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【緑の地平vol.31】 三橋規宏 千葉商科大学名誉教授

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

環境技術軽視が破綻の引き金~三菱自動車の燃費偽装事件~

(企業家倶楽部2016年8月号掲載)

燃費効率を実際より5~10 %高く見せるための偽装 

 三菱自動車が軽自動車4車種で燃費を実際より良く見せる不正行為をしていたことが明らかになってから2カ月半ほどが過ぎた。この間、同社への風当たりは強く、自立再建が不可能となった。結局、日産自動車から2000億円を超える巨額出資(三菱自株式の34%)を受け、同社の傘下に入って再建を目指すという屈辱的な道しか選択の余地が残されていなかった。偽装の対象になったのは計4車種。対象車は62万5千台に達した。タイヤの抵抗や空気抵抗の数値を改ざんし、燃費効率を実際より5~10%高く見せるようにしていた。不正発覚のきっかけが提携先の日産自動車からの指摘だったことも情けない話で、三菱自動車の自浄能力欠如の深刻さを示す結果になった。 

 三菱自動車といえば、2000年と04年に大規模なリコール隠しが発覚し経営危機に陥ったことがある。外部に知られなければ、少々の不正を働いても構わない、同社のこんな独りよがりな企業風土が今回の不正事件の背景にあったことは明らかだ。事件発覚後、同社の4月の軽自動車販売は前年比44・9%減と大きく落ち込んだ。さらに軽4車種を生産する水島製作所(岡山県倉敷市)は軽の生産を止め、全工場従業員3600人のうち約1300人が一時帰休している。

 今度の改ざん事件が同社の企業統治(ガバナンス)の欠如にあることは否定できない。利益優先主義の旗の下で企業統治が損なわれてしまった。下部組織の失敗が上部組織に報告されない、担当部門が不正を隠蔽する、国が定める方法とは異なる方法で燃費計算を20年以上も続けてきた、など事件発覚後、企業として好ましくない行為が次々に明らかになっている。

地球環境悪化への危機感が大幅欠如  
 今回発覚した燃費計算偽装の背景として、地球環境悪化や資源枯渇など今世紀の地球が直面している危機への配慮が著しく欠けていることが指摘できるだろう。

 昨年9月、独・フォルクスワーゲンがディーゼル車の排ガス規制を逃れるためデータの偽装をしていたことが明らかになった時、環境への取り組みに熱心な「あのフォルクスワーゲンが、どうして?」といった驚きの声が世界中を駆け抜けた。そして、驚きの後に、「日本でも同様のケースがあるのでは」といった不吉な予言が自動車業界の一部で囁かれていた。それが現実になってしまった。

 高度成長期の日本を振り返ってみると、経済と環境は対立関係にあった。経済成長のためには厳しい環境規制は好ましくない、逆に環境規制を厳しくすれば成長が損なわれてしまう。企業にとっても同様で、利益拡大のためには環境コストを低く抑えたい、環境コストを増やせば利益が減少してしまう。この悩ましい利益相反関係は、マクロ政策(産業政策など)の分野でも個別の企業活動の分野でも20世紀末頃までは経済優先で展開されてきた。

環境技術投資を避けて不正に走った代償は大きい

 だが、経済活動のエンジン役である石炭・石油などの化石燃料の消費が温室効果ガスのCO2(二酸化炭素)を大量に発生させ、世界的に異常な気候変動をもたらすことが判明して以来、企業活動にもCO2の発生抑制が強く求められるようになった。
 自動車各社にとって今世紀を生き残るためには燃費効率の改善・向上は至上命令だ。例えばガソリン1Lで何km走行可能かは、車の売れ行きに大きく影響してくる。他社が燃費効率の良い車を発売すれば、それを上回る車を開発し販売しなければ競争に負けてしまう。だが燃費効率改善のためには巨額の研究開発投資が必要になる。短期的には収益の圧迫要因だ。巨額な環境投資を避けながら、厳しい環境規制をくぐり抜けるための秘策はないか。このジレンマの過程で燃費データの改ざんが行われた。

 三菱自の燃費データ改ざんは2013年以降5回にわたり上方修正を繰り返してきた。この点について同社幹部は「軽自動車は他社との燃費競争があった。他社の情報が入ってきて、当社の技術力から判断してできそうなら目標をあげていた。社員には燃費競争でプレッシャーもかかっていたのかもしれない」と述べている。

 三菱自で発覚した燃費データに関する不正が軽自動車最大手のスズキにも飛び火した。国の定めと異なる方法で燃費測定の元データを出していた。対象は他社への供給分を含め全車種の約210万台に達する。データを出す方法が国のルールに従っていなかったわけだが、自由競争の世界では共通のルールに基づく測定が必要条件になる。スズキは記者会見で、「燃費を良くしようという意図はなかった」として、三菱自との違いを強調したがルール違反の事実は否定できない。

 一方、フォルクスワーゲンの場合はディーゼル車が排出する窒素酸化物(NOx)の排出量を検査中だけ減少させる違法なソフトの利用だった。その対象車は世界で1100万台に達する。同社は不正車対策として約2兆円を計上しているが、実際にはそれをはるかに超えるのではないかと推定されている。

「企業は公共財」の認識が不足

 三菱自動車もフォルクスワーゲンも環境コストを惜しみ、環境の重要性を軽視し、収益拡大に走り、不正行為に手を染めた。その結果は企業の存続を問われるほどの深刻な打撃を受けた。

 環境破壊、資源枯渇など地球限界時代を背景に、これからの企業はESG投資に本気で取り組まないと今世紀を生き残れないとする考え方が世界の機関投資家や一部の金融機関から指摘されている。経済に加えて環境(E)・社会(S)・ガバナンス(G)の3要素を投資判断の考慮要素にすると言う考え方である。

 20世紀までの企業は経済(お金儲け)優先でもよかったが、地球の限界が露になった今世紀は、環境や快適な職場環境、企業経営の透明性などが重要な要素になっている。いわば、企業の公共財化である。これからの企業は単にお金儲けの手段ではなく、その存在が「世のため、人のため」にならなくてはならない。

 環境に即していえば、地球に負荷を与えるような方法でしか利益を挙げられない企業は今世紀に生き残ることはできなくなるだろう。環境負荷の低減を経営の中心に据え、環境保全、環境改善に貢献すればするほど利益があがる、そんな経営がこれからの企業に求められている。三菱自やフォルクスワーゲンは燃費改ざんで儲けるのではなく、電気自動車や燃料電池車など低公害車の開発に真正面から取り組み、利益を得られるよう企業に脱皮することこそ必要だった。

プロフィール 

三橋規宏 (みつはし ただひろ)

千葉商科大学名誉教授

1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門24版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第3版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

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