会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
アットコスメストア・ルミネエスト新宿店
(企業家倶楽部2017年12月号掲載)
口コミサイトからスタートし、「Beauty×IT」を掲げて美容分野の事業を幅広く展開するアイスタイル。2016 年6 月期の売上高は142 億円に上り、2017 年6 月期には大幅増収となる186 億円を目指す。同社吉松徹郎社長の描く「AIとIoT」で広がる世界を語ってもらった。
(聞き手:本誌副編集長三浦貴保)
美容意識の変化
問 「@cosme(以下、アットコスメ)ビューティーアワード2016」が決まりましたが、今年の傾向はどうですか。
吉松 プチプラ人気が落ち着いて、いわゆるデパートコスメが多数受賞しました。
問 品質とブランドの力でしょうか。
吉松 品質はどこの製品も上がっており、それだけでは差別化できません。品質以外にプラスアルファで「使っていて嬉しい、楽しい」と思わせるような、女性の感性に訴えるものが強かった。
問 部門が非常に多いですね。
吉松 ライフスタイルに合わせてビューティーの幅も広がっており、ユーザーの口コミが入ってきています。個人的にはヤクルトが面白いですね。食は難しいと思うのですが、口コミを書かれた方は、続けて摂取して効果を実感されているのでしょう。一度口コミが広がると、相乗的にランキングが上がっていきました。ヨーグルトもありますし、健康志向が高くなっています。
問 健康あってこそのビューティーですからね。ヘルシーとかビューティーというキーワードが入っていない雑誌はありません。
吉松 10年前には考えられませんでしたが、ビジネス誌でさえそうです。ダイエットは女性誌のキーワードだったのに、今では糖質制限ダイエットなどが経営誌でも取り上げられています。恐らく10年後はしわやしみ予防などというキーワードも出てくるでしょう。
6兆円の美容市場
問 御社の主力サイト「アットコスメ」の取扱数を教えてください。
吉松 約27万点です。
問 消費者は興味のある商品の情報を見たいので、アットコスメの役割は重要です。もはや美容はコスメの領域に止まりませんので、その裾野をアットコスメが広げています。
吉松 私たちの想定以上に、ユーザーの方々がプラットフォームを広げて下さっています。
問 ビューティーそのものの定義に変化が生じたことで、それをユーザーが牽引し、アットコスメのサイトやアワードも変わってきているということでしょうか。
吉松 私たちは常に、ユーザーとメーカー双方の接点に位置しています。「アットコスメ」というウェブメディアから事業を始めましたが、現在では店舗「アットコスメストア」もお客様との接点になっています。さらに「アットコスメキャリア」では求人や派遣業務も行なっており、美容部員の求人メディアでは圧倒的ナンバーワンです。
問 現在、美容関係の市場規模はどれくらいなのですか。
吉松 1人の女性が、頭から足の爪の先までで80~90のアイテムを使っていると言われています。化粧品だけで2兆円、サロンも含めれば6兆円くらいのマーケットになっています。
問 不思議なもので、女性は美容にはお金を惜しみません。年齢を重ねてもお金を使う。
吉松 皆さん、自分とのコミュニケーションとか、自分へのご褒美とおっしゃいますね。さらに今の20代男性にとって、スキンケアは当然です。お子さん用の保湿製品もありますし、昔と比べて男子高校生の肌もきれいですよね。
問 年齢層も広がり、ビューティーは誰もが望む、深くて広いマーケットということですね。吉松社長はそれを掘り当てた。思った以上に大きな世界が広がってきましたね。
吉松 ビューティーの領域に関してはユーザーが広げてくれています。私たちが「まずこうあるべき」と提案しているのではなく、ユーザーが登録して下さったアイテムについてメーカーやブランドから情報を得て、それをユーザーに届けるというような相乗関係です。
また、美容に関わる仕事をしている人が増えています。ネイリスト、ヨガやダイエット関連など、ユーザーに対して情報発信をする人が急激に増えている印象です。
問 特にスマホを使う世代では、瞬く間に口コミが広がりますよね。1999年に創業された時は、ここまで拡大すると予想していましたか。
吉松 予想以上ですが、反面、もっと違う形で発展していると思っていました。想定していたほど化粧品はイーコマースで買えるようになっていませんし、化粧品メーカーはさほどイーコマースで情報を発信していません。
問 それはなぜでしょうか。
吉松 私の考えですが、大手企業はコンシューマー(消費者)とカスタマー(顧客)という二つの言葉を使い分けています。彼らにとっては、顧客である小売店が大切なのです。もちろん、消費者の動向も見る必要があることは自明の理。しかし、現在はその変化が速すぎて、業界全体が手を打ちきれていません。しかも、一社だけでは変わりきれない。また一社だけ変わると、せっかくこれまで繋いできたバリューチェーンが潰れていきかねないですよね。
IoTの実験店「アットコスメストア」
問 アイスタイルは何を目指しておられるのですか。
吉松 「Beauty × ITで世界ナンバー1」を目指すことは変わりませんが、ITの深さが変わってきます。17年前、私たちはインターネットに出会ってこの事業を始めました。しかし、明らかにテクノロジーは変わってきている。インターネットも、もはやパソコンやスマホなどのデバイスからではなくAIとIoTが主流になりつつあります。
イーコマース最大手のアマゾンは、「アマゾンダッシュボタン」を押すだけで商品の購入ができるようにしました。これが一般的になると、今までは売り場の棚をどう取るのかが勝負の鍵であったメーカーにとって、棚割りは関係無くなります。
また、店舗はいかにしてITを導入すればいいのかが課題となってきます。家や車がIoTで繋がるように、私たちはアットコスメストアを「IoTを体現する店舗」と捉えています。
問 実験店になっているのですね。
吉松 そうです。結果的にルミネエスト新宿店は年商15億円。日本一化粧品を売る店舗になっています。
問 その要因は何でしょうか。
吉松 従来の店舗は、いかに仕入れを安くして店頭回転率を高くするかを考えていましたが、アットコスメストアでは安売りをしません。インターネットのサイトと同じで、お客様との接触率を高くする。つまり、訪問客をいかに多くするかに主眼を置きます。そして、その中で購入率をいかに高めていくかという視点です。もちろん立地も大切ですが、接触する機会を多くするための提案をしていきます。
問 新宿に行ったら、思わず寄ってしまうお店にするわけですね。
吉松 その次の段階としては、店舗の情報共有や、ユーザーとブランドが直接繋がる仕組みなどを考えています。
一般的には、ネット上で自社製品やサービスを認知してくれた人をリアルな顧客にしていこうと考えます。ですが、それだけでは上手くいかない。消費者からすれば、そうした企業のホームページやSNSなどで流れているのはキャンペーン情報に過ぎないからです。そうしたやり方ではなく、リアルな顧客をまず掴み、その方々とネット上でどのようにコミュニケーションを取っていくかが大切なのです。
問 店舗に行くと欲しい情報が手に入り、クライアントには顧客の様子が見える。そんな、今までにないリアル店舗を作ろうとされているのですね。美容とは全く畑違いのIT分野発祥の企業が、日本一売上げる店舗を持っているというのは驚きですね。
現状で課題はありますか。
吉松 現在のところ、私たちはお店とウェブを繋ぐ接点でしかないので、もっとシームレスになるべきだと考えています。ブランドがウェブで情報を伝え、イーコマースでもリアルでも販売し、その顧客が次に何を買ったのかまでが一気通貫で見られるサイトになれれば良いですね。
問 全てが一瞬で分かるようになりますね。
吉松 これからはデータを持ち、それを処理するエンジンを持っている企業は、その精度を高めて発展していくだろうと予想しています。
選択肢を与えられるものが勝者に
吉松 人々の価値が変わってきました。高級な物を買いたい人もいれば、レンタルで良いという人もいる。例えば車も、利用者数は伸びていますが、販売台数は下がっています。それはカーシェアリングが浸透してきたからです。洋服などもレンタルが一般的になってきました。アットコスメストアでも、「定額を支払っていただいたら、店舗の化粧品を何でも使っていい」といったサービスが可能かもしれません。そうなればリサーチするコストがゼロになり、沢山の商品を試したいというユーザーのニーズも満たせます。
問 このような流れは、最近2~3年で加速化していますね。
吉松 ユーザーはどんどん選択をしなくなっていくと思います。昔は与えられる情報が少なかったので、「もっと情報を得て自分で選択したい」との意思が強かったのですが、気付けば自身の選択できる情報量をはるかに超えていて、もはや自力では判断できなくなっています。ホームページからネットで何か購入される場合も、検索して出てきた最初のページ、つまり与えられた選択肢の中から選んでいませんか。もしかしたら、自分のニーズにより近い商品があるかもしれないのに、「知る必要は無い」と勝手に思ってしまっているわけです。
問 AIが進歩していくと、そうした傾向はさらに進みそうですね。
吉松 「それが正しいかどうか」と疑う考えすら持たなくなります。そのため、ユーザーから「これこそまさに自分が欲しいものだ」と思われるような選択肢を提供できる会社が強くなるでしょう。
問 ビューティーに関してはアイスタイルが先頭を行く形になるのでしょうか。
吉松 アットコスメはビューティに特化した、ブランドとユーザーの両方のデータを持っていますから、両者をよりよく繋げることができると考えています。ですから、将来的にメーカーがアットコスメにマーケティング費用を投入すれば、「アットコスメでいくら売上げたら、他でこれくらい売れる」というところまで予想できるようになれば、マーケティングの捉え方が変わってくるでしょう。
問 それはどのくらいで実現すると思われますか。
吉松 10年かからないと思います。10年前、ユーザーとブランドとの繋がりはマスメディアと流通が中心でしたが、現在はスマホとソーシャルです。
問 ブランドを顧客が買う傾向は変わりませんが、繋ぎ方が変わっていくのですね。
吉松 商品を中心に考えて、どう届けるのかではありません。まず中心に人がいて、その人がいかに化粧品と接点を持とうとしているかを第一に考えるわけです。
問 ユーザー目線なのですね。ユーザーに近い方が豊富な情報を取れるから強いのでしょう。
10年でアジアを席巻
問 海外事業の調子はいかがですか。
吉松 売上高約25億円で全体の約15%を占めています。売れ筋はアットコスメで人気の高い日本の商品です。
中国の越境EC旗艦店は3店舗ですが、スピード感に溢れていますから、20年には売上げ60億円を目指しています。さらに台湾、香港は店舗運営からと考えており、17年中には行きたいですね。もちろんイーコマースも展開します。それに中国・タイ・シンガポールを入れた5カ国を中心に3~4年は集中して攻めていきます。
従来はいかにモノを届けるかという世界でしたが、明らかに世の中はユーザー中心へと大きく変わってきています。私たちはマーケットデザインカンパニーとして、ユーザーにとって幸せな世界を築いていけるかが勝負です。
20年に東京オリンピックで世界中からの訪日客が期待されますが、お土産を買ってもらっただけで満足していては爆買いと同じ轍を踏んでしまう。彼らが帰国した先でも、ずっと日本製品を使い続けてくれるプラットフォームを作っておかなければなりません。
問 10年後のアイスタイルはどのようになっているのでしょうか。
吉松 アジアの人々全てがアットコスメを知っていて欲しいですね。アットコスメのロゴが色んな国に溢れて、言葉も多言語化し、現地の人たちが口コミを広げて化粧品と出会う場所になっていく。メーカーにも、ユーザーと繋がる場所として使っていただきたいと思います。
P R O F I L E 吉松徹郎 (よしまつ・てつろう)
1972 年茨城県生まれ。東京理科大学基礎工学部卒業。96年アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)入社。99年7月アイスタイル設立。 第6回ニュービジネスプランコンテスト優秀賞受賞、99年12月アットコスメオープン。12年3月東証マザーズ上場、同11月東証一部へ市場変更。13年第15回企業家賞ベンチャー賞受賞。