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【地球再発見】vol.2 日本経済新聞社客員 和田昌親

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

東京五輪は日本流英語で

(企業家倶楽部2016年4月号掲載)

「アイ・アム・ハッピイ(えーと)アイ・フォーカス・マイ・アプローチ(えーと)・・・」。女子スキージャンプW杯で高梨沙羅さんが「助走に集中した」と英語インタビューに答えたときの言い方である。

 女子では世界一の高梨さんだから、優勝したら当然英語で記者に聞かれる。それでもジャンプと同様、堂々と答える。英語の間に「えーと」と日本語を挟むのが高梨流だ。笑ってもいいが、私は笑わない。相手がわかろうがわかるまいが「えーと」と間を取るのが何とも愛嬌があり、ユニークだ。

 こういう「英語+日本語」の言い方がはやるといいなと思う。日本人一般の英語力を伸ばすには〝日本流英語〞を普及させることだ。シンガポール英語も中国語なまりのシングリッシュと言うではないか。立派な英語はいらない。意思疎通ができればそれでいい。「英語が完璧に伝わるかどうかより、相手から尊敬されることの方が大事」という趣旨のことを作家の塩野七生さんが言っていた。

 その通りだと思う。かつてソニーの故盛田昭夫元会長がアメリカに乗り込んで、日本語発音の英語でソニーのPRをした。朴訥なしゃべり方でも彼の熱心なプレゼンが相手の胸を打ったという。

 2020年東京五輪が決まり、競技場建設やら通訳養成やら、ハード、ソフトの準備が始まった。15年に外国からの訪日客は1973万人と政府目標の2000万人に迫った。次なる目標は3000万人という。

 日本は先進国になったが、それでも経済規模の上では中国の後塵を拝している。2度目の東京五輪開催は世界で薄れつつある日本の存在感をもう一度高めるチャンスである。

 五輪準備のひとつが英語対応だろう。東京都やJOC(日本オリンピック委員会)は日英通訳の確保・養成を急いでいる。都内の語学系大学には問い合わせが寄せられているが、とりわけ地震や津波など緊急事態が発生した時に外国人にどうやって知らせ、避難させるか。そのための「特殊通訳」も用意しようとしている。

 そうしたプロの通訳は何とかなるにしても、日本人一般に巣くう「英語の壁」を取り払う必要がある。

 気になるのは日本語をローマ字にして「英語に対応した」とする滑稽なケース。典型例が「KOBAN」である。東京五輪の期間中は外国人旅行者が交番に駆け込むだろうとみて、看板を書き換えたようだ。しかし「POLICE」ならいいが、意味不明の「KOBAN」に寄って来る人がいるだろうか。ローマ字の道路標識も外国人にはわかりにくい。

 JRが始めた英語まがいの「ホームドア」もいただけない。私は「家のドア」を連想したが、駅のプラットホームから線路に落ちるのを防ぐ「柵」のことだ。JR東京や東京メトロの駅でおなじみだが、西武鉄道が「ホーム柵」と呼び始め、関西では「安全柵」と呼ぶところも出てきた。

 五輪には世界から自国語しかわからない選手もたくさん集まってくる。だから英語以外の多言語の通訳も必要となる。東京都に資金的余裕があるなら、スペイン語、ロシア語、ドイツ語、フランス語あたりの通訳も増やすべきだろう。

 東京駅で地図や路線図を見ながら、迷っている外国人夫婦がいる。日本人はほとんど声をかけずに急ぎ足で通り過ぎていく。かんたんな中学英語で、どうしましたか?くらいは聞いてもいいと思う。これで「おもてなし」の国民と言えるのか、と疑問に思うこともある。

 滝川クリステルの言う「おもてなし」は礼儀作法や丁寧な接客といった直接の応対に加え、相手への思いやりも含まれる。加えて日本の地方へ行けば美しい景色があり、和食の繊細さ、うまさも味わえる。それは誰もが認める日本の良さだ。でも「口先だけのおもてなし」にならないように「ウエルカム!」の一語を発したい。

Profile 和田昌親(わだ・まさみ)

東京外国語大学卒、日本経済新聞社入社、サンパウロ、ニューヨーク駐在など国際報道を主に担当、常務取締役を務める。

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