MAGAZINE マガジン

【編集長インタビュー】HEROZ 代表 高橋知裕

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

AIで産業を変えていきたい

(企業家倶楽部2019年8月号掲載)

竹中工務店と協業

問 将棋ゲームアプリ「将棋ウォーズ」などのB2C事業からB2B事業に進出されたきっかけをご教示ください。

高橋 私たちは「将棋ウォーズ」を発表した当初からAIの企業であることを打ち出していました。その後、AIのマーケット性や、どんな分野にAIが活用できるのかについて詳しく把握し、ようやくそちらに進出できる環境が整いましたので、まずは建設、金融、エンターテインメント関連へと事業領域を広げました。

問 建設業はAIが入ることによって何が変わるのですか。

高橋 竹中工務店とのプロジェクト内容は構造設計業務の最適化です。どんな材料を使用し、どう組み立てていくかなどをシミュレーションします。これを人間が行った場合、特に大型の建物には相当な時間がかかる。一旦建設が始まったら設計を変えることは不可能なのでミスは許されませんし、法律によって適宜変化する耐震基準などにも対応せねばなりません。それらを踏まえ、膨大な計算処理を通して最適化を行うのが建設の分野です。数多くの手から最適解を導き出して最善手を打つという意味で、これは将棋にも近いものがあります。

問 それでは、構造設計の部分にはもはや人が介在せずとも済むということでしょうか。

高橋 いえ、様々なシステムが作られているとはいえ、建築ごとに異なる要素が多く、未だ属人化されている部分もあります。さらに、建設のためには構造設計一級建築士の資格も必要ですから、現時点ではまだ人間がシミュレーションを行わねばなりません。それでも、過去の物件を学習させたAIにシミュレーションしてもらい、最適な解を出すことによって、精度は上がりますし、工期も短くできます。将来的にはAIによって自動設計をするのが夢ですね。

問 建設業界はマーケットも案件あたりの受注金額も大きいことと思います。

高橋 そうですね。この話は2018年に上場する1年前には既に進めていました。設計はモノづくりにとって絶対不可欠な領域であり、建設業に限らず基本的に全ての業種で行いますから、応用が利きます。

 また、ビジネスでは限られた条件の中で成果を出さなければなりません。私たちも日々研究は重ねていますが、それが目的の研究所ではありませんから、実際のビジネス、要は「社会の課題を解決して前進させる」ことに使えるAIを作ることが最重要です。

問 まずニーズが先に立ち、そのために何が必要なのかを考えるわけですね。

高橋 AIの中でも必要なアルゴリズムを組み合わせて提供しなければならないケースもありますので、HEROZのメンバーには常に勉強を求めています。AI的にいうと「自動」、つまり「自らの力をもって動く」ということですね。どんなことでも自分から動いて取り組む人には、周りの人間を動かせるような熱意と意思があるはずですから、そういう人にこそ私たちの仲間になっていただきたい。そして私たちが目指すAI革命で、産業を変えていきたいと思います。

「最適化」が強み

問 御社の強みは何でしょうか。

高橋 最適化です。将棋AIで培った最善手を打つノウハウが生きています。

問 全ての将棋の駒には動き方に制約があり、その中で最も良い手を打つアルゴリズムを作る。他の業界でも、特有の制約がある中で最適な解を提示するわけですね。

高橋 その通りです。限られた状況下でパフォーマンスを出していく。もちろんディープラーニングによる画像認識など、AIでよく取り沙汰されるような分野は一通り把握していますが、私たちはその先がより重要だと考えています。

 例えば自動運転の場合、車や人など周囲の状況を認識し、データ化することも大切です。特に今はデータ化されていないので重要視されていて、当然それは行わなければなりません。しかし、更に重要なのはその次のフェーズです。周囲を認識できた後、どうするのか。私たちは最初から、この第2フェーズを視野に入れて動いてきました。第1フェーズは多くの企業が取り組んでいますが、第2フェーズは難しい。

問 第2フェーズには、どのような難しさがあるのでしょうか。

高橋 条件を決めて進めなければ、AIが延々と最適解を求めすぎてしまうことですね。「将棋ウォーズ」に内蔵されているAI「Kishin」が指す時、オンラインのクラウドに問い合わせて答えを返すわけですが、あまり時間がかかりすぎるようでは待っていられません。そのため、限られた時間内で可能な限り正確な手を打つ設計が必要です。

問 将棋であれば、数秒で処理できる範囲のデータ内で、最善の手を打つということですね。

高橋 計算できる環境も限られています。巨大IT企業のように、後ろに数十億円するような素晴らしいサーバが控えているわけではないですからね。ただ、高性能すぎても、数秒以内で返さなければならない状況下でひたすら手を考えてしまい、いつまでも答えが返ってこないということがありえます。

テクノロジーで世界を驚かす

問 経営でのご苦労はありますか。

高橋 資金繰りなどの問題はありませんでしたが、創業当時、AIはなかなか認識や理解がされていませんでしたから、現在に至るまで時間がかかったというのが実感です。しかし「たとえ時間をかけてでもこの方向性が良い」と信じて取り組んできたことが今に繋がっていると思います。

問 ポジショニングをぶらさずに来たわけですね。

高橋 ぶれることなく社会にテクノロジーを提供してきました。私たちは創業して今年で10周年ですが、その間、IT関連市場では様々な会社がゲームで莫大な収益を上げてきました。実は私たちもゲーム事業を請け負っていた時期がありましたが、それは本業ではないですし、最終的には資本力がものを言う業界であることは過去の事例からも明白でした。

 なかなか売上げには繋がりませんでしたが、「テクノロジーで世界を驚かす」との想いを胸にAIにフォーカスし、「将棋ウォーズ」をはじめとする本業を粘り強く展開してきました。流行を追わず、軸足をしっかり持っていたことで今のHEROZがあると思いますし、世の中から必要とされる存在にもなれていると実感しています。

p r o f i l e

高橋知裕(たかはし・ともひろ)

1976 年生まれ。1999年早稲田大学卒業。日本電気株式会社(NEC)に技術開発職として入社し、海外戦略部や経営企画部に在籍。2009年4月に林隆弘氏と共にHEROZ設立。

一覧を見る