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【編集長インタビュー】ライフネット生命保険 代表取締役副社長 岩瀬大輔

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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世界に立ち向かうチャレンジャーであり続ける

世界に立ち向かうチャレンジャーであり続ける

(企業家倶楽部2012年6月号掲載)

 

東京大学、投資ファンド、ハーバード経営大学院と、着実にエリートコースを歩んできた岩瀬大輔副社長。だが、ある言葉に強く心を動かされ、思いがけずライフネット生命保険の起業に参画した。そんな熱いハートを持つ岩瀬氏は、「挑戦者だからこそ、多くの方々が応援して下さる。その応援される力こそ、当社最大の強みです」と語り、更なる高みを目指す。(聞き手は本誌編集長 徳永卓三)

世界の注目を集める生命保険会社

問 ハーバード経営大学院(HBS)では、成績上位5%のベイカー・スカラーとして修了されました。

岩瀬 HBSの成績評価は、半分が授業中の発言内容と回数、もう半分が筆記試験です。クラスの流れを変えるような良い発言を頻繁にできるかが重要となります。また筆記試験も、ケーススタディを渡されて4時間以内に「貴方が社長だったらどうするか」といった課題を仕上げる実践的なものです。

問 日本人が英語で勝負するのは難しいと思います。

岩瀬 私は帰国子女ですし、ボストン・コンサルティングやリップルウッド・ホールディングスという外資系の会社に勤めていた頃、ニューヨークの投資銀行の方々と英語で金融の議論をしてきたので、語学的なトレーニングは積んでいました。

 むしろ、クラスで良い発言をするには、視野の広さが必要です。私は28歳でHBSに入学しましたので、それまでに6年間勤めていました。投資ファンドにいた時には、一部上場企業の役員会に出席していたため、そこで経営を少しずつ学びました。営業、資金繰り、ITシステムなどあらゆる分野を見る機会がありましたので、同世代のビジネスマンより現場感覚があって気の利いた経営目線の発言が可能だったのです。

問 ダボス会議に出席され、ヤング・グローバル・リーダーズにも選出されるなど、ご活躍なさっています。

岩瀬 投資ファンドでは、出来るだけ鞄持ちとして会議や商談の場に連れて行ってもらいました。立派な経営者の方々に身近に触れることができたのは良い経験でした。ビジネスパーソンとしての立ち振る舞いを肌で感じていたため、ダボス会議でも緊張はしませんでした。

 一番印象的だったのは、保険業界のセッションです。名立たる世界的保険会社のトップがいる中、持論を述べました。日本では会社の大きさによって人間の価値を判断する傾向がありますので、普通物怖じしますが、欧米では肩書きを気にしません。そこで、しばらく黙って話を聞いた上、異論を唱えたところ、逆に喜ばれて仲良くなりました。ライフネット生命保険が世界の保険業界にデビューした瞬間です。

 現在、私たちは世界の様々な会社から研究されています。どの保険会社も、対面セールスはもたないと分かっているのですが、ネットで販売して成功している事例がありません。そこで、海外から問い合わせが来たり、講演を依頼されることもしばしばです。世界的に見ても、興味深い挑戦をしているのだという実感はあります。

「何を」やるかより「誰と」やるか

問 ライフネットに関わりを持ったきっかけを教えてください。

岩瀬 2006年1月、昔の先輩に薦められ、初めてあすかアセットマネジメントの谷家さんにお会いしました。谷家さんの下へ行くと、猛烈に起業を薦められました。谷家さんの「たった一度きりしかない人生なのだから、自分にしかできない挑戦をしてみないか」という言葉が強く心に響いたのを覚えています。経験も実績も無い私に対して、「君の活躍を応援したい」と言ってもらえるのはありがたかったです。今思うと面白おかしい話ですが、事業内容も決まっていないのに、この人と何か事を起こすのだと直感しました。今では、「何を」やるかよりも「誰と」やるかが大切だと考えています。

 ただ、まだHBSも卒業していませんでしたので、最初は返事を留保してボストンに戻りました。すると、谷家さんが2月にボストンに来られたのです。さらに、「色々考えたけど、岩瀬君には保険がいいと思う」と告げられました。

 最初は呆気にとられましたが、少し考えて、面白いと思いました。私の周りは皆、IT系ベンチャーばかりで、保険など思いもしません。商売とは、皆が目を付けないところにこそチャンスが眠っているものです。ただ、私は保険のことを何も知らないので、保険に詳しい人を紹介して下さるよう頼みました。そして、2ヵ月後に出口を紹介されたのです。

言い知れぬ出口の貫禄に圧倒される

問 初めて出口さんとお会いされて、いかがでしたか。

岩瀬 実は、最初は別の方を紹介していただいたので、その方に会うつもりで谷家さんのオフィスに行きました。すると、暗いエレベーターホールにおじさんが立っています。背筋は曲がっているし、チェックのシャツにダボダボのズボンを履いていて、ビルの管理人かと思いました(笑)谷家さんが来て、初めて出口を紹介されたのです。

 私は、用意してきたビジネスプランを発表しましたが、谷家さんと出口は最初からネット生保で起業することを決めていたと思います。私のプレゼンが終わると、出口がおもむろにホワイトボードの所へ行き、ネット生保の話を始めました。

 私は起業するなら社長に就きたいと考えていましたが、その話しぶりを聞いて、出口の下でなら社長でなくてもいいと思いました。

問 そのように思われたのはなぜでしょう。

岩瀬 まずは、得体のしれない器の大きさを感じたからです。彼の話は分かりやすくてシンプルですが、迫力がありました。

 また、質疑応答の時のテンポが心地良かったことも理由に挙げられます。年を取ると頭が固くなり、質問に対する的確な答えが返って来ないことが多いですが、どんな質問を投げかけても的確な答えがすぐ返ってくる。ビジネスセンスを感じました。

 ただ、本当の彼の凄さを理解したのは、一緒に経営するようになってからです。

問 出口さんの凄さとはどういった点ですか。

岩瀬 幅広い人脈、清々しい生き様、骨太に遠くを見渡す力です。

 彼はMOF担(旧大蔵省担当)でしたので、証券会社や銀行のトップには顔が利きます。また、彼は裏表無く真実しか言わないため、あらゆるメディアの方とも良好な関係を保っています。

 また、以前左遷された時の心境を聞くと、「歴史を見れば、不遇の人物は沢山いる」と達観していました。そうした人生観の清々しさも彼の魅力です。一切の恨みつらみも悔しさも無く、 むしろ人間の一生とは儚いのだと、心の底から信じて生きています。

 よく、保険業界における「平成の偉人」になれと言われます。当社のことも100年単位で考えており、最初から世界へ出て行くつもりで起業しました。意見が分かれた際も、彼が正しいことがほとんどです。彼はあらゆる角度から物事を見ているため、正しく意思決定が出来るし、世の中の進む方向が見えています。そうした世界観と視野の広さにはまだまだ敵いません。

商売にマジックは無い

問 今まで最も苦労されたことは何ですか。

岩瀬 開業前の苦労は、最終段階での資金調達が破綻しかけたことです。私たちは2008年3月に、最後の資金調達を行ったのですが、07年から金融危機がじわじわと迫り、資金を提供して下さる予定だった方々が渋り始めたのです。それからは出口と共にあちこち駆けずり回って資金提供をお願いしに行く毎日で、ヒヤヒヤしました。

 また、開業してから約1年は申込みがあまり増えず、業績が伸び悩みました。PRは盛んに行っておりましたが、実績の無い保険会社には任せたくないという方が多くいらっしゃったようです。しばらくすると、新聞などがネガティブな報道を始めました。また、08年秋には競合が値下げを敢行し、私たちよりも保険料を安く設定したのです。株主の方々に呼び出されて叱責も受けました。結果が出ていないので、反論の余地もありません。自然と社内の雰囲気も悪くなり、社員も含め不安な毎日を送るようになりました。

問 その状況をどのように打開されましたか。

岩瀬 実際に商売をしてみて、魔法は無いのだとよく分かりました。当たり前のことをコツコツと愚直に続けるしかありません。当時は、駅前でのビラ配りなど、出来ることは何でもやりました。そうするうち、メディアへの露出が何度かあり、知名度も向上していったのです。地道な努力を続けていると、必ず道は拓けます。

 先輩方にも励まされました。様々な話を聞くと、最初から万事うまく行ったベンチャーなどありません。私たちだけではないのだと分かり、救われたところがありました。

応援される力こそ最高の無形資産

問 ライフネットの強さの秘密は何でしょうか。

岩瀬 1つは出口の明快な戦略とリーダーシップです。「やるべきことか否か」が全くぶれません。それがマニフェストという形で言葉になっており、様々な判断をしていく際の原理原則となっています。

 2つ目は、多様な人材です。年齢も出身も経歴も、様々なバックグラウンドの仲間がいるほど強いことはありません。多様性こそ、アイデアや勢いを生み出す原動力です。

 3つ目は、応援してくださる方々が多くいらっしゃることです。私たちは、応援される力を持っており、それが最高の無形資産として、弊社最大の強みになっていると思います。おそらく「大きなことに挑戦しようとしているチャレンジャー」という点に魅力を感じていただいているのではないでしょうか。

問 どのような人材に魅力を感じますか。

岩瀬 熱い心を持った人です。条件が良くなくても当社に飛び込んでくる時点で、志を同じくしています。良い仲間たちと面白いことをやっていくことに魅力を感じる、明るい人がいいですね。最近は会った瞬間にオーラで分かるようになりました。熱いハートは自然と顔や雰囲気にも出るのでしょう。

問 人材教育の面で心掛けていらっしゃることはありますか。

岩瀬 少しだけ背伸びして仕事を任せるようにしています。私自身も背伸びして副社長に就任しましたし、若い頃から様々な案件を任されてきたので、若い人に任せるのが怖くありません。大きめの仕事を与えれば、その分奮闘し、結果として成長します。

問 最後に、岩瀬副社長ご自身の夢は何でしょう。

岩瀬 今思い描いている夢は、私が60歳になった時、30歳の若者と一緒にベンチャーを立ち上げることです。

p r o f i l e 

岩瀬大輔 (いわせ・だいすけ)

1976 年埼玉県生まれ。1998年に東京大学法学部を卒業後、ボストン・コンサルティング・グループ、リップルウッド・ジャパン(現RHJ インターナショナル)を経て、ハーバード経営大学院に留学。同校を日本人では4 人目となる上位5%の成績で卒業(ベイカー・スカラー)。 2006年にライフネット生命保険の設立に参画。2009年2 月より現職。世界経済フォーラム(ダボス会議)「ヤング・グローバル・リーダーズ2010」選出。日経ビジネス「チェンジメーカー・オブザイヤー 2010」受賞。

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