会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
左:TomyK Ltd.代表 鎌田富久氏 右:Activaid 代表 長谷部靖明氏
(企業家倶楽部2019年12月号掲載)
ACCESS創業者で現在エンジェル投資家の鎌田富久氏が、投資先企業の経営者と対談する「エンジェル鎌田’s Eye」。今回は難病の患者同士を繋ぐプラットフォームを築き、医療の効率化と発展を図るActivaid代表の長谷部靖明氏をゲストに迎え、医療の未来についてお話を伺った。
病状を見える化する
鎌田 御社の医療に関するアプリを詳しくご説明いただけますか。
長谷部 私たちのアプリ「Activaid」は主に3つの目的を持っています。1つ目は病気を管理すること。2つ目は患者さん同士の交流を図ること。そして3つ目は患者さんに協力いただきながら、製薬のための治験を進めることです。現在は、炎症性腸疾患の患者さんを利用の対象にしています。
鎌田 炎症性腸疾患とはどのような病気なのでしょうか。
長谷部 潰瘍性大腸炎とクローン病の2種類があり、慢性的な下痢や血便、腹痛などの症状を伴う病気です。症状は日常的に起こるため、日々の生活や仕事が制限される患者さんも少なくありません。1日に20~30回トイレに行ったり、場合によっては腸を切除したりすることもあります。難病に指定されていて、患者さんは国内で約30万人おります。
鎌田 アプリ上でどのように病気を管理できるのですか。
長谷部 全体的な体の調子、腹痛や排便の回数、内視鏡検査の結果といった管理すべき症状を、国際基準を使って毎日記録でき、折れ線グラフでその変化を見られます。記録した病状は、常にアプリ上で他のユーザーに公開されます。また、記録している数値が近いユーザーを見つけて、その人の詳しい病状やプロフィール、服用薬などを知ることもできます。
鎌田 患者さんの病状がまさに「見える化」されていますね。体調をより管理しやすくなりそうです。長谷部 そうですね。病院で医師から語られる、その病気に関する一般論だけでなく、実際にいる他の患者さんの病状を知ることで、不安を軽減できます。
長谷部 そうですね。病院で医師から語られる、その病気に関する一般論だけでなく、実際にいる他の患者さんの病状を知ることで、不安を軽減できます。
患者同士のコミュニティを作る
鎌田 炎症性腸疾患の患者さんたちは、周りに同じ病気の人が少ないと思います。Activaidを通して、他の患者さんのことを知れるのは良い機会ですね。
長谷部 病気の管理状況を公開するだけでなく、他の患者さんと交流することもできます。SNSのようなタイムラインに、病気に関する悩みを書き込んだり、他の人の悩みにコメントしたりできるのです。難病の患者さんは、周囲の人に病気のことを話しにくく、孤独感を持つ人が多い。このアプリはそういった患者さんたちを繋げるコミュニティも設けています。
鎌田 難病の患者さんの中には、1人で悩みを抱えてしまう人も多くいます。例えば炎症性腸疾患の患者さんの場合、腹痛がひどく職場の付き合いを断りたい時もあるはずです。そのような時も、似た経験のある他の患者さんが一番の相談相手になるでしょう。他の患者さんと繋がれるコミュニティは患者さんの精神的な支えになりますね。
長谷部 まさにその通りです。もちろん患者さんには常に医師がついていますが、持病を抱えながら生活していく上での苦労については、医師よりも患者さんの方が実際の経験を積んでいるので詳しい。患者さん同士が交流する場を作ることによって、患者さんが持病と共に生きていくことを支援しています。
患者に治験を紹介し製薬に繋げる
鎌田 ユーザー全員の情報を集めればかなりのビッグデータになります。その情報は他にも転用できそうですね。
長谷部 私たちはアプリ上で多くの患者さんの情報を収集し、彼らに合った薬の治験を紹介しています。
鎌田 なぜ患者さんに合った病院や医師ではなく、「治験」を紹介しているのでしょうか。
長谷部 製薬のために必要な治験の促進が、患者さんと医療業界、双方にとって有益だからです。近年、日本の医療業界の課題として、製薬会社が薬を開発しても、治験の被験者が集まらないことが挙げられます。治験を行えないため、せっかく薬を開発しても販売まで至りません。
鎌田 製薬技術が進んで、薬はすぐそこにあるのに、世の中に出ていけない状況にあるのですね。
長谷部 製薬会社は薬を開発した際、患者さんに直接接触してはならず、治験の被験者募集を病院に委託する必要があります。依頼された病院は、該当する病気の患者さんに治験を紹介して承諾をもらい、ようやく治験が開始されます。
ただ、そもそも治験を行っている病院が数多くあるわけではありません。病院側からのみの発信となると、必然的に被験者となる患者さんも限られますので、治験がなかなか行えないのです。
鎌田 確かに、病院側から提示されなければ、治験という選択肢は思い浮かびません。患者さんの方から治験を求めることは稀でしょうね。
そうした中、御社がアプリ上で治験の紹介をすれば、通っている病院に関係無く全ての患者さんが治験という新たな選択肢を持つことができます。治験への協力によって、自身の病気を治す可能性のある薬の開発が進むと同時に、患者さんの病状も改善するかもしれません。
長谷部 医療関係者と患者さん、双方の協力あっての医療です。患者さんの病状に合わせた治験を紹介するのみならず、最近は患者さんのお住まいの近くで行っている治験を抽出して、お知らせする機能を追加しました。より患者さんと製薬の距離が縮まる環境を作っていこうと思います。
医療の効率化を図るプラットフォームづくり
鎌田 起業の経緯をお聞かせ下さい。
長谷部 私は大学の医学部を卒業し、製薬事業にも関わってきました。近年はAIが発達したり、遺伝子検査が以前より手頃になったりしています。しかし、様々なことが簡単に分析できるようになったにも関わらず、データがバラバラに格納されていて互換性に欠けていると気付きました。そこで患者さんのデータを上手く収集するために、プラットフォームとなるActivaidを作りました。また、プラットフォームを作る根本的な理由は、病院が患者さんのカルテを勝手に他の病院と共有できないためです。カルテはあくまで患者さんのものであり、病院はこれを預かっているに過ぎません。したがって、カルテの共有化を図るには、患者さんが自ら情報を提供するしかないのです。
鎌田 患者さんと治験をマッチングするだけでなく、集まったデータから新しい検査方法などを生むことにも繋がりそうですね。
長谷部 プラットフォームに集めた情報を使えば、個別化医療も発展すると思います。将来的には、個人の検査数値や生活習慣に合った薬づくりを進めたいです。
感謝の言葉が励みになる
鎌田 以前から、患者さん同士のコミュニティは作られてきましたが、それに加え、治験を紹介して新薬開発を促進する御社のサービスは、これまで存在しなかったものです。新しいことに挑戦する中で何かご苦労はありましたか。
長谷部 チーム作りです。難病は一部の人にしか親しみが無いものなので、「このサービスが世の中に絶対必要だ」と思ってくれる仲間とでなければ良いチームは作れません。
鎌田 当事者意識を持った人が周りにいてくれることが大切ですね。
長谷部 そうですね。1年と数カ月は私一人でやってきましたが、幸いにも現在は数名の仲間がいます。チームの中には、幼い頃に大きな手術を経験したから、自分も医療に貢献したいという人もいます。私が考える医療のミッションに共感して、「一緒に貢献したい」と人が集まってくれるのは嬉しい限りです。
鎌田 ユーザーの方からはどのような反応がありますか。長谷部 多くの方々が、自分が苦しんできたからこそ、他の人を助けたいと思っています。自分がデータを提供することで医療が発展し、自分も他の人も治療が進む。だから貢献していきたいという方が多いです。
以前、ある患者さんのご家族から、「Activaidという便利なサービスを開発してくれてありがとうございます」というお手紙をいただきました。このような感謝のお言葉も日々の励みになります。
患者の参加で成り立つ医療の未来
鎌田 今後のビジネスの展望をご教示下さい。
長谷部 まずは、現在300人ほどのアプリ登録者数を1~2年で1万人に増やしたいですね。また、炎症性腸疾患以外の難病にも対応できるようにしていきます。
人々が医療の発展に参加できる未来を作ることが目標です。厚生労働省、病院、製薬会社、そして患者さん――全てが連携された上で医療が進みます。私たちにできるのは、それらのステークホルダーを繋いで発展しやすい環境を作ることです。す。将来的には世界展開も視野に入れていますか。
鎌田 御社の作るプラットフォームによって炎症性腸疾患の患者さん30万人が繋がれば、必ず大きな力になるはずです。将来的には世界展開も視野に入れていますか。
長谷部 日本の近隣の国に広げることはあるかもしれませんが、今のところ世界中への展開は考えていません。なぜなら、医療のニーズは地域によって様々だからです。例えば、人種によって適切な治療法は変わりますし、患者さんに紹介する治験もお住まいの近くでなくてはなりません。したがって、日本の情報を他国の医療にそのまま置き換えることは難しいのが現状です。今後は日本人、さらには個人のニーズを満たせる医療が生まれるよう、国内中心にプラットフォームを大きくしていきます。
鎌田 プラットフォームづくりは大抵の場合、IT企業が行うことが多いので、医療関係の出身者が自らスタートアップを立ち上げる事例は珍しい。これからも応援しています。
Profile
長谷部靖明(はせべ・やすあき)
名古屋大学医学部医学科卒業。2011年よりマッキンゼー・アンド・カンパニーにて製薬企業を中心としたプロジェクトに従事。2013年より関東労災病院経営企画室にて中長期経営計画立案等に従事した後、ノバルティスファーマの日本およびスイス本社にて新薬の開発戦略の立案等を担当。2018年4月Activaidを創業。
鎌田富久(かまだ・とみひさ)
1961年、愛知県生まれ。東京大学大学院の理学系研究科にて情報科学博士課程を修了。理学博士。1984年、東京大学の学生時代に、情報家電・携帯電話向けソフトウェアを手がけるベンチャー企業ACCESSを荒川亨氏と共同で創業。iモードなどのモバイルインターネットの技術革新を牽引する。2001年、東証マザーズ上場を果たし、グローバルに積極的に事業を展開した。2011 年に退任すると、2012 年4 月より、これまでの経験を活かし、TomyK Ltd. にて革新技術で日本を元気にするベンチャー支援の活動を開始した。