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【松井忠光の経営道場】上 良品計画代表取締役会長 松井忠三

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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適材適所の人材配置を行う仕組み

適材適所の人材配置を行う仕組み

(企業家倶楽部2014年10月号掲載)

今回より3回にわたり、良品計画の松井忠三会長に経営の真髄を語ってもらう。良品計画は2001年8月中間期に38億円の赤字に陥った。しかしトップに就任した松井忠三氏の徹底した「仕組み化」によりV字回復を達成した。昨今、『無印良品の、人の育て方』を執筆されたということで、1回目となる今回は人材育成について語っていただく。


 2013年7月に前著『良品計画は、仕組みが9割』を執筆しました。思いがけない反響を頂き、10万部のベストセラーとなり驚いています。今回は良品計画のもう一つの柱、「人材教育」について書きました。人の育て方や教育はどこの企業も、最も頭を抱える普遍的なテーマです。弊社の取り組みを皆様のお役に立てていただければと思います。

「いいサラリーマン」が会社を滅ぼす

 私は元々西友の出身ですが、そこにいたのは「いいサラリーマン」ばかりでした。すなわち、上司の覚えをめでたくするために走り回る人たちです。出世するには上司から気に入られることが条件となる会社も多いでしょう。しかしご機嫌ばかり伺うイエスマンを出世させると、仕事を遂行する能力を持たない人が台頭してきます。こうして会社は仕事ができない組織になっていくのです。

 ビジネスでは業務改革のために上司とぶつかる場面もあります。自分の頭で考えてリスクも取れる人の集団を作っていかなければなりません。しかし、この様な仕組みの会社はトップや上司との相性が上手くいかないとその会社での将来はなくなります。これでは上司の言いなりにならざるを得なくなる。そして仕事のできない人が増えていくのです。

 では、そうではない社員をどのように作るかということですが、弊社では人材を適材適所に配置するために人材委員会があります。人材委員会は経営戦略と人材教育を一体化しており、この教育が人材育成の80%にあたります。

 西友では1度経理に入ると一生経理でした。しかし複数の専門を持つ人こそ大局観のある人材に育ちます。優秀な人は専門性を高めながら会社の全体像を見て、トップ層を目指さないといけない。確かに職務変更は簡単ではないので、人材育成の仕組みを持っていなければとてもできません。わが社は他部署から配属された人にも仕事が分かるように細かくマニュアル化された業務基準書を整備することで、3~5年で社員を異動できるようになりました。

 それだけではありません。人は何に適性があるか分からないものです。たまたま入ったのが人事でも、宣伝、販促を任せてみたら適性があるかもしれない。狭い範囲に閉じこもって自分の可能性を摘んではいけません。「人に仕事が付く人事」から「仕事に人が付く人事」に変えていくことが大切です。人事の希望は自己申告制です。例えば新しい部署、海外に行きたいと申告した人を優先的に異動させます。また、海外支社の社長は若手の有望株や自分の頭で考えられる人になってもらっています。3~5年で人事異動するとノウハウが消滅してしまうことがある。そこで消滅しないような仕組みが必要です。

 今、弊社では本部と各部署に業務基準書があります。他部署から配属された人も細かく書かれた業務基準書を使えば一人前になります。社員の視野も広がり専門度も高くなる。これで業務が日々レベルアップしていきます。

人材委員会の目的は組織力強化と適材適所

 人間は自分の仕事に誇りを持ちたいと願っているので、1つの仕事をずっと極めたいという志向が生まれるのです。確かにその道のプロにはなりますが、その人がいないと全体の仕事が回らなくなる弊害が生じます。

 会社は色んな部署が集まって仕事をしています。この道一筋の人は会社の経営を客観的に見ることができないので業務が進化しません。

 先ほど「仕事に人が付く人事」に変えようと申し上げましたが、人が辞めても会社にノウハウが残るようにしないといけない。これは会社経営で一番大事なことです。たとえ人が異動しても、会社にノウハウが残らなければなりません。このノウハウを受け継いで新しく配属されてきた人が、前任者の仕事からスタートできるのです。

 会社全体を見るには部分最適ではなく全体最適でなければなりません。異動して違う角度から見る。全体像は多方面から見てこそ物事がよく見える。例えば人事内部で長く勤めていた人が販売部門、商品部門に異動すると、今までの人事の問題点がはっきり分かってくる。さらに海外に行けば、広い経験をしてより深く物事が見えるようになります。

 弊社では人材委員会に個人の自己申告、今までの評価歴、職務歴の記録を挙げます。人材委員会は異動して5年くらいの社員に対して、次にどういうステップを踏ませるか本人の事情を含めて決める。ただ、会社の事情もあるので、会社と個人の事情を一致させるのが人材委員会の役割です。この仕組みがあれば経営者や上司が変わろうが会社の意志として人事異動が行われます。

 トップダウンで異動させると、トップが変わった時に会社は機能しなくなります。そのため、人材委員会には会社の総意として、役員が全員参加します。社長、会長がいなくなっても、この仕組みが受け継がれ、継続して最適な人材配置が可能になるのです。

適材適所を実現する「ファイブボックス」

 人材委員会では年に1回、会長、社長、取締役から部門長などの執行役員が経営者と後継者の準備状況について話し合います。

 西友は優秀な人たちがいなくなった瞬間にノウハウがなくなってしまいました。そこで、無印に入社してからどうすればノウハウを維持できるかを考え、ファイブボックスというものを作りました。ファイブボックスとはGEやウォルマートの人材配置手法を参考にしたものです。

 潜在能力、パフォーマンス(能力の発揮度)を横軸と縦軸にとり、さらにその下に1つのブロックを加えて5つのブロックを設けます。(図)

 例えば、ある販売部長の後任を決める時、販売部長が自分の後任の案を作ってこのボックスに当てはめるのです。

Ⅰ 明日のリーダー

 いつでも後を継げる人。販売部を束ねて役員もできる。しかしなかなかそういう人はいない。社員の10%がここに入っていれば組織としては健全。

Ⅱ トップ・パフォーマー

 優秀な部長に多い。業績は良いが役員には適していない人。

Ⅲ 台頭する次世代

 若くして課長になるタイプ。しばらく経験を積めばⅠになれる人。

Ⅳ コア・パフォーマー

 安定した市民。社員の約6割の人で普通に仕事をする部長や課長。

Ⅴ 改善すべき人

 相性があるから異動してあげるのも重要。

 この仕組みの中で大事なのはⅠ、Ⅲ、Ⅴです。これらの人は個別にフォローする必要があります。

 優秀な人は様々な部署を回ったほうがいいのです。しかし、販売本部長の常務は1番優秀な人を囲い込んで2番手か3番手しか外に出さないことがよくあります。これでは会社は全体最適の人事ができない。

 さらには販売部門の人が上に立つと管理部門と商品部門の人を重用しないという事態が起きる。強大な部分最適になってしまう。わが社はこのような抵抗ができないように、優秀な順番に人材を出す決まりにしています。昔は抵抗にも会いましたが10年経った今は当然になっています。部下は固有財産ではないのです。

 今は、販売部長と商品部長を入れ替えることさえあります。違う立場で観ると全体像が見えてくる。優秀な順番に重要なポジションに入れていく必要があります。

「何とかする力」を養う

 採用面接の時、自分で考えて行動できる人材かを判断して採用の合否を決めます。そうはいっても大学4年間では適性が分からないので、最初は皆販売部門に入ります。 ここで様々な試行錯誤が始まります。そして2~3年経つと店長になる。良品計画では店長がスタートラインと決めているのです。ここで初めて1店舗の店長を経験すると、ようやく一人前の経験ができる。

 従来の百貨店は、店長が最終到達ライン。百貨店の人は最後に大型店の店長になることが成功でした。我々は1つの店舗も小さいので、店長がスタートラインです。ここから次に様々な部署への異動、豊富な経験を積みながらポジションが上がります。店長になると、現実に自分よりもベテランで商品知識もある人たちを教えないといけないという立場になる。これが一回目の修羅場です。

 新入社員は入ってきても商品知識がありません。でもその人たちをそれなりにうまく使っていかないと仕事ができません。必死に実務と人間関係で覚えさせます。店長は店員たちを3年間で束ねなければならない。それには今までの経験とプラスアルファが必要になります。店長は店舗の責任者だから自分で何とかしなければいけない。現場に当たった時、自分の頭で考えて、自分の感受性で感じて、解決しないといけない。

 「何とかする力」とは実際の修羅場を自分で必死に知恵を働かせて乗り越えることです。こういう時に本当の力が身に付いてくる。もちろん、教育は全部自前の教材です。空理空論を聞くわけでは無く、現実にお店で起こった問題をどのように処理してきたか学ばせることで教育としては側面援助にはなる。

 1つとして同じ例は無いし、1人として同じ人間はいないので、この千差万別の人と組織と様々な課題を何とかしていかないといけない。こういう力は店長の時に一番身に付くのです。

 事例を挙げると、当時神奈川エリアの32歳の課長を優秀な順番で販売部から引っ張り出しました。販売部長の後継者になる人材を引っ張ったので抵抗は大きかった。 彼は英語ができませんでしたがイギリスの販売部長になりました。これまで海外に派遣される人は語学が堪能な人でした。しかし、言葉の良し悪しと仕事ができるのは無関係なので業績が悪化していたのです。そこで仕事ができる人を海外に派遣することにしました。

 彼は半年すると英語をしゃべれるようになりました。1年経つと日本人同士の時も英語で話すようになる。英国で3年間仕事をした後、人材委員会は彼を宣伝販促の部長にして3年間勤めさせ、最終的にフランス法人の社長にしました。これが人材委員会の決定した人事の一例です。

 人事に関する課題解決を外部専門会社に頼んだこともありましたが、結局は自分たちで解決の仕組みを作りました。各社の状況で人材育成の方法は千差万別。良品計画の方法を一例として皆さんの会社に適した方法を見つけてみて下さい。

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