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【緑の地平vol.42】 三橋規宏 千葉商科大学名誉教授

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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脱・核燃料サイクルへ舵を切れ

脱・核燃料サイクルへ舵を切れ

廃炉が決まった高速増殖炉、もんじゅ

(企業家倶楽部2018年8月号掲載)

「もんじゅ」の解体作業7月から本格化

 日本原子力研究開発機構の高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)の解体へ向けた作業が7月から本格化する。原子力規制委員会が3月下旬、廃炉計画を認めたためだ。作業工程は2047年度末までの約30年間。まず5年かけて原子炉の中にある核燃料を取り出す。その後炉心に残る冷却材のナトリウムを取り除く作業などに着手する。

 高速増殖炉の廃炉は世界的にもほとんど例がない。高速増殖炉は技術上の困難さからドイツは91年に、英国は94年に撤退し、フランスも98年に実証炉を閉鎖した。米国はもともと基礎研究にとどめ、実証炉には取り組んでいない。日本が突出していたわけだが、ついに刀折れ矢尽きてギブアップ、未経験の解体作業に手探り状態で取り組む羽目になった。

 特にナトリウムは水や空気と激しく反応するため、火災になっても水をかけられないなど多くの問題を抱えており慎重な監理が必要だ。危険物質のナトリウムの取り出し作業を含め、この分野で先進技術を持つフランスなどからの協力・支援も必要で、一筋縄ではいかない。

 文部科学省は解体費用を約3750億円と見込んでいるが、会計検査院は5月11日、廃炉費用には人件費や固定資産税が含まれていないと指摘、さらに費用が増加する可能性を示唆した。未経験の作業のため、予期せぬ難問や突発事故の恐れも想定され、実際にはその何倍もの費用がかかることも視野に入れておくべきだと指摘する専門家もいる。未経験で危険で手間のかかる壮大な解体作業の第一歩がこれから始まるわけだ。

 高速増殖炉「もんじゅ」は「夢の原子炉」として、戦後日本の原子力エネルギー政策を象徴する存在だった。ウランに高速中性子を当てると、中性子を吸収してプルトニウムに変化し増殖するため、発電に使ったプルトニウムよりも多くのプルトニウムが生産できる。

 高速増殖炉の燃料は、使用済核燃料を再処理して取り出したプルトニウムにウランを混ぜたMOX燃料を使う。MOX燃料は青森県六ケ所村の再処理工場でつくる。一度使った使用済核燃料を何度も利用できるので、オイルショックを経験した日本にとってはまさに「夢の技術」だった。「核燃料サイクル」が完成し、実用化されればエネルギー資源の乏しい日本に大きな貢献が期待できる。

 高速炉の建設計画は1960年代から始まった。実際の建設工事は85年に始まり、91年に完成した。発電出力は28万kWで、94年にようやく稼働にこぎつけた。95年8月から発電を開始したが、同年12月に冷却用ナトリウムが漏れる事故で運転を停止した。それ以降、点検漏れなど安全上の不祥事が相次ぎ、十分な成果を挙げないまま16年12月に廃炉が決まった。これまでに建設と維持費に約1兆円超が投入されてきた。

六ヶ所村の再処理施設も進退窮まる

 もうひとつの核燃料サイクル計画、青森県六ヶ所村の再処理施設も進退極まる状況に追い込まれている。再処理工場を運営する日本原燃は昨年12月下旬、18年度上半期としていた施設の完成を3年延長し、21年度上半期にすることを明らかにした。施設の老朽化で建屋に雨水が流入する事故、ウラン濃縮工場で排気ダクトの腐食など杜撰な運営・監理が問題になり原子力規制委員会が稼働に向けた審査を中断したことなどが響いた。93年に着工し97年に完成予定だったが、毎年のように完成が延期され、今日に至っている。2兆円超の巨費が投じられながら20年以上も稼働しない異常な状態が続いている。

 将来工場が稼働しても核兵器に転用可能なプルトニウムが増え続けることになる。日本は現在原子爆弾約6千発に相当する約47トンのプルトニウムを保有している。これ以上増え続ければ国際社会の疑惑を招きかねない。「もんじゅ」廃炉と並んで再処理工場も完全に行き詰まっている。

 原子力政策に逆風が吹く中で、経済産業省は5月16日、国の新たなエネルギー基本計画の素案をまとめた。わが国のエネルギー政策の指針となる「エネルギー基本計画」はエネルギー政策基本法(02年公布)で3年ごとに見直しすることが定められている。14年に決定した現計画は旧民主党政権が掲げた「脱原発」を転換し、原発を安く安定供給できる「ベースロード電源」として位置づけている。

 世耕弘成経産相は見直し着手の最初の会議(昨年8月)で、「基本的には現計画の骨格は変えない」と釘を刺した。世耕発言を裏付けるように、16日に示されたエネルギー基本計画素案は、14年に定めた現計画をほぼ追認する新味のない内容だった。素案は30年の電源に占める比率を原子力発電は20~22%、再生可能エネルギーは22~24%にする現計画の目標を維持した。焦点の原発については、停止している設備の再稼働は着実に推進する、原発輸出も積極的に進める、核燃料サイクル政策を維持するなど現計画と同じ内容となっている。素案は改定エネルギー基本計画(第5次)として若干の修正を加え、今夏の閣議決定を目指す。

原子力政策はすでに砂上の楼閣

 だが前回の14年以降今日までの4年間、原発をめぐる内外環境は激変している。まず核燃料サイクルの破綻が明らかになったことはすでに指摘した。

 第2に30年の原発比率(20~22%)を達成するには30基程度の再稼働が必要だ。これまでの再稼働済の原発は8基に過ぎない。近い将来南海トラフ巨大地震などの発生が懸念される日本では、国民の反原発意識が盛り上がっており、30基の再稼働を進めることはとても現実的には不可能だ。

 第3は基本計画が掲げる原発輸出も赤信号が点滅している。例えば日本とトルコ両政府が推進するトルコ原発計画だ。同計画では黒海沿岸に原発4基を新設する予定だ。この計画に伊藤忠商事は原子炉の入るプラントのコンサルや導入する設備、それに必要な資金調達のサポートなどで参加する計画だった。しかし安全対策費などで事業費が膨らむことが判明し、同社は今年に入り同計画から撤退する方針を固めた。

 一方、日立製作所が英国で進める原発の新設計画も膨らむ事業費の資金調達が難航しており、英政府の支援が得られなければ撤退する方針だ。「国内がダメなら輸出があるさ」と官民一体で取り組んできた原発輸出も暗雲が立ちこめている。

 政府が新エネルギー基本計画に盛り込み、今夏に閣議決定する予定の原子力エネルギー政策は、核燃料サイクルもダメ、国内再稼働もダメ、輸出もダメという三重苦の中ですでに砂上の楼閣化している。

 この際、政府は過去の原子力エネルギー政策へのこだわりを捨て、脱・核燃料サイクル、脱原発、再生可能エネルギー、水素エネルギーの積極的活用へ向け大きくエネルギー政策の舵を切り換える勇気を持つべきだ。

プロフィール 

三橋規宏 (みつはし ただひろ)

経済・環境ジャーナリスト、千葉商科大学名誉教授。1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門25 版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第4 版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

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