意思決定をしなければならない。その時に拠り所となる軸を言語化した。 また、キュービックがビジネスの上での要諦として掲げるのが「CUEM(キューム)」だ。これは信頼性(credible)、意外性(unexpected)、共感(empathetic)、メッセージドリブン(message-driven)の頭文字を取ったもので、これを社員が体得し、新規事業開発に役立てることが求められる。

 全員が同じ方を向いた時、出力は何倍にもなる。「人材育成と組織づくりの観点から、僕らには何ができるか、考えながら取り組んでいきたい」と世一は今後の目標を語った。

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