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【緑の地平vol.28】 三橋規宏 千葉商科大学名誉教授

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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ガラパゴス化の道歩む日本の石炭火力発電

ガラパゴス化の道歩む日本の石炭火力発電

(企業家倶楽部2016年1・2月合併号掲載)

今後20年間に約50基原発20 基分の新増設

 福島原発事故以降、原発で低下した電力供給を石炭火力発電で賄おうとする動きが強まっている。今後20年間に新設や古い施設を新しく更新する石炭火力は大小合わせて50基近くに達すると見られる。合計出力は2千万キロワットを上回り、原発約20基に相当する。

 石炭火力回帰の動きがここにきて強まってきた背景には、今年4月に迫った電力小売りの全面自由化に備え、価格の安い石炭火力で競争に生き残りたいとする産業界の思惑が働いているためだ。この動きに追い風になっているのが、石炭火力の技術革新である。温室効果ガス(GHG)の排出量が現在普及しているものより2、3割少ない新型設備(次世代高効率石炭火力)の実用化が可能になってきたこと、さらに大量に排出されるCO2(二酸化炭素)を地中に貯留するための技術、CCS(CO2の地中貯留)技術も視野に入ってきている。このような技術革新を受けて、電力、ガス、石油、セメント、鉄鋼など多様な産業の間で石炭火力の新増設計画が急増している。

 だが、石炭火力は温暖化の原因になる大量のCO2を排出する。技術革新によってCO2排出量が削減できたとしても、CO2を大量に排出する構造は変わらない。同じ化石燃料でも1kW時の電気をつくる場合のCO2排出量は石油の約1.3倍、天然ガスの約2倍と多い。

 政府は30年の日本のGHGの排出削減目標として「13年度比26%減」を世界に公約している。この実現のため、30年の望ましい電源構成(ベストミックス)として、石炭火力の比率を13年度の30%から26 %へ引き下げることを掲げている。しかし、石炭火力の新増設が続けば、この目標が達成できなくなる。さらに長期的に見れば、一度石炭火力が新設されれば、40年近く稼働することになり、GHGの排出削減に大きな足かせになってしまう。

環境省は五基の大型石炭火力新設にノー

 このような考え方から、環境省ではGHGの大量排出を抑制するため、大型火力発電の新設を阻止する姿勢を強めている。たとえば昨年6月、山口県宇部市で電力、ガス、セメント企業が共同出資し、23年以降の稼働を目指している大型石炭火力(2基出力計120万kw)について、環境影響評価(アセスメント)に照らして「是認しがたい」とする意見書を環境大臣が経済産業大臣に提出した。同様に8月中旬には愛知県武豊町で中部電力が計画している石炭火力発電(同107万kw)に対して、さらに同月下旬には千葉袖ケ浦エナジーが千葉県袖ヶ浦市で計画している石炭火力発電(同200万kw)に対しても「反対」を表明している。11月初めには秋田市と千葉県市原市で計画されている二つの大型石炭火力発電に対しても丸川珠代環境相は「ノー」を表明した。昨年だけで5件の大型石炭火力発電計画に異議を申し立てたことになる。

 最終的な建設の許認可権は経産省が握っているが、産業界よりの同省の姿勢はいまひとつはっきりしていない。石炭火力推進企業が多い日本経団連ではCO2排出をアセスメント法の対象から外すよう政府に働きかけている。

脱石炭火力は世界の主流に

 一方、世界に目を転ずると、日本とは逆に、欧米先進国だけではなく、世界最大のCO2排出国の中国、さらにインドも含め、石炭火力を縮小していくための動きが活発になっている。

 たとえば米国のオバマ大統領は昨年8月に「グリーンパワープラン」の改定版を発表した。米環境保護局が所管する大気浄化法の枠組みの中で、30年までに発電部門のCO2排出量を05年比で32%減らすという内容だ。米国の電源構成を見ると、2000年には石炭火力は50%以上を占めていた。12年には38.8%まで低下している。15年末には20%台まで減少、30年には20%を下回ると見られている。英国は昨年11月中旬、「25年までに石炭火力を全廃する」と発表した。12年現在の英国の石炭火力は発電量の40%を占めているだけに思い切った決断である。米国は石炭の代わりに風力発電などの再生可能エネルギー(再エネ)や天然ガス、英国は再エネ、原発などで置き換えていく方針。ドイツは昨年7月にCO2の排出量が大きい褐炭を使う石炭火力5基を操業停止すると発表した。再エネで代替させるなどにより、石炭火力依存を大幅に引き下げていく方針である。

 他方、世界最大の排出国中国は、30年までに国内総生産当たりのCO2排出量を05年比60~65%減、インドも同33~35%減を公約している。両国とも火力発電の大部分は石炭火力だ。

 脱石炭火力の動きは、OECD(経済協力開発機構)でも検討されてきた。輸出信用に関するOECD作業部会は過去1年間にわたって、GHGの排出量が多い石炭火力の輸出について政府による輸出信用支援を制限・撤廃すべきだとする方向で検討を重ねてきた。これに対し、日本は「いかなる制限・撤廃も反対」の姿勢を貫き、主要な欧米加盟国と対立してきた。突破口になったのは、COP21(第21回国連気候変動枠組み条約締約国会議)議長国のフランスが昨年9月、同国のバルス首相が「石炭火力発電の輸出支援を直ちに廃止する」と表明したこと。これを受けて日本もしぶしぶ妥協し、昨年11月17日のOECD作業部会で「高効率の最新型以外は公的な支援を制限する」ことで基本合意が成立した。

原発か石炭火力かの不毛の選択からの脱却を

 世界的に石炭火力縮小の動きが強まる中で、日本だけがかたくなにGHGの排出量が多い石炭火力にこだわり、拡大を目指し、輸出に力を入れている姿は、外国からみると異常に見える。日本は本気でGHGの排出削減に取り組む意志があるのかを疑う批判の声が高まっている。福島原発事故の結果、原発の新増設でGHG排出削減計画を進めてきた日本のエネルギー政策は根底から崩れてしまった。だからといって、いつまで嘆いていても始まらない。欧米では脱石炭火力の代替として太陽光や風力などの再エネの拡大に力を入れている。これに対し、日本は原発依存への思いが強過ぎ、再エネを軽視し、その普及が大幅に遅れてしまった。「原発か石炭火力か」の不毛の選択から抜け出すためには、原発、石炭火力の代替として、再エネの積極的な推進が必要だ。ドイツやデンマークのように制度設計をしっかり整えれば、再エネを原発や石炭火力に代る基軸電力に位置づけることは可能である。米国でも既存の電力を支えている石炭やガス業界が受け入れれば、その大部分を風力や太陽光などの再エネで代替することが可能だという。

 安易な石炭火力の推進は、長期的に見ると、持続可能な日本のエネルギー政策を破綻させ、世界からの孤立を招き、ガラパゴス化の道を突き進むだけである。

プロフィール 

三橋規宏 (みつはし ただひろ)

千葉商科大学名誉教授

1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

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