会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2019年8月号掲載)
2020年以降、稼働中の原発9基が順次運転停止へ
原子力規制委員会は4月下旬、テロ対策施設の建設が設置期限に間に合わない場合は原発の運転停止を求める方針を決めた。現状だと関西、四国、九州の3電力の5原発9基は期限を迎える2020年以降に順次運転停止に追い込まれることになりそうだ。
このニュースを聞いて「なぜ突然テロと原発の関係が取りざたされるのか」と首を傾げる向きもおられるかも知れない。実は11年3月に東京電力福島第一原発が大津波で破壊され、放射性物質が周辺地域に拡散した。放射能汚染から逃れるため多くの人が終の住処を追われた。この大事故の後、原発がテロに襲われ、同様の大事故が発生した場合どうすべきかをめぐって、政府、専門家の間でかなりホットな議論が展開された。特に、01年9月にアメリカで同時多発テロが発生したことなどを念頭に置き、大型航空機が衝突しても原子炉を遠隔操作で冷却できるテロ対策用の施設の必要性が国際的にも強調された。
テロ対策施設は「特定重大事故対処施設」と定義され、事故発生後にできた新規制基準で電力会社に設置が義務づけられた。監督官庁の規制委員会は原子炉規制法に基づき期限までに設置できなければ原発の安全のために運転停止を命ずることができる。
テロ対策施設は原子炉建屋から100メートル以上離れた場所に設置し、制御室や発電機、原子炉を冷やす水を送るポンプなどを備えることが義務づけられている。1基で建設費や設備費などを含め500億~1200億円と巨額になるため、電力会社の経営にかなりの負担になる。
工事計画認定後5年以内の設置が条件
設置期限については当初、新基準ができた13年に稼働後一律5年以内に造ることが決められていた。しかし原発稼働の審査に時間がかかったため、15年に工事計画の認可後5年以内に設置することが新たに義務づけられた。
ところがここにきてすでに稼働している9基の原発すべてが期限内の設置が難しいことが明らかになり、電力各社は規制委に期限延長を求めていた。これに対し規制委は「工事が大掛かりになるのは設計段階から分かっており、延長の理由にならない」と突っぱねた。
規制委が厳しい姿勢を打ち出した背景には、原子力安全・保安院の二の舞を避けたいとの強い思いがある。保安院は原子力などの安全および産業保安の確保を図るための機関で、経産省の外局である資源エネルギー庁の特別機関として存在した。原発推進役の資源エネルギー庁内に、原発規制を強化・推進する保安院が存在するのは不自然だ。保安院は実際には原発追認のアリバイ役を果たす役割を担ってきた。その矛盾が福島原発事故で明らかになった。事故の原因、対処の方法など保安院がリーダーシップを発揮しなければならなかったが、ほとんど何もできなかった。
この反省から、原発事故発生の翌年12年9月に保安院は廃止され、環境省の外局である原子力規制委員会に移行した。規制官庁の環境省に移ったことで、もはや推進派の経産省に遠慮する必要がなくなった。
電力各社が一斉に期限延期を申請したのは、明らかに企業の甘えとしか言えまい。原発再稼働の認可を受けてほっとしてしまい、テロ対策施設設の優先度が低下してしまったのだろう。さらに加えていえば延長を申請すれば旧保安院のように規制委が認めてくれるのではないかという読みがあったのも事実だ。とんでもない認識不足と言わざるを得ない。発生の確率は低いにしても一度起これば大惨事になることは福島原発事故からも明らかだ。できるだけ早く、二重、三重の安全対策を実施することが稼働の条件といえよう。
電力会社のモラルハザードを助長させてはいけない
再稼働に同意した地元の自治体や住民の信頼を損なわないためにも各社はテロ対策の重要性を認識し、施設の早期完成に取り組むべきだった。だがそれを一日延ばしで今日に至っているのは残念だ。
稼働停止第一号になるのは九州電力の川内原発1号機(鹿児島県)で設置期限は20年3月。次いで2号機は同年5月に設置期限を迎える。
さらに同年8月から10月にかけては関電の高浜3、4号機、21年3月には四国電力の伊方3号機と続き、22年9月の九電玄海4号機まで、現在稼働中の9原発すべてが停止になる見通しだ。このうち、佐賀県にある玄海原発3号機は表では「精査中」となっているが、最近になって九電が施設の工事計画を規制委に提出し、期限までに完成させたいとの意向を伝えたようだ。
現在稼働中の原発が停止し、稼働予定の原発も稼働できない状態が起これば当然、政府のエネルギー政策にも大きな影響を与える。例えば日本のエネルギー政策で定める「30年に20~22%」とする国の原発比率(電力発電に占める割合)の達成は難しくなる。電気料金の値上げも避けられなくなるかもしれない。しかし、だからといって延長を認めることは許されるべきではない。電力会社のモラルハザード(倫理観の欠如)を助長するだけである。
九州を自然エネルギー100%の島として世界に発信したら‥‥
日照条件のいい九州は太陽光発電の設置が進み、風力発電などを含め、再生可能エネルギーだけで九電管内の必要な電力を賄える発電量を備えている。
昨年10月以降、九電は土日、休日などに電力供給が需要を上回った際、太陽光発電の出力を抑制したが、再エネを重視する立場から言えば、現在稼働中の原発4基の一部を稼働停止する方法もあったはずだ。だが、原発重視の立場から停止を見送った。
20年以降、テロ対策施設の建設が遅れ、原発が稼働停止に追い込まれるようなら、再エネだけで電力の安定供給ができるかどうか実験してみたらどうか。新しい地平が開けてくるかもしれない。
再エネだけで電力を供給する場合は、既存の送電網を補強するため新たな送電網の敷設が必要になる。敷設には時間もかかるし、数兆円の建設費用がかかる。将来、火力発電や原発に代って再エネが基幹電源としての役割を果たすためには思い切って新しい送電網の敷設に踏み込むチャンスとすべきではないか。
新しい送電網が一部でも敷設できれば、九電管内で発電した再エネ電力を本州各地に送電することが可能になる。
規制委の「設置が間に合わなければ原発停止」を好機と受け止め、九州を自然エネルギー100%の島として世界に発信できるような夢に向かって挑んでもらいたい。
プロフィール
三橋規宏 (みつはし ただひろ)
経済・環境ジャーナリスト、千葉商科大学名誉教授。1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門25 版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第4 版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。