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【先端人】 「ル・プチメック」オーナー 西山逸成氏

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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パン職人+プロデューサー

パン職人+プロデューサー

(企業家倶楽部2021年3月号掲載)

(文中敬称略)

パン職人+プロデューサー

「僕が今、一番興味があるのはテクノロジー。宇宙ベンチャーのイーロン・マスクやアマゾン創始者のジェフ・ベゾスが好きで、彼らの本は何度も読みました」と、熱っぽく語るのは、「ル・プチメック(以下プチメック)」のオーナー西山逸成である。子供の妄想のような夢を、次々と実現する彼らがカッコいいと感心する。この男、れっきとした人気のパン職人である。しかしタダのパン職人ではない。「僕は自分の店を『Amazon GO』ならぬ『プチメックGO』のように無人化にしたい」。

 パン業界は今、人手不足で困っている。いずれ時代は自動化に向かっていく。そうでないとパンは高いものになっていく。しかし残念ながらリテイルベーカリー向けのパンの機械はほとんど進化していない。これでは時代に取り残されてしまうと、心配する。

 ル・プチメックといえば、京都を中心に6店舗を展開する、超人気店である。1998年に京都今出川に、通称「赤メック」をオープン以来、「黒メック」、そして2009年には東京の新宿・伊勢丹前の丸井本館の1階に、「緑メック」をオープン。パン業界をアッと驚かせた。そして渋谷にはサンドイッチカフェ「レフェクトワール」を出店。京都大丸に「プチメック」を、そして15年には京都に、工房に併設した「OMAKE」を出店、話題を呼んできた。

 料理人出身らしく、西山が創り出すサンドイッチは、料理そのもの。その完成度の高さにファンが付いている。店づくりもユニークだ。同じ店は一つもない。それぞれ個性的で面白い。

 その西山が放つもう一つの顔、それはプロデューサーとしての顔である。個性的でチャレンジングな西山の元には、百貨店などからの出店依頼が続々と寄せられている。

「僕はパン職人でもあるが、プロデューサーなんです。料理やパンをつくるだけでなく、ディレクターであり、プロデューサー。今の僕の立ち位置はディレクションが9割で、パンづくりは1割」と語る。


メディアとしてのホームページ

 その西山が力を込めて創りあげたプチメックのホームページは圧巻だ。独創的なスタイルはメディアそのものなのだ。

 「最初から意図的にパンの匂いがしないウェブサイトをつくろう」と、パンに興味のない人をいかに振り向かせるか。面白そう!と思ってもらえるかに注力したというのだ。

 西山の交友関係は幅広い。パン関係者はもとより、アーティスト、エディターなど多彩だ。そのいろんなジャンルの人たちに登場してもらえば、メディアになると考えたという。実際、ウェブサイトには知人、友人さまざまなジャンルのプロたち23人が毎月1回コラムを掲載している。

 あくまで読者目線にこだわったというが、こんな斬新なウェブサイトにはなかなかお目にかかれない。まずはトップページをそのままご覧いただきたい。

 トップページにはその時に応じて、友人たちが関わるさまざまなイベントが紹介されている。6月上旬のこの日は、6月3日から公開されている話題の映画 『20センチュリー・ウーマン』や、西山とパンラボ池田との共著『空想サンドウィッチュリー』が紹介されていた。

 勿論、20数人の方々の最新コラムも満載だ。6月10日には文芸作家蜷川泰司のコラムが、また6日には柴田書店の浅井裕子のコラムが掲載されている。 勿論、ここには自分の店のスタッフのコメントもあり、新製品や新メニューの紹介もある。レフェクトワール渋谷からは、週末デリプレートについて、プチメック大丸からは新製品のサンドイッチ「豚肉の香草風味トマトソース」が紹介されている。

 コラムがほぼ毎日のようにアップされるのだから、覗かずにはいられない。今や1日、1200人以上のアクセスがあるという。これは完全にメディアとして成り立っている。

 中でも西山が自分の想いを綴っている「西山逸成頭の中」は必見だ。 直近は“週休3日制と求人と役職と。” のテーマで連載している。これは西山が一番頭を痛めているスタッフ募集や働き方について綴ったものだ。今働き方改革が叫ばれているが、パン業界は労働時間の長さが問題となっている。そんな中、西山は勤続4年目以上の社員に週休3日制を導入した。まだ京都の店だけだが、他のパン屋から見たら驚きの決断である。
 

『空想サンドウィッチュリー』発刊
 ユニークな話をもう一つ。

 パンラボ池田浩明との共著『空想サンドウィッチュリー』が面白すぎると話題をよんでいる。

 もともと言い出しっぺは西山で、中に掲載されたサンドイッチ全てをプロデュースしている。誕生秘話を聞くと、「某パン屋さんのテレビCMで、屋台のサンドイッチ屋を見ていたら、あれいいな!と。年をとったらああいうのをやりたいねと雑談していたら、池田さんが、それはおもしろい!年をとるまで待てないので、すぐに本にしませんか?」と。

 そんな空想をテーマにしているのだから、「こんな本見たことない!」というぐらい、ユニークな内容になっている。

 少し中身を紹介しよう。


『空想サンドウィッチュリー』

夢のサンドイッチ屋さん、開店。ダンボールで作った屋台がどこへでも飛んでいく。

海、無人駅、小麦畑、戦場、江戸時代?

1回限りの特別なサンドイッチを、人気ベーカリー「ル・プチメック」の西山シェフがこしらえてパンラボの池田が店長になってご提供。

 とこんな具合だから、面白くないわけがない。

 第一章は本屋の前に店開きするとしたら・・・というもので、西山が考えたメニューは、サンドイッチで本をつくるという奇想天外なものだ。ハムのムースを挟んだ「ハム・レット」、トマトのパンに鰹のムニエルを挟んだ「吾輩は鰹である」。人参のピクルスを使って「人参失格」と、こんな具合である。シャレとはいえ、そのアイデアに驚く。
 
『空想サンドウィッチュリー』を直に体験

 4月末には、渋谷のレフェクトワールで、『空想サンドウィッチュリー』出版記念イベントが開催された。本の内容を体験しようというユニークなものだ。2人の空想や妄想を面白がって実現してしまうという実行力には驚かされる。そんな2人に賛同する人々が多数集まった。

 本の中に出てくるサンドイッチが提供されたが、この日のメニューは春キャベツのスープ、ワニ肉のバーベキューソースインドネシア風、マンゴープリン、桜の花びらのボンボネット。西山は「せっかくの機会、普通じゃ面白くない!」と、ワニ肉を使ったピタサンドを提供した。エスニック風の味付けだったが、参加者は皆完食していた。料理人の西山らしく、ランチボックスのような箱の中にはスープ、焼き菓子、デザートも入れ、きちんとした食事として提案された。いったいこの発想はどこからくるのか?

パンはお客様を喜ばせるツール

「僕の強みは素人目線であること。根っこにあるのは“どうやったら面白がってくれるか”この部分を大切にしている」と西山。「僕にとってはパンも料理もひとつのツール。これを使ってお客様をどう喜ばせるか。お店はそのための装置」と語る。だからこそ、西山流のユニークな店が出来上がっている。

 渋谷の「レフェクトワール」ではコンサートや展示会など、さまざまなイベントを実施しているが、あの設えが、そうしたイベント会場としてピッタリなのだ。最初からそうした場面を想定してつくったというが、ここは店そのものがメディアとなっている。

 今や、パン職人としてよりプロデューサーとして店づくりやウェブサイトにと力が入る西山だが、ウェブサイトについては、もっとクリック率が上がれば、メディアとしていろいろなことが発信できるという。サイト上で求人もできるし、イーコマースもできる。そのための電子決済システムも研究中だ。将来は動画も入れて、コンサートなどライブ配信したいという。

 丸井新宿のプチメックは、丸井側の都合で、今年7月で撤退することが決まった。次を企画中だが、出店依頼が多数寄せられているという。次の店ではビットコイン導入を検討中だ。

 日本はテクノロジーで遅れている。機械化して生産性を上げなければ、リテイルは生き残れないと警鐘を鳴らす西山。海外にはいい機械があると、菓子製造機械を個人輸入したという。「人と同じことをしていたら生き残れない」と西山。そこにはプロデューサー西山としての独特の感性と先見性がある。一見ひょうひょうとしているように見えるが、繊細で、情熱的、そして誰よりも時代の先端を見据えている。異色のパン職人+プロデューサー西山が、次はどんなワクワクする店を提案してくれるのか、楽しみだ。

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