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【私の危機突破】テラモーターズ社長 徳重徹

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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アジアの電動バイク市場を制す

アジアの電動バイク市場を制す

テラモーターズの電動バイク「A4000i」

(企業家倶楽部2016年4月号掲載)

決意固め売上げ10倍に

問 御社は電動バイクの開発、製造、販売を手がけ、東南アジアにも積極的に進出されていますね。近況を教えて下さい。

徳重 2010年に創業してから3年間、売上げはずっと3億円止まりでした。ベンチャー企業は創業時の爆発的な熱気で動いている部分もありますから、業績が停滞すると社員の士気が下がり、退職者も出てきます。弊社も例に漏れずそうした事態に陥り、最悪な状態で5年目を迎えました。株主、社員とその家族にも示しがつかないと思い、「今年は何が何でも売上げを伸ばす」と決意。2015年3月の決算で売上げを30億円まで引き上げることができました。

10万台のプロジェクトが消し飛ぶ

問 1年間で売上げを10倍にするのは並大抵のことではありません。どのような経緯があったのでしょうか。

徳重 創業から現在まで、二つの大きな危機がありました。

 一つ目は、フィリピン政府が主導したアジア開発銀行による電動三輪タクシー事業への入札。これは10万台の三輪バイクを電動製品に置き換えるという大型プロジェクトでした。応募した29社の中から上位3社に弊社が選ばれ、それを担保に10億円もの資金を調達。そこへ何の前触れもなく「プロジェクトを取り止める」という知らせが入ったのです。

 キャンセルの理由は「電動バイクの導入費用が割に合わない」と政府が考え直したとのことでしたが、早い話、詳細がきちんと詰められていなかったのです。量産体制には入っていなかったものの、すでに製造パートナーや部品調達先などを決定すべく動いていましたし、最初に製品の原型(プロトタイプ)を作るのにもお金はかかります。私たちメーカー側に何の不備も無かったにも関わらずプロジェクト自体が消し飛んだわけですから、酷い話です。しかし、文句を言っても仕方がない。当時は「天災だった」と気持ちを切り替えるしかありませんでした。

 二つ目は、新興国が望む商品に対する認識の甘さを思い知ったことです。私たちの商品にA4000iという電動バイクがあります。私たちは「グローバル展開に値する格好良いバイクが完成した」と喜び、意気揚々と新興国へ持って行きました。しかし、現地の人から返ってきたのは「高すぎて売れない」という厳しい言葉でした。物好きが買うだけの市場では大きくなり得ません。特に新興国は価格にシビアですので、格好良さやブランドだけでは買ってもらえない。誰もが日常的に使うような商品にしなければならないということに気付かされました。

25%の価格で半分のクオリティ

問 販売戦略の間違いに気付かれたということですが、どのように考えを改めたのでしょうか。

徳重 新興国では、最初に開発費を安く抑えられるプロトタイプを販売し、それから2回、3回と改良を重ねるようにしました。つまり、顧客声を聞き、「売れる」商品に変えていったのです。

 例えば、フィリピン政府のプロジェクトのために製作した電動三輪自動車は、当初価格が80万円でした。その後、価格を40万円まで下げつつ格好良さは維持した、日本人なら買ってもおかしくない製品に改良しました。しかし、この状態ではフィリピンで暮らす人々には売れない。政府からも「値段は40万円のさらに半分」と言われました。これに従い、最終的には価格を20万円に抑えることとなったのです。

 このプロセスはまさに、『リバース・イノベーション』(ダイヤモンド社)という本に掲載されている通りです。すなわち、「新興国で売るためには、25%の価格で半分のクオリティのものを作れ」。「なんだ、クオリティは半分で良いのか」と安心しないで下さい。重要なのは値段を当初の4分の1にせねばならないということ。それほどのインパクトが無ければ、新興国でモノは売れないのです。

 現在40代半ばで私と同年代の雷軍(レイジュン)という中国の企業家がいます。小米科技(シャオミ)を創業し、たった5年で中国トップのスマホメーカーにした彼のことが紹介されている著書『中国のスティーブ・ジョブズと呼ばれる男』(東洋経済新報社)も、販売方法を考える上で参考にしました。中でも「風が吹けば豚でも飛べる」という言葉が印象的で、これはつまり「マーケットがあれば凡庸な経営者でも事業に成功できるが、ニーズが無ければ素晴らしい経営者でも失敗する」ということです。実際、事業が軌道に乗り始めた時に私は「風が吹く場所を見つけた」という心地がしました。

 普通の人でも波に乗れば起業はできます。しかし、本当に事業を軌道に乗せるには市場選びこそ全てというのが今の実感です。

問 価格を圧倒的に下げる中で御社独自の差別化が失われるようなことは無かったのでしょうか。海外の競合他社に負けない秘訣は何ですか。

徳重 確かに、価格を20万円に抑えたため、ありきたりな見た目に仕上がり、輸入した中国製品を販売する地元企業との差別化が問題となりました。そこで、新興国が鉛電池を使うところ、私たちは日本のエンジニアのノウハウを取り入れた、大差ない価格で倍の寿命を誇る電池を採用したのです。

 また、新興国よりも日本が優位な点は、事業で成功する要素を挙げて、5点満点で各項目を評価すると明らかです。例えば、「販売力、品質、価格の安さ、営業力、資金力、人材力、サービス」などと並べてみましょう。これが一項目でも3点未満だと、市場では売れない。日本製品はほぼ全てで5点を獲得できるのですが、価格の安さが1点や2点のため相手にされません。しかし、私たちの製品は価格が3点で及第点をクリアしている。かつ、他の項目では5点を取れますから、どの企業にも負けません。

 他社は価格の安さが5点でも、それ以外の点数が低いですからね。ただ商品を作り、事業を起こすことは新興国の企業にもできますが、継続性や徹底力などはなかなか真似できません。そこに日本の強みがある。価格の問題さえクリアできれば、先進国における私たちのシェアは必ず増えるのです。

事業成功のキーワードは「本気」

問 御社では以前から、若い社員を海外へ送って現地の様子を調査されていましたね。マーケティングで何か変えた点はありますか。

徳重 従来は社員や自分に対して、単純に「これで売れるか」と問うだけでした。しかし今は「本気で売れるか」と質問しています。この「本気」が入るだけで、より突っ込んだ調査をし、より現場にも行き、より事業をリアルに考えるようになります。そして、本気度を感じると地元の人も積極的に動いてくれるのです。売れる商品を作る時には「本気で」という言葉が大切です。

問 その他、製品開発で大切なことはありますか。

徳重 自分自身が現場に足を運び、現地の状態を把握することです。直接聞いた話と又聞きには雲泥の差があります。自ら現地のお客様や販売店の意見を聞いて初めて、価格設定などの感覚を持つことが出来るのです。

問 海外へ視察に行く頻度はどれくらいですか。

徳重 ここ3年間、月の1週間は東京で、3週間はアジアのどこかにいる生活です。その3週間でベトナムのホーチミン、インドのデリーやコルカタなど、5~6カ所に足を伸ばします。合計で延べ200回くらいは行きました。

問 様々な国で事業を成功させてきた理由を教えて下さい。

徳重 やはり日本ブランドが確立しているのは大きいでしょう。現地の方は「日本の会社」というだけで信頼し、パートナーになってくれます。ベンチャー企業にもかかわらず創業当初から世界市場を目指したり、製造業に挑んだり、バングラデシュ、インド、ベトナムで3カ国同時に事業を立ち上げたりといった無茶をやり遂げられたのは、各国に良いパートナーがいたからです。

問 そうした日本ならではの強みがあるにも関わらず、大手企業が新興国で電気自動車(EV)関連事業を進めないのはなぜでしょうか。

徳重 イノベーションのジレンマです。これは、大企業が新興市場への参入が遅れる傾向にあり、いつの間にかベンチャー企業に立場を逆転される現象を言います。

 電動バイクはまさにこの代表例。バイク大手のヤマハやホンダは、エンジン技術は持っていても電池の技術には長けていない。つまり、彼らの強みが活かせない市場という特徴があります。

 確かに、新興国で新規事業を行うのは大変ですが、「本当にこの市場で勝って売上げをあげたい!」という強い気持ちがあれば、大手も成功するはずです。

短所を長所に転じる

問 御社が販売されている現地の方は、電動バイクをどのように使っているのでしょうか。

徳重 例えばインドでは、地下鉄の駅と市場の間をピストン輸送するタクシーとして利用されています。この国ではEV事業が盛んですが、長距離を移動するタクシー事業を営むとなると車体価格、維持費、収入の面でガソリン自動車の方が上。しかし、駅から町の中心までならば走行距離にして1~2km程度ですし、お客によってそれが変わることもありませんので、電池残量の心配をせずに済みます。万が一、充電が持たなかったとしても、1kmならばバイクを押して帰ればいい。元々このマーケットは自転車の領域でしたが、当然電動バイクの方が速くて楽ですから、移行が起こったのです。

問 バイク王国と言えば、ベトナムが有名ですよね。

徳重 はい。電動バイクの需要が高いベトナムでも、興味深い使われ方をしています。この国では従来、親がガソリンバイクの後ろに子供を乗せ、学校の送り迎えするのが日常の光景でした。ただ、親としては正直面倒なところ。そこで、低価格の電動バイクを子どもに買い与えたのです。

 バイクは免許を必要としないため、学生でも気軽に乗れます。すると、親が学校に送る手間が省けるだけではなく、電動ゆえの低スピードは子どもの安全に、短い走行距離は子どもの行動範囲を制限することに繋がりました。これまで電動バイクの弱みとされてきた部分がそのまま長所に転じて、現在爆発的に売れています。

バングラデシュにはEVの充電設備が充実

問 デメリットがメリットに転じているというのは面白いですね。しかし、充電設備の不足はEVの市場規模を拡大する上で避けては通れない壁ではないでしょうか。

徳重 需要があれば、充電設備は勝手にできます。例えば、バングラデシュはアジア最貧国で、電気も足りていません。日本の倍の雨が降るため洪水も多く、EVにとっては最悪の環境と言えるでしょう。それでも、50万台もの電動三輪自動車が普及していて、駐車場を兼ねた充電ステーションが1万2000カ所もあります。もちろん多くの日本人が想像するようなオシャレな施設ではなく、竹に充電器がぶら下がっているだけの簡素な作りです。しかし、政府が一切関与していなくても、駐車場代と充電代で儲けるビジネスが実際に生まれています。

 設備が足りないことが問題ではありません。着目すべきは、EVがまだ設備を作るほどの魅力に乏しいと思われていることでしょう。「EVは実需が無いから厳しい」と言われますが、世界を見れば可能性はあります。実質的な需要をいかに見つけるかが重要。これさえ見つけられれば、あとは市場に望まれる商品を、従来の25%以下の価格で売り出す努力をするのみです。

2年後に売上げ300億円

問 日本市場は考えていないのでしょうか。

徳重 今のところ市場規模は小さいですが、BIZUMOという150km走れる業務用の電動バイクを販売しています。この商品は、単にエコロジーということでCSRに繋がるだけでなく、10~20年後に到来するであろう「宅配の時代」に真価を発揮するでしょう。

 多少値段が高くとも近場のコンビニで買い物をする客層が伸びたように、高齢化社会の影響で外に買い物に出かけられない人が増えると、商品を直接家まで届けてくれる宅配サービスが一般的となる時代が来るはずです。そして、これをビジネスチャンスと捉えて事業化する会社が現れるでしょう。

 さて、バイクを買い、アルバイトを雇って配達を始める時になって、騒音問題対策で夜7時以降は配達できないという問題に直面します。しかし、サラリーマンが家に帰るのは夜の8~10時ですから、最も需要のあるボリュームゾーンを逃してしまうことになる。

 ここで電動バイクの出番です。エンジン音が静かなので、夜10時まで配達可能。昼間しか運用できないバイクと夜まで使えるバイクでは、設備投資として2倍の差が生じるというわけです。

問 なるほど。電動の強みを踏まえた戦略ですね。最後に、今後の抱負を語っていただければと思います。

徳重 これまでお話したように、新しいことに挑戦する上で最も考えるべきは実際に需要があるかどうかです。この「実需」さえあれば、ビジネスは決して難しくありません。今後もそれを肝に命じ、様々な気付きを与えてくれる現場主義を大事にしていきます。

 ようやく売上げも3億円から30億円へと伸びましたが、もちろんこれで終わりではありません。これから2年で、売上げをさらに10倍となる300億円の大台へ乗せたいと考えています。アジア各国におけるシェアを高めていけば、決して出来ない数字ではない。そのためにも引き続き、価格を25%に抑えた「本気で」売れるモノ作りに邁進する所存です。

Profile 徳重 徹(とくしげ・とおる)

1970年、山口県生まれ。94年、九州大学工学部卒。住友海上火災保険株式会社(現:三井住友海上火災保険株式会社)に入社し、商品企画等の仕事に従事。2000 年、サンダーバード国際経営大学院に留学し、MBAを取得した。シリコンバレーのインキュベーション企業の代表として IT・技術ベンチャーのハンズオン支援を実行。事業の立上げ、企業再生に実績を残す。10年、テラモーターズ株式会社を設立し、代表取締役社長に就任(現任)。経済産業省「新たな成長型企業の創出に向けた意見交換会」メンバー。一般社団法人日本輸入モーターサイクル協会電動バイク部会理事も務める。

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