会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2019年8月号掲載)
将棋好きが高じてアプリ開発
問 御社は日本最大の将棋ゲームアプリ「将棋ウォーズ」で一躍有名になりました。創業の経緯をお聞かせください。
林 単純に将棋が好きで、自分が強くなる秘策としてAIの活用を思い付いたのがきっかけです。昔から私は、何かで1番を目指すように言われて育ちました。しかし、サッカーやテニスなど色々挑戦しましたが、どれも限界を感じて辞めてしまった。そんな中で続いたのが将棋だったのです。
問 AIが認知されるようになったのは、ごく最近のことです。将棋で強くなる方法として、なぜ関連書籍や将棋教室ではなく、AIに着目したのでしょうか。
林 父がエンジニアだったこともあり、小学生の頃から当時1台50~60万円したパソコンを買ってもらいました。早くからこうした最先端の技術に触れたことで、コンピュータの成長速度や可能性には他の人より敏感だったと思います。
問 少年時代からコンピュータに親しまれていたのですね。
林 将棋AIには昔から注目していて、起業当初に集まってくれたのは、そこで知り合った人たちでした。お金になるか否かに関わらず、エンジニアと一緒にAIを使ったゲームを試作するなどし、そうした中からプロに勝てるような将棋AIが生まれました。
問 現在は「将棋ウォーズ」などのB2C事業から、B2B事業にも手を広げられています。AIの技術を様々な分野に応用することは、創業当時からのお考えだったのですか。
林 いえ、元々は、ここまで大きくビジネスに活用しようという考えには至っていませんでした。好きなことを突き詰めていたら、偶然にも時代が来てくれたという感じです。
ただ、初期の将棋AIは対戦の実力こそ低かったものの、詰将棋に代表されるような終盤戦における演算処理速度だけは異常に速く、人間が全く勝てないレベルでした。千手先まで一瞬で読んでしまう。これを見て、じきに人間を超えると確信はしていましたね。
特徴の喪失こそが進化
問 AIに携わる上で印象に残っていることはありますか。
林 AIが学習を積んでいくと、徐々に特徴が無くなってくるのは面白いですね。例えば近年、将棋AIやプロの間では指し方に特徴が無くなってきており、将棋の二大戦法の1つと言われていた「振り飛車」が絶滅危惧種と化しています。膨大な数の局面を学習したAIは、「振り飛車」を非合理的だと判断して全く指しません。人間のプロの中でも、今やこの戦法を使う方は僅かで、「不利飛車」などと揶揄されるほどです。
実力者であるほど個性が無くなっていくという現象は、他の事柄でも同じです。バイクの運転を考えた時、プロのレーサーはカーブで地面すれすれまで車体を傾けますよね。あれは速度、カーブの曲がり具合、個体の重量から物理計算によって導き出された最善の角度を体現しており、速さを追求した結果です。したがって実力者は皆、同じ角度になるはずです。
問 AIは人間の考えが及ばないところまで予測し、答えを出してくれます。やはりこれからはAIの推奨案に従うことがスタンダードになっていくのでしょうか。
林 少なくとも今の将棋・囲碁界ではそうです。藤井聡太さんを含め、現在登場しているプロ棋士の方々は皆、将棋AIで進化した「AIの申し子」と言えるでしょう。棋譜を点数化してくれる上、コンピュータとの対局は対人間と比べて待ち時間無しで済みますので、今までより多くの局面を学ぶこともできます。
また、人間から教わると変な感覚が入ってしまうという人もいます。AIの指し方を覚えることで、人間も徐々に局面を点数で見られるようになり、成長速度が上がる。将棋に限らず、コンピュータから学ぶべきことはどんどん増えています。これからは様々な業界で、AIを取り入れなければ生き残れなくなるでしょう。
問 将棋において人間とAIが異なる部分はどこでしょうか。
林 美意識の有無です。羽生善治さんや藤井聡太さんは、口には出しませんが、単に勝つのではなく、人を驚かせる勝ち方をしたいタイプの棋士です。一方、AIは淡々と最善手を打つのみ。これは良い悪いではなく、単純な差異であり、人間の面白いところですね。
努力と覚悟でチャンスを掴め
問 御社の未来展望をお聞かせください。
林 私たちは現在、建設・金融・エンターテインメントという3領域のAIを強化しています。机上の空論ではなく、実際に社会に組み込まれて役立つ実装能力を持った「実戦的AI」であることがHEROZの強みです。「実践」ではなく「実戦」。これは将棋用語なので、他社は使っていない特徴的な表現だと思います。
もちろん利益も重要ですが、5年後10年後と長期的に見た時に、私たちのAIが社会にどう貢献し、どんな価値を生んでいるのかを一番大事な指標としています。いかに社会に役立つものを作って実装していくかが、この会社の存在意義になるでしょう。
問 AIについては否定的な意見もありますが、どのようにお考えですか。
林 AIが人間の仕事を奪うなどという話をよく聞きますが、もうそのようなことを言う時代ではないと思っています。確かにAIによって効率化が進み、無くなる仕事が出てくるかもしれません。しかし、同時に新しい仕事が生まれます。データサイエンティストの価値が上がったのもここ数年です。どんな仕事も、その内容は時代によって再定義されるものです。私はAIをどんどん活用し、良きパートナーとしてほしいと願っています。
問 最後に、企業家志望の方へのメッセージをいただければ幸いです。
林 偉そうに語ることはありませんが、ただ一つ言えるのは、チャンスも運も一瞬にして通り過ぎてしまうということです。皆、後になって「あの時やっておけば良かった」と気付く。
野球の大谷翔平選手を見てください。いつも、来たボールに向かって思い切りバットを振り抜いていますよね。準備運動ができていて、スウィングに迷いが無いからこそ、あんなに遠くまで飛ぶのです。これと同様に、日々の努力や、リスクを背負うのだという決意と覚悟が、チャンスを掴むための準備運動となる。チャンスや運を掴めるかどうかは自分次第なのです。
p r o f i l e
林 隆弘(はやし・たかひろ)
1976 年生まれ。1999年早稲田大学卒業。日本電気株式会社(NEC)に技術開発職として入社し、I T戦略部や経営企画部に在籍。2009年4月に高橋知裕氏と共にHEROZ 設立。