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【トップの発信力】佐藤綾子のパフォーマンス心理学第56回

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

リーダーと根回し

(企業家倶楽部2020年6月号掲載)

1.コロナウイルス対応のリーダーシップ

 新型コロナウイルスへの日本政府の対応が遅すぎると国内からもアメリカのメディアからも鋭い批判の声が上がっています。これを機に、感情やムードでモノを言う日本文化特有のパターンをリスト化してみてみましょう。

 

別表を見てください。日米の初の国内感染者が見つかった日にちには、5日間の違いがあります。にも関わらず、政府が対策本部を立ち上げる時点では、後から感染者が見つかったアメリカのほうが1日早く対策本部を立ち上げている。そのあとの対応については表の通りです。

 やはり対応の遅さはこうして比べると目立ってくるでしょう。もっと対応が遅いのは中国ですがこれには一党独裁と習近平国家主席のやり方が絡んでいるので一概に比べることは無理でしょう。患者が12月から次々と原因不明の肺炎になっているのに、その事を公表したのが12月31日。習主席が対策を指示したことが公に伝えられたのはやっと1月20日です。この中国でのコロナウイルスの発生に警鐘を鳴らした武漢の眼科医李文亮氏が警察に処分され自らも感染して2月7日に死亡したニュースが世界中にSNSで流れました。市民の間では当局への反感が一気に強まっています。これが中国です。人口も多くテクノロジーでも日本を抜き、 GNPでも日本を抜いた。しかし民主主義の普及度合いでは、後進国です。すべてが秘密の国です。中国と速度を比べることは無意味でしょう。

 では、韓国はどうか。文在寅大統領は2月4日に湖北省からの渡航に対してのみ入国宣言措置を実施しました。そのスローぶりは注目に値します。武漢の次に文在寅大統領が封鎖したのは大邱と慶尚北道。それに対して韓国民の間では「武漢の封鎖を連想させるような自国の一部に対する封鎖政策はおかしい」と強い反発を招いています。国民の怒りは今まさに燃え盛っていて2月25日を皮切りに韓国人の入国を制限する国家が急遽増加したことも尚更大統領のスローモーション対策を際立出せています。

 悪い例だけでなく、良い例も挙げましょう。それが女性リーダーの台湾の蔡英文総統です。2月7日のロイター通信は「台湾の『爆速』を見よ」という見出しで大掛かりに取り上げています。見出しには「日本とは大違い。台湾の新型コロナ対応が爆速である理由」2月29日(土)11時15分配信。ロイター通信。

 台湾は独自に情報を集め迅速に判断して必要な手を次々と打っています。2月7日蔡氏は記者会見を開いて、自分の言葉でこの状況を説明しました。12月に武漢で原因不明の肺炎が流行っていると聞いてすぐに蔡氏は12月31日には国民に注意喚起を行い、その後も検疫強化や専門家チームの発足などの措置を迅速に打ち出してきました。空港などの検疫強化も指示したら即実行です。

 一方日本、大晦日で休みだった厚労相が注意喚起を行ったのが6日後の1月6日。蔡氏は12月31日にこれをやっていたのです。1月2日には専門家などの治療の会議を発足させ、5日には「中国原因不明肺炎」としてさらに組織を発足、情報収集と対策をどんどん打ってきました。これが彼女の実行力であり、選挙で勝ったのも「なるほど」と思わせます。


2.なんでも反対するアホが主張する「根回し」とは何か?

 さて速度比べについてはいろいろなことが分かりましたが、この度安倍首相が2月29日に小中学校の一斉休校を発表し、3月2日から休校が始まりました。そこで黙っていないのが野党の議員たちです。国会討論を聞いていると「アホらしい」のも通り越しています。「急すぎる学校閉鎖で、母親が働けなかったり子供たちの受け皿がなかったり、皆が非常に困っている。きちんとした根回しが必要だったのではないか?」と「根回し」という言葉を1回の討論で3度も使って「安倍首相のこの決断が稚拙だった。」

と糾弾しています。

 でも本当にそうでしょうか。「nemawashi」という単語はそのままローマ字スペリングで英語になっています。元々アメリカ議会には「lobbying」があります。しかしこの2つは似ているようで違う。lobbyingを辞書で引くといくつかの意味があった後に「根回し」と出てきますがこれははっきりとその違いを知らない人が辞書に載せただけのこと。この辞書は間違っています。lobbying、ロビー活動とは、主として議員たちに様々なセクションの人々が自分たちの目的が成功するために、文字通り廊下で働きかける活動からlobbyingがきました。議員内部、あるいは外部からの働きかけです。

 これに対して「根回し」はある特定の集団の中で何かを決める時に反対派と賛成派を想定して、反対派に対してあらかじめ賛成するように手を打っておくことです。似ているけど違うというのはこの一点です。様々な人がある目的に向かって議員に働きかけるのが「ロビー活動」、根回しは、ある主張をする人が、自分に反対しそうな人を探し出してあらかじめ賛成するように手をまわしておくこと。ここで野党議員が「根回しをしろ」というのは、反対しそうな人々にあらかじめ安倍首相が会いに行くなりメールや電話をするなり、あるいは自分の側近を向かわすなり、賛成するように頼んでおくことです。そんな暇があるというのでしょうか?決断が拙速だという野党の皆さん、根回しをしているのは拙速ではないけれどノロマとなります。どっちが今必要か答えは明らかでしょう。


3.有事のリーダー、 平時のリーダー

 あのあさま山荘事件時の警察長官だった佐々淳行氏の名著に「平時の指揮官、有事の指揮官」があります。平時のリーダーは皆と話し合いながら最大最高の結論を出していけばいいけれど、有事のリーダーは常に自分の決断力を磨いておいて、いざというときは全ての情報から最高の結論を出し、その結論に向かってチームを統率していかなければならない。

 例えば、戦争、台風や津波の災害の中で、皆でゆっくり話し合いをして根回しをしていてはとても間に合わないわけです。では、現在の新型コロナウイルスの流行は「有事か、平時か?」答えは当然「有事」でしょう。根回しどころではない。安倍首相が自分の感覚を研ぎ澄まし、これがいいと思うことを決め、周りの人たちがその実現のためにベストを尽くすしかないのです。会社の経営だって同じこと、順調に会社が進んでいるときは皆で話し合いやコーチング、コミュニケーションのサーバントリーダーシップが必要でしょう。しかしいざ有事というときにはこれでは間に合わないのです。やはり経営者がどんな判断をし、それをどれだけ効果的な顔の表情、SNSや配布物で発信するか。それこそがリーダーの腕の見せ所でしょう。

Profile

佐藤綾子(さとう・あやこ)

博士(パフォーマンス心理学)。日大芸術学部教授を経て、ハリウッド大学院大学教授。自己表現研究第一人者。累計4万人のビジネスマン、首相経験者など国会議員のスピーチ指導で定評。「佐藤綾子のパフォーマンス学講座」主宰。『部下のやる気に火をつける33の方法』(日経BP社)など単行本194冊、累計323万部。

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