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【緑の地平vol.51】 三橋規宏 千葉商科大学名誉教授

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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地球温暖化対策で急浮上した「植物肉」、魅力的なネーミングが普及の条件

地球温暖化対策で急浮上した「植物肉」、魅力的なネーミングが普及の条件

植物肉を使用したハンバーガー

(企業家倶楽部2020年1/2月合併号掲載)

ウシなどの動物のおならやゲップが大量のメタンガスを排出

 地球温暖化に起因する気候変動の凶暴化は目に余るものがある。猛暑、干ばつ、山火事、大型化し荒々しさを増す台風、集中豪雨、それに伴う洪水、土砂崩れなどの自然災害が日常化し世界中の人々の生活を圧迫し苦しめている。

 この温暖化が引き金になってアメリカでは牛肉などの動物肉に代って、豆類などの植物性タンパク質などを使い、味や食感、見た目を本物の肉に似せた食品(植物肉)を開発、製造、販売する企業が登場してきた。

 温暖化と植物肉を結びつけるカギがメタンガスだ。人為起源の温室効果ガスの総排出量(世界全体)に占めるガス別排出量は、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)などの調べによると、1位が二酸化炭素(CO2)の76%、2位がメタンガスの16%、3位が一酸化二窒素の6.2%などとなっている。この比較が示しているように、温室効果ガスの9割以上をCO2とメタンで占めていることが分かる。

 メタンガスの主要な排出源の一つが、驚くことにウシやヒツジ、ヤギ、ラクダなどの反芻動物がおならやゲップとして排出するメタンガスなのである。世界のメタンガス排出量全体の約37%が動物由来だと専門家は推定している。

 この推定から計算すると、動物が排出する温室効果ガスは世界の約6%(=16%×0.37)を占めることになる。ちなみに日本が排出する温室効果ガスは世界の約5%なので、日本の排出量を上回っている。しかもメタンガスはCO2の約25倍の温室効果がある。 今世紀に入り、中国を始め東南アジア諸国のめざましい経済発展によって、この地域の食生活の高度化が急速に進み牛肉や豚肉、鶏肉などの需要が大きく膨らんでいる。これらの需要に応えるためには牧場や家畜飼料向けの農地の拡大が急務になる。

 この数十年、アマゾンの熱帯雨林帯が過剰伐採され、次々とハンバーガー用の肉牛牧場に転換されていることは周知の事実だ。動物肉への需要が拡大する限り、このような動きは他の地域にも波及し森林の伐採に拍車がかかる心配がある。

 肉需要の拡大は家畜用食料(飼料)の増産を誘発し、そのための農地の確保が必要になる。農林水産省の資料によると、世界の食用作物41品目(穀物、豆類、芋、果実、野菜など)をカロリーベースで分類すると、約55%が人間の食用、36%が家畜の飼料、残りの9%が工業用、バイオ燃料となっている。家畜の飼料が大きな比重を占めていることが分かる。日本はトウモロコシや大豆などの家畜飼料の大半を海外から輸入している。

今世紀は深刻な水不足で戦争勃発の可能性も

 さらに今後懸念されるのが深刻な水不足である。地球上に存在する水は約14億km3だが、そのうち97.5%が海水、残る2.5%が淡水だ。淡水の中でも利用可能な水は10万km3に過ぎない。しかも淡水は世界的に偏在している。世界人口の増加、農業、工業の急速な発展、水洗トイレなど生活水準の向上などを背景に水需要に供給が追いつけず、世界各地ですでに深刻な水不足が起こっている。「今世紀は水資源の獲得をめぐって戦争が発生する可能性が高い」と国連の専門家は警告している。

 動物肉を得るためには、飼料用の穀物を育てるための水に加えて、ウシやブタなどの家畜を育てるためにも大量の水が必要になる。

 国連の調査によると、肉生産に当たっては穀物生産と比べ約10倍の水を必要とする。国連の「世界水発展報告書~人類のための水、生命のための水概要~」によると、穀物1kgの生産に必要な水は1.5m3、これに対し牛肉1kgの生産に必要な水は15m3に達する。植物よりも肉を食べる方が水の使用量は大きく膨らむことが分かる。
 
 世界の食料需要は世界人口の増加、食生活の高度化などを背景に2005年比で50年には60%~120%まで増えるとの指摘もある。 家畜飼料を含む世界の食料需要の拡大が森林の過剰伐採、温室効果ガスの大量排出、水不足の深刻化など地球環境を一段と悪化させることは明らかだ。

植物肉の開発、製造、販売に新たなビジネスチャンス

 この数年急速に広がってきた植物肉の開発、製造、販売の新たな動きは、環境側面の改善に貢献するほかに、コレステロールやカロリーの低い健康食志向の面からも歓迎されている。

 この分野の二大パイオニア企業はアメリカの米ビヨンド・ミートと米インポッシブル・フーズである。両社は米大手バーガーチェーンなど様々な外食企業と提携し消費者に植物肉を提供している。来店客にも「見た目も味も動物肉と見分けがつかない」と好評なようだ。中国でもアメリカを追いかけるように、ハンバーガーや中華料理で使う本物の肉の代替肉として取り組む事業者が急増している。日本でも食品や外食企業の中から同様な取り組みが始まっている。

 しかし新製品だけに課題もある。価格がまだ動物肉と比べ割高なこと。さらに製造段階で原料にココナッツオイルを使用していること。ココナッツオイルは植物性オイルでは珍しく飽和脂肪酸を多く含むため、消化吸収が遅く、過剰摂取すると血中のコレステロールを増加させ動脈硬化や脳卒中、心筋梗塞などの原因になるとの指摘もある。新製品だけに克服しなければならない様々な課題があるが広い視野でみれば、環境に優しく健康食としても優れていることは明らかだ。

 インポッシブル・フーズの試算によると、ハンバーガーに使う牛ひき肉が植物にすべて切り替われば、土地利用率は96%、水の使用量は87%、温室効果ガスは89%それぞれ削減できるとしている。

 一方、急浮上してきた植物肉については、米国の既存の食肉業界が危機感を深めており、業界をあげて「ミート(肉)」の名前を冠することに反対している。19年に入り米国の30州で「動物肉でない食品にミートの名前を冠することを禁止する法案」が議会に提出されており、すでにオクラホマなど数州では法案が議会を通過したという。

「ゴッドフード」など魅力的なネーミングが欲しいね

 植物肉はまだ発展途上の食品だ。解決すべき課題もあるが、温暖化対策、農地の有効活用、水不足対策など様々な地球環境問題の解決に大きな貢献が見込まれる理想の食品に育つ可能性が大きい。それだけに植物肉を動物肉の代替品という二流のイメージで表示するのは好ましくない。様々な環境問題の解決に貢献し健康にも優しい「21世紀の食品」にふさわしいネーミングを定着させたい。例えば、「ゴッドフード」(神様の食品)、「ミレニアフード」(今世紀の理想の食品)などミートとは無関係の明るく、魅力的な名前を冠して堂々とその普及に取り組んでもらいたい。

プロフィール 

三橋規宏 (みつはし ただひろ)

経済・環境ジャーナリスト、千葉商科大学名誉教授。1964 年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010 年4月から同大学大学院客員教授。名誉教授。専門は環境経済学、環境経営論。主な著書に「ローカーボングロウス」(編著、海象社)、「ゼミナール日本経済入門25 版」(日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「環境経済入門第4 版」(日経文庫)など多数。中央環境審議会臨時委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など兼任。

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