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【地球再発見】vol.11 日本経済新聞社客員 和田昌親

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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いきなり電気自動車は困る

(企業家倶楽部2017年12月号掲載)

「いきなりステーキ」が巷の話題になっているが、最近怒涛のように押し寄せる企業ニュースは「いきなり電気自動車」の様相である。英仏政府なども「もうガソリン車、ディーゼル車は製造・販売しない」と宣言する有様だ。

 何が「いきなり」か。細かく説明するまでもない。環境対応車のうち、とりわけ電気自動車(EV)については技術的限界説、時期尚早説といった負の情報が伝わっていたのに、一転近いうちに「EV時代がくる」といった雰囲気が広がってきた。EVはたかだか10年前に登場した車だから、消費者にとっては「いきなり」だ。

 欧米勢で口火を切ったのはスウェーデンのボルボだ。17年7月、2019年にはガソリン・ディーゼル車の製造を中止すると「いきなり」発表した。それを契機にフランス政府が2040年には同種の車の販売中止、英国政府もほぼ同じ方針を明らかにした。そして大気汚染が深刻化する中国政府もEVシフトを本格化しようとしている。

 英仏とは少し異なるが、ドイツ勢のダイムラー、フォルクスワーゲン、BMWもディーゼル車の改良と並んで、EVの新車種の大量投入を考えている。さらにトヨタ、ホンダ、日産、マツダなどの日本メーカーもHV(ハイブリッド)、PHV(プラグイン・ハイブリッド)を含めた「EV化」を進めざるを得なくなった。

 神奈川県のボルボのディーラーに聞いてみた。「ボルボは2年後にガソリン・ディーゼル車の製造を中止するらしい。これまで購入した人たちはどうすればいい?」。

 その営業マンはボルボの方針転換を全く気に留める風はなく「部品交換もメンテナンスも従来通り」と答えた。販売済みのガソリン・ディーゼルのボルボ車はずっと面倒を見るということらしい。

 他のメーカーの説明も似たり寄ったりだろう。ただ、世界の自動車業界が17年以降「内燃機関(エンジン)」を持つ車から「電動車」へ大きく舵を切ったことは間違いない。

 それにしても急ぎ過ぎではないか。車の動力は長い歴史の中で、内燃機関からCO2を極力ださないEVやHV、PHVへ移行してきた。その流れは認めるにしても「EV化」がベストの選択なのか、まだわからない。

 その理由は「EV化」とは違う環境対応をしている車があるからだ。バイオエタノールを燃料とする車、ガソリンとバイオエタノールの混合燃料で走る車など、異質の方向をめざすブラジルのような国もある。これから水素を利用するFCV(燃料電池車)の技術も向上してくる。

 日本が世界の「EV化」の流れに乗れないでいる、との見方が一部にあるが、それは必ずしも当たらない。トヨタを筆頭に、日本メーカーはEV以外の多様な環境対応技術を備え、新機種の開発を続けている。

 “EVドミノ”の風潮にクギを刺したのがメルケル・ドイツ首相だ。17年9月半ばにフランクフルト国際自動車ショーを視察した首相はドイツ車について「現在主力のディーゼル車の改良とEVへの投資を同時に進める二正面作戦が必要」と述べた。首相はエコディーゼル車などはまだ数十年にわたって開発が続くとみている。
 
 17年の世界のEV販売台数見通しはまだ50万台程度で、中国、欧米が中心だ。これが35年に630万台と爆発的に膨らむとの予測もある。その一方で、30年になっても世界で走る車の9割近くはガソリン・ディーゼルとの反論もある。

 EVに限れば、日本では急速に広がる可能性は低い。ガソリンスタンドを充電スタンドに変える動きはないし、充電時間の短縮化も疑問である。もし石油価格が劇的に下がったら、今度はEV離れかもしれない。

 将来、EV用の電気需要をまかなうため化石燃料の火力発電所が引っ張りだこ!?ーなんてことになれば笑い話にもならない。

Profile 和田昌親(わだ・まさみ)

東京外国語大学卒、日本経済新聞社入社、サンパウロ、ニューヨーク駐在など国際報道を主に担当、常務取締役を務める。

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