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【ベンチャー三国志】Vol.24

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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世界一の携帯電話会社実現をめざして奮闘する孫正義

世界一の携帯電話会社実現をめざして奮闘する孫正義


(企業家倶楽部2014年4月号掲載)

孫正義は米4位の携帯電話会社、TモバイルUSの買収に乗り出した。しかし、米当局が「4社から3社になるのは消費者に好ましくない」と難色を示す。ソフトバンクはどう動くのか。インドなど他の携帯電話の買収に向かうのか。世界一の携帯電話会社を狙う孫正義の動きはダイナミックになっている。(文中敬称略)

【執筆陣】徳永卓三、三浦貴保、徳永健一、相澤英祐


 ソフトバンクは米携帯電話会社3位のスプリント社に続き、4位のTモバイルUSまで買収する姿勢を見せている。Tモバイルのユーザー数は3位のスプリント社より若干少ないが、2社を合わせると、1、2位とほぼ互角に戦える1億ユーザーに近くなる。

 本コラムはスプリント社買収に少し触れ、時間を2000年初頭に戻す予定だったが、孫正義はスプリント社買収後、休むまもなくTモバイルの買収に動いた。孫正義の動きから目が離せない。そこで予定を変更して、しばらく2014年初頭の孫正義の動きを追うことにしたい。

 ソフトバンクの米携帯電話会社4位のTモバイルUSの買収のニュースは2013年の年の瀬、12月25日に世界を駆けめぐった。同ニュースを報じた日本経済新聞によると、2014年春にもTモバイルUS株の大半を取得する、という。買収額は2兆円超。実現すれば、ソフトバンクグループの携帯事業の年間売上高は7兆円に達し、世界一のチャイナモバイルの9兆円超に次ぐ世界第2位に浮上する。

 TモバイルUSの親会社は欧州通信大手のドイツテレコムで、同社と買収交渉を進めることになる。さらに米政府の許可も得なければならないが、1位と2位が連合するのではなく、3位と4位が連合するので、独禁法上の問題はないとみられる。

 問題は2兆円超の買収資金を調達できるかだ。これまでは財務戦略のベテランである笠井和彦がいたが、2013年秋に死去したため、やや不安だ。ソフトバンクは米金融機関からの調達を進めているようだ。

Tモバイルが台風の目

 米国市場では1位のベライゾン・ワイヤレス、2位のAT&Tが契約者数がそれぞれ約1億1000万件で、3位のスプリント社は5500万件と劣勢に立っている。これにTモバイルの契約者数4300万件を加えると、9800万件となり、1位、2位とほぼ互角に戦える。

 Tモバイルの買収に成功すれば、有利子負債はさらに2兆円増え、9兆円に迫る。ここまで有利子負債が増えると、銀行も簡単にはつぶせない。銀行とソフトバンクは運命共同体になる。孫正義が巨額の借金をしてまでTモバイルの買収に意欲を燃やすのは何故か。

 やはり戦に勝つためには、敵と同等ないしはそれ以上の戦力で臨むという兵法にならっているからだ。「多勢に無勢」とか、「衆寡敵せず」という諺があるように、古来、武将たちは軍勢の多寡を競ってきた。

 天下を取った豊臣秀吉はこの物量作戦を得意としてきた。徳川家康と戦った小牧・長久手の戦では家康軍の2倍の軍勢を動員し、相手の士気を奪う作戦に出た。

 1584年、羽柴秀吉と徳川家康は小牧・長久手(愛知県)で激突した。秀吉軍7万、徳川軍(織田信雄軍を含む)3万5000で、数では秀吉軍が家康軍を圧倒した。実際の戦いでは徳川軍が優勢だったが、秀吉は織田信雄と講和条約を結び、政治的に徳川軍を抑えた。孫正義も2002年のADSL事業に進出した時、物量作戦を取った。

 当時、イーアクセスやフリービットなどADSL専業者など数10社が進出していたが、ソフトバンクは半分の値段の月2000円台で参入、一挙に100万、200万ユーザー獲得に乗り出した。

 フリービットにはソフトバンク参入の記者発表の翌日から契約解除の電話が殺到した。社長の石田宏樹の髪の毛は半分が一週間で真っ白になった。イーアクセス社長の千本倖生も即日、ADSLサービスの月額料金を半分に引き下げた。「料金は孫さんが決めてくれた」と千本はソフトバンクの物量作戦の凄まじさを語った。

 孫正義は喧嘩上手である。孫子の兵法では、戦わずして勝つのが最上の戦という。「戦うのは下の下」と孫正義は言う。しかし、やむを得ず戦うときには徹底的に戦う。

 幼少年時代にこんなことがあった。1つ上の長男、正明と相撲を取った。少年にとって年の差が1つというのは致命的で、孫正義は兄から組み伏せられた。ところが正義は決して「参った」とは言わない。その目は殺気立ち、懸命に態勢を挽回しようと、執拗に下から攻撃している。父親の三憲はこのまま相撲を取らせておくと危険と感じ、2人を引き離した。

 孫正義は戦に真剣である、掛け声だけで「世界一の携帯電話会社になりたい」と言っているのではない。心の底からそう思い、全軍に号令をかけているのだ。その目は少年の時、父親に見せた殺気さえ感じる目と同じである。

 「世界一の携帯電話会社になる」と孫正義は宣言しているが、仮に運よく米国でナンバーワンになれたとしても世界一ではない。世界一は中国のチャイナモバイルが契約数4億人とはるか彼方にいる。チャイナモバイルを抜くには、更に高みに登らなければならない。

 では、どうやって追い抜くか。中国2位や3位の携帯会社を買収することが考えられるが、中国では情報関連の企業買収は難しい。そこで中国は諦めて、アジアのどこかの携帯会社を狙わなければならない。いまのところ、インドとインドネシアが有力だ。既にソフトバンクは両国の大手電話会社に触手を伸ばしている、という噂もある。

米当局は難色

 ここまで書いていたら、2014年2月4日の日本経済新聞夕刊に「米当局、携帯大手買収に難色」という2段の記事が載った。記事を詳しく紹介すると、「ロイター通信は3日、米連邦通信委員会(FCC)のウィラー委員長が同日、ソフトバンクの孫正義社長と会談し、同社子会社の米携帯電話3位スプリントによる同4位TモバイルUSの買収に難色を示した」という。

 どうやら、米当局は4社を3社に減らすことで消費者の利益につながると論証するのが難しい、と難色を示しているという。

 この米当局の態度に孫正義は戸惑ったことだろう。今のところ、米当局の態度は単なるジェスチャーか本心かはわからない。もし、難色が本心だとすると、孫正義の構想は大いに狂いを生じる。

 ソフトバンクグループの契約者数は日本国内4000万、米スプリントが5500万で計9966万と米の上位2社の各1億とほぼ互角に戦えるが、TモバイルUSの4300万を失うのは痛い。インド、インドネシアなどでのM&A作戦を急がなければならないだろう。

 孫正義は30数年前、日本ソフトバンクを設立する前にカリフォルニア大学バークレー校在学中にユニソンという会社をつくった。有名な自動翻訳機のモデルを製作、シャープに売り込み、創業資金にしたという逸話がある。

 そのまま、アメリカで事業を大きくする道もあったが、両親に「大学を卒業したら日本に帰る」という約束をして、渡米したいきさつがある。それに、孫正義がめざす会社組織はアメリカ人だけではうまく行かないような気がした。そこで、一旦帰国し、日本人による会社組織をつくることになった。

 帰国する飛行機からアメリカ大陸を見下しながら、孫正義はマッカーサーが日本軍の攻勢に押されてフィリピンに一旦逃避する時につぶやいた同じセリフを吐いた。「アイ・シャル・リターン(きっと戻ってくる)」
 
 30数年後、孫正義は米3位の携帯会社スプリント社を買収、ビジネスの本場、アメリカに戻ってきた。

 カリフォルニア大学バークレー校に入学したのもアメリカの大学でビジネスのタネを見つけるためだった。在学中、図書館で見た超LSI(大規模集積回路)の拡大写真を見て、コンピューター社会の到来を予見、「自分の事業領域を情報産業にしよう」と心に決めた。

 以来、孫正義は情報産業以外には目もくれなかった。情報産業も大型コンピューター時代からパソコン時代になり、インターネットが幕を明け、そのインターネットもデスク上のパソコンで操作する時代からスマートフォン、タブレット端末であやつるモバイルインターネット時代を迎えている。

 ソフトバンクは大型コンピューター時代とパソコン時代のはざまに生まれ、最初はパソコンソフトの卸業からスタートした。パソコンではOS(基本ソフト)の最大手企業である米マイクロソフトが王者となり、インターネット時代になると、ヤフー、グーグル、フェイスブックなどのベンチャー企業が覇を競っている。

孫正義、最後の大ボラ

 普通、あるステージの王者になると、次のステージでは王者になれない。大型コンピューターで他を圧倒したIBMは次のステージ、パソコンではマイクロソフトにその席を譲った。そのマイクロソフトもインターネット時代になると、ヤフー、グーグル、フェイスブックなどに席を譲っている。

 ソフトバンクはパソコン、インターネット時代の波にうまく乗り、モバイルインターネット時代に大きく花を開かせている。2008年7月に日本で初めてアップルのアイフォンをソフトバンクが発売した時、営業部長に「このアイフォンはただの携帯電話じゃないよ。携帯できる小型パソコンだよ。だから長続きするんだ」と大量販売を決行した。

 ソフトバンクはアイフォンの単独販売権を武器に契約者数を急速に伸ばし、KDDI、ドコモにアイフォン販売に踏み切らざるを得ない状況をつくった。孫正義には「アイフォンに代表されるスマートフォン時代の幕を開いたのはスティーブ・ジョブズであり、この俺だ」という強烈な自負がある。

 その自負が「世界一の携帯電話会社になる」という大風呂敷に発展した。大風呂敷を広げるのは、孫正義の専売特許である。ただ、大風呂敷を広げるだけでなく、緻密に計画し、次々と大風呂敷を現実のものにしてきた。

 創業30周年式典でも「30年後の時価総額は200兆円」と大ボラを吹いた。そして「これまで私は大ボラを大体実現してきた。最後の大ボラも案外実現するかも知れない」といたずらっぽく笑った。
 
 「携帯電話会社で世界一になる」という孫正義の発言は最後の大ボラと言えよう。果たして大ボラは実現するか。

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