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【先端人】ISAK代表理事 小林りん

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

リーダー不在の時代に問う「教育」の在り方

(企業家倶楽部2012年8月号掲載)

今回の先端人は、インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(ISAK)設立準備財団代表理事の小林りん。世界経済フォーラム(W o r l d E c o n om i c F o r u m )が選ぶ「2012年度 ヤング・グローバル・リーダーズ(YGL)」としても表彰され、その活躍が注目される話題の人だ。好きな言葉は「Things happen for reasons(すべてのことに意味がある)」。取材中何度も「お蔭様で」という言葉を使っていたのが印象的だった。海外での原体験によって、教育をライフワークと決め、教育を通した社会貢献を使命とする。自身を運命論者と称する小林の背負う運命とは何か。そこにはアジアと世界の未来が深く関わっているようだ。 ( 文中敬称略)

国内市場の低迷と進むグローバル化

 いつの間に、日本は世界でもトップクラスのグローバル経済国となったのだろう。近年、海外でのM&Aが増え2011年の日本企業による海外企業買収件数は600を超えた。この数字は、米国、英国に次いで3位となる。買収件数、金額ともに過去最高を記録した。背景には、円高や国内市場の低迷、企業の内部留保などがある。

 海外へ活路を求める日本の企業がいま直面している課題は、世界に通用するグローバルタレントの不足。M&Aの成功は、買収後の経営にあるともいわれるが、リーダー不在のまま買収に乗り出し、結果的に失敗に終わる例も少なくない。

 国内をみても、特に震災後の日本では、新しいリーダーの誕生が切望されている。

日本発のリーダーをアジアへそして世界へ

 そのような時代にあって、粛々と進行するプロジェクトがあった。日本初の全寮制インターナショナルスクールの創設計画だ。14年9月に開校を予定しているインターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(ISAK)。プロジェクトを率いる小林はそのミッションと創立にかける思いを語った。

「教育とは場の提供であり、成長のための種をまくことがISAKの使命だと思っています。」

 そう語る小林には、学校創設の動機となる強烈な原体験が2つある。

 1つは、高校を中退してカナダ留学した時に知った、教育不均衡という現実。メキシコ人で大家族のクラスメートの実家へ滞在した際、高校へ進学できたのは兄弟の中で一人だけと知り、愕然とした。2つめは、ユニセフのオフィサーとしてフィリピンへ赴任した時。貧困層が抱える根深い問題に直面し、社会の仕組みや構造まで変革するための教育について考え、一人悶々とする。

「貧困層への教育だけで、社会は変わらない。学びの場でダイバーシティ(多様性)を生み、異文化への寛容や他者への高い共感力が養われれば真のリーダーが誕生するのではないか。」 

 その思いに導かれるように、ISAK発起人代表である谷家衛氏と縁により出会った。その時から、教育による社会貢献にむけた歩みがはじまる。 
 09年、ISAK設立準備財団の理事に就任した小林は「アジア太平洋地域そしてグローバル社会のためのフロンティア創出」と「変革を起こせるリーダーの育成」を掲げ、ユニークな学習プログラムを提起。通常の学科に加え、3つの力を育成するためのデザインプログラムやリーダーシッププログラム、演劇を通した異文化理解などをカリキュラムへ組み込んだ。

ISAKが大切にする3つの力とは?
1.多様性への寛容力

 国籍や文化、家庭の経済状況、強みや個性の異なる生徒が世界中から集まり、寝食を共にすることで実体験としての多様性を感じる場を提供。学生時代に異文化に触れ合うことでの、寛容性の育成を目指す。

2.失敗を恐れず、リスクテイクする力

 生徒主導の寮生活運営やアウトドア、課外活動を通して、生徒自身が判断し課題に取り組む経験の場を提供する。

3.問題設定能力

 何が解かれるべき問題か、を発見できる力を養成。スタンフォード大学で開発された、自ら問題を発見し解決する能力を養うメソッドである「デザイン・シンキング」を導入。

 高校一年生から三年生の共学となるISAKは各学年50名程度、生徒の半数は海外からの留学生を想定している。文科省の認可、特例校指定をうけ、さらには国際バカロレア(※注)採用予定だ。そのため、卒業後の進路が世界へ開かれていることも魅力。また、5人に1人という割合で奨学金制度を利用可能なことも生徒の多様性維持に寄与している。

「家庭の経済状況に関係なく、平等にチャンスを与える学校でありたい。そのためには今後さらに奨学金給付率をあげていく必要があります。少しでも門戸を広げる為、より多くの賛同者とご寄付を募るのも大事な仕事なんです。」

 軽井沢という風土、世界トップレベルの講師陣を含め、最高の教育環境を整えるISAK。世界中から、ユニークかつ優秀な生徒を集め「日本発の世界的リーダーを育む」ことを己の使命だと小林は信じている。

逆風を追い風に変えるチカラ
 11年9月に公益法人認定、12月には日本初の特例校指定、12年1月には学校設置計画承認、そして4月には初代校長決定とISAKには追い風が吹いている。

 しかし、09年4月に財団を設立した当初、世論・経済事情的に斬新な教育スタイルの学校が誕生できる土壌はなかった。08年にはリーマン・ショックが起こり、世界は金融不安、余波としての経済危機に巻き込まれ、ISAKも例外ではなかった。

「今思えば、すべてが必要なことだったのだと思います。お蔭様でここまで来ることができましたから。」

 実は、08年頃学校の構想が浮上した時点ですでに小林は、必要な資金をすべて提供するという強力な支援者をえていた。だが、期日になっても資金が振り込まれる事なく、支援者から辞退の連絡をうけて、ゼロからの出発となる。

「頼りにしていた方から白紙に戻る連絡をいただいたときは、事実を信じたくなかったですね。」

 それでも、自身の使命と運命を信じる力だけは残った。若きリーダーが育つ学校創設を目指し、休みなく働き続けた。熱意をもって学校の理念を伝え支援を訴えてはいたが、どこか空回りする感覚もあった。批判や厳しい指摘をうける度に、ビジョンや理念、教育プログラムなどを細やかに見直し、何度も改訂を加えた。そして、プロジェクトを丁寧にバージョンアップしていった。気がつけば、すべてが最適に調整され、隙のないものへ進化を遂げていた。また、時間の経過とともに支援者の数は増え、全員で目標へ向かっているという強い一体感が生まれていた。

「最初に派手に転んだからこそ、素晴らしい仲間と結果に恵まれました。順調に進んでいたら、一人の支援者の思いだけで学校のすべてが決まっていたかもしれません。」

 劇的に風向きが変わったのは10年7月。実際に海外から講師を招いてサマースクールを開催したことで、周囲の反応に変化があった。プロジェクトに懐疑的な人の心までも、ポジティブに動くのを感じた瞬間。言葉だけで伝えていた理念、学校のイメージを形にし「見える化」したことが大きな跳躍につながったと小林は感謝とともに振り返る。

インターナショナルスクールに学ぶ社員教育

 未来を危惧し新しい教育の場を創設しようとする小林に、これからの企業を担うリーダーの育て方をきいてみた。

 「やはり、企業にあっても多様性は重要な鍵になると思います。積極的に海外の人材を登用することで職場の雰囲気や企業文化に変化が起こってきますから。」

 異文化に触れること、育った環境、発想や視点の異なる人と同じ職場で交流することで、社会人としての幅が広がり、コミュニケーションスキルや感性が磨かれるのだろう。

「リスクをとらないことがリスクでもある時代、ビジネスマンの危機に対する意識変革も大切です。あえてリスクテイクする能力を開発していくには、人事制度を減点ではなく、加点方式に変えることが必要でしょう。あるいは、適切なインセンティブの設定によって、マインドに変化をもたらすこともできると考えます。」

 最後のポイントである「問題設定能力」については、すでにいくつかの企業から相談を受けているという。ISAKの教育プログラムには、未知の可能性と汎用性が潜んでいる。

日本人だからこそ新しいリーダーに

 ここで一度、原点に返って問いたい。はたして、いまの日本は本当にリーダー不在なのか。日本人の良さとは何か。そして、この先の国際化時代に日本人は適用できるのだろうか。二度の海外留学、また外資系企業での勤務経験豊富な小林からみた「日本人」とは?

「言葉の壁がなければ、日本人ほど世界で活躍できる人種はいないと思います。まさにいま、そしてこれからの時代に求められるのが日本人の調整力とソフトパワーではないでしょうか。」

 ときにネガティブに評価される、本音と建前文化こそ日本人の感性を磨き、他者へ共感する能力を自然に発達させてきたと小林は語る。日本特有の婉曲表現こそ、言語依存しない、行間を読む才能を日本人に与えたという解釈だ。

「アジアはまさにダイバーシティの宝庫。大陸でありながら、島国なんですね。つまり欧米と比べて、言語も文化も混沌としている。それぞれの背景を持った人種が、お互いの文化を理解しながら物事を進めていくときに、日本人の察する力、共感力と調整力が活きてくると思うんです。」

 海外へ出れば出るほど、自分のなかの日本人らしさを再確認するという小林。

 そのありのままの姿、生き方こそが新しいリーダーの在り方を示しているのではないか。己の強みや個性を人生の早い段階で発見し、伸ばした。互いを信頼し、助け合える仲間を作って絆を深めてきた。自らと自らの運命を信じフロンティアを拓いていく小林の足跡が、次の世代への道しるべとなるはずだ。

※国際バカロレアとは 

 インターナショナルスクールの卒業生に、国際的に認められる大学入学資格を与え、大学進学へのルートを確保するとともに、学生の柔軟な知性の育成と,国際理解教育の促進に資することを目的として1968年に国際バカロレア機構が発足した。

 国際バカロレア機構は、スイスのジュネーブに本部を置き、認定校に対する共通カリキュラムの作成や国際バカロレア試験の実施及び国際バカロレア資格の授与などを行っている。(文部科学省ウェブサイトより)

Profile
小林 りん(こばやし・りん)

公益財団法人インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢設立準備財団代表理事

1974年東京生まれ。当時の日本教育に疑問を抱き高校中退後、奨学金をえてカナダへ単身留学。全寮制インターナショナルスクールを卒業。東京大学へ進み開発経済学を専攻。卒業後にモルガンスタンレー投資銀行部、国際協力銀行を経て、国連児童基金(UNICEF)のプログラムオフィサーとしてフィリピンに駐在、ストリートチルドレンの非公式教育に携わる。2007年に発起人代表の谷家衛氏と出会い、学校設立をライフワークとすることを決意、2008年8月に帰国。1993年国際バカロレアディプロマ資格取得、1998年東大経済学部卒、2005年スタンフォード大教育学部修士課程修了。

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