会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2016年1・2月号掲載)
2016年10月26日、明治神宮外苑内の特設ステージで、最先端の民間宇宙ビジネスを紹介するイベント「スペースタイド2015」が開催された。事前申込みは500人を超え、ネット上でのライブ中継視聴者数も3000 人以上と、その注目度の高さが伺える。宇宙関連事業に取り組む国内外のベンチャー企業家をはじめ、投資家、官僚、研究者ら、産官学から宇宙産業に関わる人材が一堂に会した本イベント。約7 時間にわたり、産業化に向けた課題、宇宙ベンチャーへの投資など、様々なテーマでパネルセッションが行われた。(文中敬称略)
「世界で盛り上がりを見せる宇宙ビジネス。その震源地の一つが、ここ日本です」
スペースタイド企画委員会代表を務める東京大学工学部出身の石田真康は、そう力強く語った。
人間誰しも、一度は宇宙にロマンを抱いたことがあるだろう。月への旅行や火星移住など、少し前までSFでしかないと思われていたことも、今や遥か未来の話ではなくなってきている。
そうした宇宙を取り巻く最新の動きに光を当てたのが、今回のカンファレンス「スペースタイド」だ。直訳すると「宇宙の潮流」。これからの宇宙産業を牽引せんとする産官学それぞれの有志たち「スペースタイド企画委員会」と、内閣府宇宙戦略室の手で開催された。
「宇宙ビジネスは一過性のブームではない。これからも、他産業を巻き込みながら爆発的な成長を遂げることは間違いない」と、石田はビジョンを掲げる。
無限の可能性を秘めた宇宙産業
現状として世界における市場規模は、衛星関連事業だけでも年間24兆円。10年間で2.3倍に膨れ上がった。この数字は、日本の外食産業の市場規模に匹敵するほどだ。今後も成長産業としてこれまで以上の伸びが期待できる。
しかし、宇宙ビジネスの可能性は、何もロケット・衛星の技術開発、宇宙旅行などに限られない。ACCESS共同創業者の鎌田富久は宇宙産業の生み出す利益についてこう語る。
「宇宙から得られる情報を上手く利用することで、他産業の発展にも大きく貢献します。また、衛星インターネット環境が整えばIoT(モノのインターネット)にも大きく影響するでしょう」
既に宇宙から集めたデータを用いている分野は少なくない。農業などが良い例だ。人工衛星が収集した画像や気象データを分析することで、生育状態・環境のチェックが容易になり生産性が向上する。近赤外線センサーを使えば、作物が含む栄養成分などから味の予測すら可能になると言う。日本でも、茶葉や米でこの技術が応用されている。
宇宙開発は日々の生活にも大きな変化をもたらす。イーロン・マスク率いるアメリカの宇宙開発ベンチャースペースXはロケット事業で有名だが、通信衛星事業にも取り組んでいる。計画によれば、4000基もの超小型衛星を打ち上げることで、世界中どこにいても無線インターネットを利用できる環境を構築すると言う。そうなれば、通信産業の常識はひっくり返ることになる。人々の利便性がどれだけ向上するかは言うまでもないだろう。
産業の発展が宇宙に留まる話ではないことが分かってきた今、日本でも産官学が連携して宇宙ビジネスを支援する動きが高まっている。
民間企業が産業成長の鍵を握る
そんな中、世界の宇宙産業は現在、多極化・民営化の時を迎えている。
東京大学大学院教授の中須賀真一によれば、宇宙の産業化にあたって4つの発展段階が存在するという。
(1)国家資金を使い、国家機関が開発を行う
(2)国家資金を使い、国家機関が主体となり一部民間の手を借りて開発を行う
(3)国家が資金を出し、民間に開発・運用を委託する
(4)民間による投資で民間企業が開発・運用を行い、国家はそのサービスを購入する
世界トップレベルを誇る宇宙開発大国アメリカは、既に第4段階に突入している。NASAは2011年のスペースシャトル引退以降、コスト削減も相まって民間委託を進めてきた。技術・資金投資を受けてベンチャー企業も一線で活躍。前述のスペースXもそのひとつだ。設立して十数年の民間企業ながら、国際宇宙ステーションへの物資補給を目的としたロケット開発・打ち上げをNASAから請け負っている。今年1月には、約1200億円という大規模な資金調達でも話題となった。
「かたや、日本は未だ第3段階。これでは国の予算を超える産業は到底作り出せません。いち早く第4段階に入る必要があり、そうなれば宇宙産業が一気に伸びていくでしょう。反対に、いつまでも第3段階にいたのでは民間企業が立ち行かなくなり、宇宙産業離れが起きる可能性もあります」と、中須賀は危機感を募らせる。
とはいえ現実は厳しい。全世界の宇宙ベンチャーへの投資額が約2220億円なのに対し、日本の投資額はわずか約30億円。ベンチャー企業は軒並み資金面で苦しんでいる。
「泥水をすすってでもロケット開発をやりたいと言えるか。アルバイトをして生活費を稼ぐ傍らで開発を進める。そのくらいの覚悟を持てる人が必要だ」
そう語るのは、完全再使用型宇宙機の開発を手掛けるPDエアロスペース社長の緒川修治。彼もまた果敢に宇宙へ挑んでいる一人だ。その言葉には、宇宙ベンチャーを取り巻く環境の険しさがにじむ。
フロンティアに挑む日本発宇宙ベンチャー
技術発展や産業成長への貢献はもちろんだが、民間のビジネスは経済的に採算が取れることが大前提だ。これまで国家機関が取り組んできたような莫大なコストがかかるビジネスモデルでは民営化は難しい。
しかし、そういった環境だからこそ生まれてきた技術もある。超小型衛星などがその類だ。地球観測画像データ収集において、データの精密さでは大型衛星に劣るが、複数基を併用することで観測頻度を増やすことに成功した。
この技術をビジネスに応用したのが東大発の人工衛星ベンチャー、アクセルスペース。同社は超小型衛星の設計開発および、衛星観測データを使ったサービスを提供している。これまで、北極海域の海氷観測を行う質量10キログラムの超小型衛星を開発、2013年打上げに成功した。観測データは北極海航路支援のために利用され、航路短縮、航海の安全性確保、船舶の燃料費軽減などに役立てられている。
依然として厳しい環境ではあるが、ITビジネスが半飽和状態のいま、そこに続く次のフロンティアが宇宙であることは間違いないだろう。あらゆる産業が宇宙活用を必要としているが、ロケットや衛星の打ち上げには複雑な技術と知識が必要で、簡単には参入できない。だからこそ、プラットフォーム作りを技術系宇宙ベンチャーが担っていくことが期待されている。
カンファレンスの参加者たちは口を揃えて「動き出すなら今がそのタイミング」と説く。
宇宙事業への民間参入の活発化、コスト削減、さらにはビッグデータ、IoTという時代の後押しも相まって、ベンチャーに追い風が吹いている。宇宙ビジネスはパラダイムシフトの真っ只中だ。
10年前でも10年後でもない。「今」目の前にあるチャンスを掴み成功を引き寄せられる企業家の存在、そしてそれを支える産官学の連携が、日本の宇宙産業を世界レベルに引き上げることだろう。日本が世界の宇宙ビジネスをリードしていく未来に胸が踊る。