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【トップの発信力】佐藤綾子のパフォーマンス心理学第61回

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

有事のリーダーの自己表現4つの原則

(企業家倶楽部2021年3月号掲載)

1. 菅首相の変化

 安倍首相の退任を受けて、実務的な事柄は全てわかっているうえに、苦労人で「当たり前のことを当たり前にやる」というような常識がある素晴らしい首相として私たちは菅首相を迎えました。その支持率は62.3%と本当に高く、その菅首相の記者会見のスピーチも本当に素晴らしいものでした。

「私は貧しい農家の出身です」という自己開示も含めて、自分がこの政権をどう行っていきたいかを目を大きく見開き強いアイコンタクトで語りました。今までとは違って手に持った原稿を読み上げるのではなくまっすぐカメラを向いて話していました。

 それが多くの人の心を打ち「声が大きかったり情熱的だったりしたわけではないが、誠実だ」ということで支持を集めたのです。

 ところが、その後コロナがどんどん猛威を振るって日本社会は一気に「有事」の認識に変わりました。「今本当にコロナで大変な時だ。強いリーダーがほしい」と我々の要望が変わり始めたのです。

 そうなると彼の演説も当然変わらなければなりません。

2. 強い命令と暗示文を使う

 有事のリーダーは非難されようが何だろうがしっかりと自分の意志を強い命令口調で話す必要があります。民主主義とはズレているとはいえ、アメリカのトランプ氏は命令口調で話すのが上手でした。

 例えばあの大問題になった議事堂襲撃の1 月6日の演説を見てください。直近の未来を予測する内容の「我々は~するだろう」という言い方を繰り返しながら、最後は「私はここにいる君たちが間もなく平和的に、愛国的に議事堂に行くのを知っている。君たちの声を聞かせてやれ!」という強い口調の暗示的で命令的な演説をしました。

 それに心を奮い立たされた共和党支持者が議会に詰めかけ4 人もの死者を出しました。由々しき事態です。心が不安定な時の集団は強い命令文や暗示文に弱いのです。

 例えば民意が動転しているときに強い命令文を使った人と言えばヒトラー然り、第二次世界大戦時の日本の軍部もそうでした。命令口調の強い文章を時に人々は求めます。それは心理学的に見れば「有事の時代、自分たちでは決断できないから、リーダーが白黒はっきりと命令してほしい」と思う我々の他人にすがりたい「他律欲求」の表れです。

3. 感情アピール

 しかし、有事の時は強い命令文だけを出せばいいのかというと、そうもいきません。人情も必要です。人間は理論よりも感情に弱いからです。その証拠にニュージーランドのアーダーン首相が「Bestrong and kind.」と呼びかけたので国民から大きく好感を得ました。文体は「強くあれ、優しくあれ」という命令文なのですが、「優しくあれ」ということを言う時に、普段着のセーターで一人ひとりに呼び掛ける表情とソフト口調で話したために感情にアピールしました。

 同じく普段は論理だけに訴えているドイツのメルケル首相も「皆さんが今ちゃんと行動しないと今年が祖父母と過ごす最後のクリスマスになるかもしれない」と彼女にしては珍しく、右手を振り上げ聞き手の感情に強くアピールしました。国民の家族を想う気持ちにアピールした感情によるプレゼンです。
 有事のリーダーは「私も苦渋の決断なんだ。わかってほしい」というような感情アピールが上手であることも求められます。菅さんが、現在支持率34.8% と不人気になってしまっているのも感情アピールのある文章や表情や動作ができていないからでしょう。感情をこめて語りかける練習をしてほしいところです。

4. 巻き込み話法

「一緒に~をしようではありませんか」英語で言えば「Let's ~」という呼びかけは聞いている人々を巻き込みます。主語を「私(I)」にしないで「私たち(We)」にすることも巻き込み話法の一つです。

「We」の使い方が非常に上手かったのはオバマ大統領でした。「私たちは、今何をすべきか?子供っぽいことを言っていないで私たちで前へ進もう」と「We」を就任演説では62 回使いました。日本でも有名になった「Yes, we can.(そう、我々はできるのです)」も「We」を使っていました。「I」ではなく「We」で人々を巻き込んでいます。

 別の言葉で「巻き込み話法」を上手く使ったのが安倍首相です。オリンピックプレゼンが良い例ですが「~しようではありませんか」という文章が何度も出てきます。第二次安倍内閣の就任演説もそうでした。「ご一緒に作り上げていこうではありませんか」と言っています。

「私が作るからついて来い」ではなくて、「一緒に~しよう」という表現は聞いている人も「そうだ、自分もここで奮起して一緒に行動しよう」という動機づけになります。有事のリーダーは「私(I)」を使って責任を明示するか、事態を動かす強い命令を発信するか、感情にアピールするか、巻き込み話法を使うか、あるいはそのすべての技法を使うのか。この辺を上手く使うと企業の経営者や自治体のリーダーにも有事に部下や仲間を動かすことが上手くいくプレゼンになります。

5. 敗けた相手や敵が帰る「ゴールデンブリッジ」

 リーダーの立場で自分の意志を貫こうとするとどうしても反対する人や敵も多いものです。満場一致ですべてが決まることが理想だが、それはあまり無い。言い負かされた人、勝負に負けた人が胸を張って帰るために渡る「ゴールデンブリッジ」を用意してあげましょう。

 それが上手くできると後で「もう勝負は終わったのだからノーサイドでいこうね」という風に、相手が味方に転じることが多いです。例えば、部下が大失敗をしてしょんぼりして帰ってきたときでも、「いや、君はこれから成功する確率が90%もある年齢だからそんなこともあるよ」と言えば、「そうか」と失敗者は安心します。

 このテクニックは今回のバイデン次期大統領の勝利演説にもくっきりと出ていました。「トランプ大統領に投票した皆さんの今夜の失望も理解しています。(中略)前に進むためには、相手を敵視するのをやめなければなりません。」

Profile

佐藤綾子(さとう・あやこ)

博士(パフォーマンス心理学)。日大芸術学部教授を経て、ハリウッド大学院大学教授。自己表現研究第一人者。累計4万人のビジネスマン、首相経験者など国会議員のスピーチ指導で定評。「佐藤綾子のパフォーマンス学講座」主宰。『部下のやる気に火をつける33の方法』(日経BP社)など単行本194冊、累計323万部。

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