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【編集長インタビュー】サインポスト社長 蒲原 寧

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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社長は「経営の勉強」を続けなければならない

社長は「経営の勉強」を続けなければならない

(企業家倶楽部2019年10月号掲載)

いつも朗らかで笑顔がトレードマークの蒲原寧社長。「日本橋界隈では一番経営の勉強をしている」と自負するほど、経営者として成長することに貪欲であることを隠さない。信じたことをやり遂げようとする「純粋さ」に周りの人は魅了されてしまう。人間味溢れる企業家の世界観に迫る。(聞き手は本誌編集長 徳永健一)

地方の人手不足を解決したい

問 御社が開発した「無人AIレジ」が話題になっていますが、どのような背景があるのでしょうか。

蒲原 私は地銀さんを訪ねて地方をよく回るのですが、街を歩くと閉じている店が多い。地方では人手不足の問題が深刻です。札幌、仙台、東京近郊、名古屋、大阪近郊、広島、博多、那覇以外は衰退しています。今は低金利で、地銀さんも経営が厳しいので合併していますが、抜本的な問題解決にはなっていません。景気が良くならなければお金の需要がないので、金利が上がるはずがないのです。つまり銀行さんだけ業務を改善し、経営を効率化したところで地方の景気が良くならなければ生き残っていけないのが現状です。したがって、銀行のお取引先の業務効率化も必要になります。多岐にわたる業種の中でも小売業は人手不足で、店も開けられない状況ですから、レジ係が不要になる「無人AIレジ」の商品化を急いでいます。

問 事業化は順調に進んでいますか。課題があるとしたらどこでしょうか。

蒲原 順調です。世界で初めてのことですから、色々壁はありますが、実証実験を重ねてシステムをブラッシュアップしています。課題は、大量生産していかなければならないことです。これまでメーカーをしたことがないので、製造物責任(PL)法などが分かる人に来てもらい、火災が延焼しないようにするなど、対応策を取っています。

問 開発だけでなくメーカー機能も持つわけですね。

蒲原 はい、当社はアップルだと思ってください。ハードもソフトも両方設計します。工場は持ちませんが、設計をしたサインポストに責任があります。

問 JR東日本の赤羽駅やポプラ社の生活彩家貿易センタービル店などで、無人AIレジの実証実験が行われましたが、具体的な販売数値目標などはあるのでしょうか。蒲原 決算説明会でも、2021年2月期までに3万台相当を売ると公表しています。設置型「ワンダーレジ」は1台単位でカウントしますが、レジ無しスルー型「スーパーワンダーレジ」は広いスーパーになると5~7台分に相当します。この2つのタイプで合計3万台相当を実際に導入したいと思います。公言したことはやりますよ。問 店舗によって「レジ無しスルー型」か「設置型」を選べるわけですね。

蒲原 現時点では、カメラを天井や商品棚に約100個設置する「スーパーワンダーレジ」は店舗フォーマットがあるので、既存店にすぐ導入するのが難しい。新店にするか、一時休業して店のフォーマットを変える必要があるため、時間がかかります。しかし、最終的にはレジ無しスルー型の「スーパーワンダーレジ」が普及すると思います。将来的には世の中の小売りは全てスルー型になるでしょう。

アマゾンとは違うアプローチ

問 全ての小売店舗に導入されるとお考えですか。

蒲原 そうですね。すでにスーパーワンダーレジは社会実装できる精度まで来ています。世界で戦えるレベルにあるのは、当社とアマゾンだけですが、今後は競合も出てくることでしょう。私たちは小売りの経験がないので、物流や商品の発注など分からない部分があります。そこでJR東日本と当社で合弁会社を作りました。サインポストのシステムとJR東日本が持つ小売りのノウハウを融合して、店舗フォーマットを作り、色んな会社に使ってもらおうと考えています。私たちは産業支配をしようとは考えていません。そこがアマゾンと違う点です。合弁会社では既存の小売業の経営を助けるために、業務効率化を図れる店舗フォーマットを販売していきます。

問 人手不足の小売業は助かりますね。

蒲原 設置型「ワンダーレジ」は置くだけで良いので導入は簡単です。買い物には単純化すると2つのプロセスがあります。1つは「精算」、もう1つは「決済」です。「精算」はお買い上げいただいた合計金額を算出すること。「決済」はその合計金額を現金、カード、ポイントなど、何らかの手段で支払うことです。私の考えでは「決済」は二次的なもので、基本的には買い物すること自体が楽しい。ただ、そこでお金を払わないといけないから、何かしらの手段で支払うのが「決済」です。

松下幸之助が目標
問 5月に東証一部に指定替えをしましたね。株主の目を気にすることはありますか。

蒲原 全然気にしないと言ったら嘘になります。非上場の時と比べると、経営判断をする際に考えなければならないことが増えました。しかし、サインポストは新しいことに挑戦する会社ですから、「グッドはグレイトの敵である」と自分に言い聞かせています。短期的な利益のために、「社会を良くする」という最も重要なことを先送りするわけにはいきません。ただ、上場企業として説明責任があることは自覚しています。

問 サラリーマンを辞めて企業家になり、最も嬉しかったことは何ですか。

蒲原 一つだけと言われたら、最初に仕事をいただいた時です。07年3月に創業してすぐのことでした。契約してもらえなければ、飯が食えませんからね。その時、「有難い」という感覚はこんなに深くて広いのだと実感しました。結局のところ、人間は生きて死ぬだけです。自分の心をいかに広げるかが重要。銀行員を続けていたら、今のお客さまや取引先、社員とも出会っていません。起業したからこそ、人脈が広がりました。それは心が広がって嬉しいことです。最初に契約が取れた時、今まで思っていた「有難い」という言葉の小ささに気付きました。

問 目指している企業家は誰かいますか。

蒲原 松下幸之助さんです。経営の大先輩であり、勝手にライバルだと思っています。大阪万博の時の話です。パビリオンに一般のお客さんと同じ立場で並んだ彼は、外は陽が照って暑いことに気付き、ピンと来ました。そして、「松下」とプリントされた紙の日除けの帽子を配ったのです。これで、万博会場中に「松下」の宣伝が出来る。お客さんも暑いから喜んでずっと被っているし、一石二鳥でしょう。お客さんと一緒に並ぶから目線が同じなのです。「会長、こちらからどうぞ」となったら良い発想は出てきません。私も見習ってそうしています。先日もゴルフクラブの新調は諦めました。「物欲に負けたらダメ」と妻にたしなめられたからです。

社長は経営の勉強をしよう

問 経営をする上での心構えを教えてください。

蒲原 経営の勉強を死ぬまで続けることです。起業する時に「月430時間働けば成功する」と言われていたので、私は月450時間以上働きつつ、経営の勉強をしてきました。日本橋界隈では経営の勉強を一番している自負があります。

問 具体的にはどのような勉強をされてきたのでしょうか。

蒲原 当然ながら、経営に関する書籍は読みます。それに加えて、京セラの稲盛和夫さんやソニー創業者の井深大さん、盛田昭夫さんといった著名な経営者の話が好きです。私は創業から数年間は車通勤していました。車であれば経営者の講演会のCDを聞けるので、通勤時間も勉強できますからね。

問 何か記憶に残っている企業家のエピソードを教えてください。

蒲原 松下幸之助さんの部下は直に薫陶を賜っているので、松下電送を任された木野親之さんの話は印象に残っています。30代で倒産寸前の赤字企業、松下電送を松下幸之助の名代として託されたのですが、「金を持っていくのはまかりならん、松下経営理念だけ持っていけ」と言われたそうです。見事に僅か数年で黒字化し、意気揚々と報告しに行くと、「君は何をしてくれたんや。君は新幹線を知っているか、定刻で発車するから人が乗れるのだ。それをピューっと急いだら誰も乗れないよ」と褒めてはくれなかったそうです。そして、「急いだということは社員と協力会社に無理をさせたのではないか。それでは長続きしない」と諭したと言います。「経営には精度がある。今回はたまたま的に当たったから良いが、下にブレたらどうするつもりだったのか」松下幸之助さんは机をバンバン叩く。引き出しを開けたら壊れた扇子が何本も入っていたそうです。不思議なもので、自分が置かれている立場によって同じ話でも感じ方が変わってきます。尊敬する経営者の講演会のCDは、何度も繰り返し聞いています。本で読むのとまた違い、本人が話しているのを聞くと声の抑揚や臨場感があって好きです。

社会からの通信簿は感謝の言葉と営業利益

問 サインポストをどういう会社にしていきたいですか。

蒲原 「私たちは頑張った」と自己満足しても仕方がないので、社会に付加価値をもたらさんとしています。社会からの通信簿は2つ。1つ目はお客さんからの「感謝の言葉」、2つ目は「営業利益」です。売上げでも経常利益でもありません。社員が取引先から褒められたら、社内の集まりで発表します。感謝や労いの言葉を最大限に増やすため、地域も広げ、今まで世に無かった新しい価値を送り出します。そして、広く深くチャレンジし、社会を良くするような事業を行っていく会社になります。本業の利益を表す営業利益も2つ目の通信簿なので、500億円までは私がやろうと思っています。売上げには興味がありません。経常利益を指標にすると、たいがいは次の世代の社長が株式への投機や不動産などに手を出します。それはまかりならんと、禁止しています。本業で利益を出すことが重要です。

問 今後の課題についてはいかがでしょうか。

蒲原 私は人間として、まだまだ未熟者です。行きつくところは「境涯(きょうがい)」だと考えています。境涯とは、社会におけるその人の立ち位置のことです。人は目に見えないことで物事をめています。「この人は腹の底からそう思っているのだろうか」とか「本気で信じて話しているのだろうか」といった具合です。あの人は顔つきが良いとか悪いとか、どこか胡散臭いとか言いますよね。仕事の上でも、あの会社は財務が良いから取引しようとは誰も思いません。私は社長を見て、胡散臭かったり、「志がなく、野心があるな」と感じたら付き合わない。この境涯を理解している人は「こいつは本気で事業を伸ばそうとしているか」を見てくれる。だから、私は成長しなければならないのです。

p r o f i l e

蒲原 寧(かんばら・やすし)

1965 年大阪府生まれ。1988 年三和銀行(現、三菱U F J 銀行)入社。システム部で勘定系システム、三和銀行・東海銀行合併対応を担当後、UFJ日立システムズでプロダクト開発第6部長、U FJ I S 、三菱東京U F J 銀行でシステム統合部長などを歴任し、2007 年サインポストを設立。著書に小説「プロジェクトマネージャー」(ダイヤモンド社)。

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