会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2008年12月号掲載)
3つの中小企業支援機関が統合して、2004年に発足した独立行政法人中小企業基盤整備機構。グローバル化の進展と世界的な景気変動の中で、同機構の役割が注目されている。今年7月に就任したばかりの前田正博理事長は「時代の半歩先を予測して、スピディーに行動、地域と中小企業の活性化に貢献したい」と行動する中小機構を強調した。(聞き手は本誌編集長 徳永卓三)
これまでになかったスピード感あるサービス
問 まず初めに、中小企業基盤整備機構の使命をお伺いします。
前田 日本の地域と中小企業を活性化させることです。企業だけではなく、地域の商店街のような集合体も支援しています。中小企業と地域が活き活きしていなければ、日本に元気が出るわけがありません。近年の景気変動や産業構造の変化、経済のグローバル化に、ダーウィンの進化論ではありませんが、地域や中小企業が適応し生き残れるよう、支援していくのがわれわれの使命だと思っております。
問 2004年に中小企業総合事業団、地域振興整備公団、産業基盤整備基金の3つの特殊法人が統合されて、中小企業基盤整備機構(略称・中小機構)になりました。2008年7月1日に理事長に就任されましたが、新理事長として、どこを重点に事業を進められますか。
前田 3つあります。第1は、時代の半歩先を予測して、対策・政策を用意することです。私どもには中小企業大学校がありまして、そこで経営者に教えることは、今話題になっていることではもう遅いのです。これから世の中がどう動くか、少し先を考えて、カリキュラムや講師を決めています。今の少し先を読むということが、ビジネスには大事なのです。
第2に、スピードをもって事を為すことです。十日の菊、六日の菖蒲(時機に後れて役に立たない物事のたとえ)となってしまっては、ビジネスの役には立ちません。お尋ねがあったら誠心誠意、研究や努力をし、すぐお応えできるようにしたい。私は民間企業を経験しているので、余計にそう思うのかもしれません。
第3は関係機関とネットワークを構築することです。日本全国にある中小企業は420万を超えています。そのすべてを私どもだけでフォローすることはできませんから、全国の大学や商工会議所などの組織、税理士や会計士など専門家と連携し、組織と人と両方を含めたネットワークを構築します。420万強の企業がありますから、ニーズはそれぞれ多様です。そのひとつひとつに対応可能な、ワンストップサービス(一度の手続きで必要な関連手続きをすべて完了できるサービス)のようなものを提供したいと考えています。
問 中小機構に相談をしたいと思った時に、どこに行けばいいのでしょうか。前田 地方に9つの支部と、9つの大学校を持っています。同じ組織に属していますから、中小機構の窓口として機能しています。それ以外にも、先ほどお話ししたネットワークができていれば、県や市、商工会議所などどこでも中小機構へつながることができます。今そのネットワークができつつあるところです。また800人強の職員の半分以上をローテーションで地方に赴任させています。優秀な人材に地方と中央とを経験させて、職員の質を向上させています。さらに連携している外部の専門家は約4000人になります。
問 中小企業専門のシンクタンクのようですね。
前田 シンクタンクの機能もありますが、むしろ中心は実践するサービス機関ですね。
問 前田理事長は中小機構をサービス実施機関と言っていらっしゃいます。
前田 中小企業には、志が高く、努力家で、独立自尊の精神を持った素晴らしい人物が多くいらっしゃいます。ですが、情報や人脈、研究設備など、どうしても大企業に勝てない部分があるのです。高い志や精神を持つことを手助けすることはできませんが、それ以外の部分を中小機構が補い、手助けをして、大企業と同じ条件で、市場で公正に競争してほしいという思いがあるのです。そしてサービスを行うからには、のんびりやっているわけにはいきません。サービスにはスピードが大事なのです。
問 情報や人脈は中小企業の経営者にとても有難い支援ですね。具体的にどのようにサービスを提供されているのですか。
前田 2008年から始まったばかりの、農商工連携という国策があります。これは中小企業と農林水産業者の連携によって、新商品や新サービスを生み出すことが目的です。例えば、青森のおいしいりんごを海外で販売したいと思った時に、りんご農家には貿易のノウハウがありません。そこに商工業のノウハウやサービスを使って、いいものを世界に広げようといった試みもそのひとつです。山積みされた青森産のりんごが、西安咸陽国際空港ではひとつ1000円で販売されているのを見ました。農業もグローバル化できる時代になったのです。一方で地方には良い農林水産物があり、他方で大手企業や百貨店、卸業などは常にいい技術、いい商品を探しているのですから、両方のマッチングの機会を作る試みを行っています。また、全国規模のトレードショーなど大きな展示会にはたくさんの企業、バイヤーが訪れます。ブースをひとつ借りるのは大変費用がかかりますが、中小機構の名前でひとつのブースを借り、中小企業のいい商品を並べ、多くの人の目に触れる機会を作ります。
民間企業の良いところをとりいれる
問 09年度から始まる第2期中期計画を策定中とのことですが、目玉となる計画はありますか。
前田 国の目標がまだできていませんのでこれからです。だからといって何もしていないわけではなく、いろいろ案は練っています。3つの機関が一つになり、4年が経過して基盤は出来上がったと思います。私どもはサービス機関ですから、次にやることサービスの質を上げることで、専門性に注目しています。なぜかと言うと、昔は相談と言えば帳簿のつけ方などが多かったのですが、今はニーズが高度化かつ多様化していて、後継者についての相談も多いのです。後継者の教育はもちろん、例えば後継者がいない場合、企業を売るためのM&A情報や、企業価値を評価するための弁護士や公認会計士といった専門家も必要になります。地方の金融機関ともタッグを組んでいるので、企業再生にも責任をもって取り組みます。多様なニーズに、スピーディーで質の高いワンストップサービスができる能力をつけたいと思っています。
問 四半期決算を導入するお考えだそうですね。
前田 役所では、決算は通常年1回ですから、事業の進捗状況は1年経過するまでわからないわけです。仕事や職員を信頼していますが、進捗状況をチェックする必要がありますから、民間と同じように財務・経理の面からは四半期ごとにチェックするのです。概念的に言えば、月次決算を3カ月分まとめたら四半期決算になりますから、月次決算ができているということが四半期決算の前提になります。法律で義務づけられているものではありませんが、中小機構内部の検討資料として役員会にはかり、進捗状況をデータに基づいて経常的にチェックします。あわせて、事業の面からはKPI(重要業績達成指標)を設けて、すべての役員がパソコン上で中小機構の事業面と財務面と両面で見て、スピーディーに事業を行うことができます。
問 民間で経験されたことを活かしていこうというわけですね。全国の9支部をすべて行かれましたか。
前田 まだ半分ほどです。すべて行くには11月までかかりそうです。建物を見る時、私は工場を見る時の目になります。不思議なもので、整理整頓されて、周囲の雑草もきれいに抜かれているような工場は黒字で、どことなく雑然として汚い印象の工場は赤字が多いのです。中小機構の大学校や支部は、とてもきれいで黒字工場の匂いがしていましたね。中小企業の人は必死な思いで相談、勉強しに来ています。だから職員はその気持ちがわからなければなりません。職員にいつも言っていることは、やる気を出せ、ということです。相談や勉強しに来ている人たちには、応対している職員にやる気があるかどうかすぐわかるものです。自分相談に一生懸命応対してくれているとわかるとお互いのレスポンスが早くなり、いい方向へ動き、いい結果が出ます。職員のやる気を出すためには、風通しの良い職場であることが必要です。そのためには上司と部下が対等に議論できる職場でないといけません。
問 中小企業の経営者は洞察力がありますから、相手を見抜きますね。
前田 そうです。私でもわかるくらいですから、中小企業の経営者の方なら一目で見抜いてしまうと思いますよ。
個性豊かな人や企業を応援したい
問 世界に比べて日本の中小企業は活発な方だと思いますか。
前田 分野によると思います。日本が得意とする、チームに貢献することが重要な製造業などでは活発だと思います。反面、独創力やひらめきが重要な分野では芽が出にくいようですね。急激に大きくなるグーグルやアリババ(中国のIT企業)のような企業は日本では出ないかもしれません。それぞれ、国の文化、民族などによって得意分野が変わって来ます。私は以前、オーストラアに住んでいたのですが、帰国した当時、小学校3年生の娘が「お父さん、大変」と言うのです。勉強が大変なのかと思ったら「日本の学校は、授業中トイレに行ってはいけないの。休み時間に急いで行かなくちゃいけないの」というのです。オーストラリアでは授業中でもトイレに行きたくなったら、許可を取らずに自分ひとりで行くのが普通でしたから、娘はかなり驚いたようです。しかし、日本で教育された人には、トイレは休憩時間に行くということに何の不思議もありません。日本の社会では大人になるまでの間に、共同体意識を教育され、知らず知らずのうちに全体に協調することを刷り込まれています。
問 近頃、ニートや引きこもりなど目立ち、日本の若い人の企業家精神が衰えているように思えます。
前田 景気もあると思いますよ。近頃の景気はどうも曇り空のようで、そういう時は小さい事業はなお成功しにくい。責任を持て事業を起こそうという気持ちが、曇り空の景気しか知らない若い人には起きにくいのかもしれません。アメリカでは学生でもアイデアがあればすぐ事業を起こします。教育や文化的背景が異なるせいもあるでしょうが、もともと日本人は野心が強くないのではないでしょうか。日本の教育では、協調性を求められ、自立心や独立心を教えていません。人と違うことに価値があるということ、つまり独創や非凡を求める感性を教えなければいけません。日本には昔から、額に汗して働く姿が尊いという傾向を根強く持っています。同じ仕事量でも、残業していると、あいつは頑張っていると思われる。早く仕事を終わらせても良い顔はされません。日本のそういう協調性にもいいところはたくさんありますが、これからは個性豊かな人をつくっていかなければ。だからといって、大学生の年齢になってから急に個性を求めても無理がありますね。それまで受けてきた教育も、家族も個性より協調性を尊んでいる気風があるわけですから。中小機構では、個性豊かな人物、ベンチャー企業をインキュベーションセンター設置などで応援しています。
問 民間企業の良い点はどこだと思いますか。
前田 公務員より格段に自由度が高いと思います。公的機関と民間企業はまったく空気が違いますよ。他の人のための仕事や国のための仕事が私は好きなのです。民間企業での経験をこの中小機構に取り入れ、中小企業支援のために活かしていきたいですね。