会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2016年8月号掲載)
東京都の舛添知事が政治資金の私的流用に絡んで3回にわたり記者会見をしました。これをバージョン1、バージョン2、バージョン3と仮定しましょう。3回の記者会見の長時間にわたる映像を持って某テレビ局が取材に来ました。「3回を見比べて大きな違いは何ですか」というのです。
違いは事細かに言えばキリがないくらいたくさんあるのですが、一番目立つのはバージョン1が自分のほうが上位にいる人間として「リーダーというものはね、君」といった上から目線の会見だったのに対し、バージョン2は「ここはひとつ、みなさんにわかっていただきたい」というように、少しトーンが下がってきたこと。そしてバージョン3では2秒間のお辞儀と5秒間のお辞儀の繰り返しというような、完全に下から出る謝罪の場面になっていたことです。
でも実際にバージョン3が謝罪だったかどうか。そこを検証するとリーダーのみなさんにとても大きな質疑応答のヒントがあります。バージョン3はお世辞にも良いとは言えなかったからです。焦りは動作に出る 謝罪の度合いとしては、バージョン1からバージョン3までだんだん深くなったのですが、実はそれに従って焦りの度合いも大きくなりました。
人間が焦った時に一番はっきりわかるのは、視線のうろつきです。簡単にえば、黒目が白目の中で左右に大きく動く「泳ぎ目」、そして下唇を上の歯下側に噛み込む「下唇の噛みしめ」と、舌先を出して下を舐める「舌なめずり」です。 この回数がバージョン1から3になるにしたがってどんどん増えたのです。「自分は悪いことはしていない」という言葉とは裏腹に、焦りがどんどん深まっていったことを示します。
言葉で強い調子のことを言うならば、動作にも焦りの表現は禁物です。落ち着いた口調で、落ち着いた顔で、弁明する方が効果的です。
バージョン1ではフジテレビの記者に対する質問で、ずいぶんと攻撃的な場面が出現しました。「Sくんね、もし君が知事だったらね。一日中会社にいないで、週末にはリラックスしたくなるんじゃないの。そうでしょう」とたたみかけました。質問した相手は名前を名乗る約束になっているので「Sくんね」と名前を呼びかるのことが可能だったのです。
けれどこれはよい内容の話の時に、「何々会社のSさんもね、こんなことを感じるでしょう」と呼びかけるのはいいのですが、反論の場合に「Sくんね」とやったら、言われたほうは「何を言っているんだ」と余計反感を持ちます。実際この発言をきっかけに、記者陣の質問はどんどん攻撃的に変化したのです。
よい内容の場合は名前で呼びかけ、内容が悪かったり攻撃的な場合には、相手の名前で呼びかけないこと。「今のご質問ですが」というように主語を明言しないほうがソフトな感じがします。
反感むき出しは逆効果
バージョン3で質問がややもすると、同じところをグルグル回り出しました。時間も3分を経過しています。そのあたりから舛添都知事は口を「梅干しばあさん」がよくやるように、尖らせて前に出す表情が目立ちました。鼻の下の「上唇挙筋」と下唇の下の「オトガイ筋」に力を入れて、唇をすぼめて前に出す形です。これは横から見た時は唇が尖って出ているという感じがします。前から見ると口が小さくなってすぼまっている感じです。
実はこれは小さな子供がなにか不機嫌だったり、自分が指名されなくて不満な時によくやる不満の表情です。怒りん坊という感じが出てします。一番困ることは、このような怒りの表には喜びの表現と全く同じように「返報性」があることです。相手から怒りが発信されると、見ているほうも怒りが増幅されてしまうのです。言葉で謝っていても、こんな唇の出し方をされると、聞いている記者団は自分たちの心にどんどん怒りが増殖してしまいます。謝る場合は口を突き出すのはやめて、むしろ努力して小さな微笑みを浮かべるくらいの冷静さを持ちましょう。
反応しない技術
誰だって自分が攻撃されたら攻撃し返したいと思います。ましてリーダーは支配欲求が強いので、普段だったら自分より立場も収入も下の人々からガンガン突き上げられたら、それに対して自分はもっと強い攻撃で返したいという気持ちになります。
けれど反応したらダメなのです。「なにを!」と腹の中で思っても「ご指摘ありがとうございます」くらいの言葉をソフトな声で平然と言い、にこやかな顔で「それについては追ってお答えしますね」と言って、その場面を終わらせましょう。 心の中でムカッとしても結構。でも反応してはいけないのです。行動で反応した時に相手の挑発に乗って巻き込まれてしまいます。
受け入れる技術
相手がずいぶん失礼なことを言ったり、微に入り細に入り、時にはネチネチと攻撃してくる場合があります。普段会社や政治組織のリーダーである人は、こんなやり方で突き上げられることがあまりなかったのでむしろ抵抗力がないのです。すぐに「この俺様に何を言っているんだ」と腹が立ってしまいます。
そこで受け入れる技術が必要なのです。「そうおっしゃるのも、ごもっともですね」とひとこと言ってみてください。本当に「ごもっとも」と思っていなくていいのです。「あなたの質問を受け入れましたよ」というサインを発信しましょう。そのことでほんの一瞬ですが、相手は肩すかしを食ったような気分と、自分の意見が受け入れられたという満足感を同時に味わうことになります。その時間が大事なのです。
怒りの脳は人間の旧脳に属している脳なので、すぐにカッカと反応してしまいます。でも「おっしゃる通りですね」と受け入れる言葉を出している間に、2秒から3秒、自分の心をクールダウンする効果があります。心の底から受け入れなくてもいいのですが、受け入れる言葉を口に出しましょう。トップはここで度量が大きい人だということをみんなに発信する最高にいい場面です。
Profile
佐藤綾子
日本大学芸術学部教授。博士(パフォーマンス心理学)。日本におけるパフォーマンス学の創始者であり第一人者。自己表現を意味する「パフォーマンス」の登録商標知的財産権所持者。首相経験者など多くの国会議員や経営トップ、医師の自己表現研修での科学的エビデンスと手法は常に最高の定評あり。上智大学(院)、ニューヨーク大学(院 )卒。『日経メディカルOnline』、『日経ウーマン』はじめ連載6誌、著書178冊。「あさイチ」(NHK)他、多数出演中。21年の歴史をもつ自己表現力養成専門の「佐藤綾子のパフォーマンス学講座」主宰、常設セミナーの体験入学は随時受付中。詳細:http://spis.co.jp/seminar/佐藤綾子さんへのご質問はinfo@kigyoka.comまで