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【地球再発見】vol.5 日本経済新聞社客員 和田昌親

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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内向き人間だけじゃない

(企業家倶楽部2016年12月号掲載)

 誰が言い出したのか、日本人の若者が「内向き」になっているとの説がある。就職したばかりの若手ビジネスパーソンに聞くと、海外雄飛よりも国内にとどまる方を選ぶそうだ。理由は様々だが、日本にいた方が苦労が少なくて済むということらしい。本当にそうだろうか。

 それを称して「草食系男子」、「肉食系女子」なんていう新語も生まれた。テレビの「こんなところに日本人!」などという人気番組では、確かに女性の活躍が目立つ。JICA(国際協力機構)の青年海外協力隊の隊員になってアフリカの僻地に指導員として派遣されるのは若い女性が多い。厳しい生活条件の途上国では、しぶといのは女性との見方もある。

 だからといって「草食系」はともかく、十把ひとからげに「若者は内向き」と断ずるのは早計というものだろう。

 米国への日本人留学生が減少していることを示す調査がある。日本からの留学者数は97年に約4万6000人だったのに、2014年には1万9000人と半分以下まで減った。対照的に中国人は27万人、韓国人は6万8000人に増えた。これは学生だけではなく、一般ビジネスパーソンも含めた数字だが、高等教育を目指す日本人が減っているのは事実のようだ。

 しかし、留学してもそれに見合う利益がなければ若者とてリスクは冒せない。アメリカの有名大学でMBA(経営学修士)を取っても、資格を生かせず埋もれるケースも多い。日本人エリート養成のために少数の学生に金を与え、アメリカに派遣したかつてのフルブライト奨学生の時代とは違うのである。

 もちろん、経済的にも余裕があり、自身の語学力を高め、キャリアアップに役立つとみれば、喜んで留学する。それが日本の学生や若手企業人の判断だし、正しいと思う。

 「学生たちは100%外向き」と教授たちが口をそろえる大学がある。日本で最も古い国際系国立大学の東京外国語大学。全学生数は3800人余りだが、入学時のアンケートでは「留学したい」「どちらかというと留学したい」を合わせた割合は90%にのぼる。

 おもしろいデータがある。在校生のうち1~3年生の数はそれぞれ800~900人程度だが、4年生の人数は1300人近くに跳ね上がる。その理由は「留年」である。留学する人が余りに多いためで、1、2年間は留年して社会に出るのだそうだ。

 同大学広報では、在校生のざっと半数は4年生までの間に留学を経験したとみている。27言語に対応する大学なので、留学先は欧米先進国だけでなく途上国にも広がっている。

 この大学のスローガンは「留学200%」。つまり在学中に1人2回以上の留学ができるよう取り計らっているのだ。しかも在学中に短期留学しやすいように授業計画も工夫されている。こうなると先生より優秀な語学達者がどんどん増えてくる。
 ずいぶんと裕福な社会になったものだ。筆者はこの大学を卒業したが、何十年も前は、世界の言語(英語以外)を教える先生がその国に行ったことがないという驚くべき話もあった。それでも先生方は立派な「教則本」をつくり、教えていた。亡くなった先生方も多いが心は「外向き」だったと思う。

 海外から留学してくる若者も多い。とりわけ中国はまるで「21世紀の華僑」のように、学業向上と就職を求めて日本にやってくる。外からの留学生たちが日本人の「外向き志向」を刺激するかもしれない。

 スポーツの世界も「外向き」だ。サッカーの本田、岡崎、テニスの錦織、ゴルフの松山、MLBのイチロー、前田。名前をあげれば海外進出はきりがない。

 ノーベル賞学者の根岸英一博士がこんなことを言っている。「若者は外へ出よ」と。そのあとが気が利いている。「どんな国でもどんな仕事でもいい。失敗してもいい。必ず得られるものがある」

 まだ日本の若者は捨てたもんじゃない。

Profile 和田昌親(わだ・まさみ)

東京外国語大学卒、日本経済新聞社入社、サンパウロ、ニューヨーク駐在など国際報道を主に担当、常務取締役を務める。

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