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【地球再発見】vol.32 日本経済新聞社客員 和田昌親

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菅首相、G7でも〝紙頼み〟か

(企業家倶楽部2021年5月号掲載)

 菅首相の記者会見を見ていて、気づくことがある。メモを見ているのか、見ていないのか、すぐに下を向いて、まるで読み上げているようだ。首相の発する単語さえ時折不明瞭になる。自信が感じられないのだ。

 最初の政府方針の説明はいい。だが記者団とのQ&Aでは丁々発止と言えないまでも、紙を眺めず、もっと率直な言葉を聞きたい。

 記者が具体的に質問をぶつけてみても、公式答弁と同じ答えしか返ってこないし、重ねての質問は司会者が受け付けない。発言は慎重に、という気持ちもわかるが慎重すぎるのではないか。あれでは新聞、テレビなどの記者団は会見後に担当大臣や事務方に再取材するしかない。

 これではいけないと首相側近が考えたのだろう。3月18 日の首都圏の緊急事態宣言解除の会見ではプロンプター(原稿映写機)を使った。左右方向だけを見ながら言葉も明瞭で、なかなか良かった。ご本人は嫌がっていたようだが、プロンプターの威力に気付いたのではないか。しかし、Q&Aではまた下を向いた。

 これから菅首相は4月に渡米、バイデン大統領と日米首脳会談を行う。政権維持には重要な意味を持つ会談だ。腹を割って話ができるか不明だが、これをうまく凌いだとしても、6月11~13日には英国南西部コーンウォールで主要7カ国首脳会議(G7)が待っている。

 首相にとっては世界の表舞台に対面でデビューする最初の機会である。20 年のG7は米ワシントンで予定されていたが、新型コロナの世界的感染拡大で中止され、今回は2年ぶりとなる。

 ジョンソン英首相によると、今回は新型コロナ対策や地球温暖化を主なテーマに、韓国、豪州、インドの3カ国を「ゲスト国」として招待するという。中国の覇権主義に対抗しようと「アジア太平洋地域」の自由主義国の結束を強調したい考えのようだ。

 G7首脳は2月に電話によるオンライン会合を開いているが、新メンバーでの対面サミットは初めてだ。対面会合ではもちろんプロンプターは無し、〝紙頼み〟にも限界がある。

 バイデン米大統領、ジョンソン英首相、メルケル独首相、マキロン仏大統領、ドラギ伊首相、トルドー・カナダ首相と堂々と渡り合えるのか。暴れん坊のトランプ氏の前にメルケル首相が立ち、テーブルにドンと両手をついて彼を説得する映像が話題になったことがある。

 安倍晋三前首相はそのテーブルの脇で腕組みをして立っていた。安倍氏はG7ではうまく立ち回っていたようだが、菅首相はどう振る舞うのか。ちょっと心配になるが、アジア先進国の代表として堂々と「格」の違いを見せつけてほしい。

 菅首相はジェスチャーも含め対面方式は苦手ではないかと思う。ただ、表情を余り変えないのは都合の良い場合もある。長い政治家生活で、急場しのぎの方法もご存知だろう。

 あとはいわゆるキャリア官僚たちが、G7や日米首脳会談で、簡潔、明瞭なスピーチ原稿を用意することだろう。

 夜12時を過ぎると、霞が関の官庁街にタクシーの長い列ができる。利用するのは首相や閣僚の国会答弁や記者会見の原稿を書く人たちだ。今は新型コロナ対策の人が多いだろうが、いずれG7サミットが加わってくる。菅首相には五輪・パラリンピックの開催という大きなテーマもある。

 連日の国会対策でこれ以上の残業は無理などと言わず、ここはキャリア官僚も首相をお手伝いするしかない。

Profile 和田昌親(わだ・まさみ)

東京外国語大学卒、1971年日本経済新聞社入社、サンパウロ、ロンドン、ニューヨーク駐在など国際報道を主に担当、常務取締役を務める。

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