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【地球再発見】vol.35 日本経済新聞社客員 和田昌親

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

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「5つの拡散」に備えよう

(企業家倶楽部2021年11月号掲載)

 20世紀の終わりごろ、新聞社にいた私は「21世紀を見通す」企画を立案した。何人かの記者でチームをつくり、世界と日本の未来図を描こうというものだ。

 国際関係を担当していた私が選んだテーマは世界を悩ませる 「3つの拡散」だった。核兵器、難民、イスラムの3つである。

 90年前後は「世紀末」の名にふさわしく、東西冷戦が終結する大変革の時期だった。89年に中国で多数の市民が亡くなったとされる天安門事件が起こり、欧州ではベルリンの壁が崩壊、ドイツ統一が実現した。

 99年にはフランス、ドイツなどEU(欧州連合)の大国が単一通貨「ユーロ」を導入、欧州の結束が強まった。2000年はロンドンに駐在していたが、「ミレニアム」を祝う壮大な花火を眺めながら、「良い時代になればいいな」と願ったものだ。

 ところが、21世紀になったとたんに、その願いはあえなく消え去った。2001年、イスラムのテロリスト集団がアメリカの貿易センタービル群に飛行機ごと突っ込む「同時多発テロ」を起こし、日本人を含む2977人の犠牲者を出した。

 「3つの拡散」のひとつがいきなり発生、予測が当たったことよりも、重い衝撃を受けた。唯一絶対神を信仰、独特の教義、習慣で成り立つイスラム教は何をするかわからないと思った。

 イスラム圏には国際社会では通用しない思想を持つ「アルカイダ」や「イスラム国(IS)」のような過激派グループもある。最近アフガニスタンでタリバン政権が復活したが、同時多発テロの「アルカイダ」はタリバン以上のイスラム原理主義だ。

 さらに、21世紀の「拡散」が心配なのは、核兵器と難民だ。核兵器はP5(第二次世界大戦の勝ち組。米英仏ロシア中国)の保有が国際的に認められているが、それ以外にも核兵器を保有あるいは開発疑惑の国があるのはご存知の通り。

 北朝鮮とイランだ。北は長距離弾道ミサイル、巡航ミサイルなどの実験を繰り返しているし、核弾頭はいつでも装着できる。日本が防御するのは無理だ。またインドとパキスタンの核保有も公然の秘密だ。

 3つ目の「拡散」は難民である。20世紀末ごろから、欧州の先進国をめざすアフリカ難民が急増している。

 また、アメリカに移民しようとする貧しい中米国民も絶えない。ハイチもそうだ。「南」から「北」への民族大移動は盛んになる一方だろう。

 さて、ここまで「3つの拡散」と強調してきたが、親しい友人から21世紀は「もっと大きな拡散がある」と言われ、すぐに自分の認識の甘さに気付いた。

 その通りである。目の前に「新型コロナ禍」と「地球温暖化」の2つがあるではないか。それを加えれば「5つの拡散」となる。

 新型コロナは未体験のウイルス感染症である。2年にわたり地球全体に拡散、人類に戦いを挑んでいる。21世紀中には、新型に続き「新・新型ウイルス」など多くの感染症が生まれる可能性もあるし、もっと悪質かもしれない。

 地球温暖化も21世紀の地球的課題のひとつだ。亜熱帯化による世界の水害の多さは尋常ではない。台風も大型化している。日本ではサンマやイカが不漁だという。氷河期の終わりを示唆しているのか。化石燃料はもう止めるしかない。

 「5つの拡散」は確実に来る。世界は「米中冷戦」などと外交ゲームをしている場合ではない。

 「経済大国」の称号を失った日本も最悪の世紀にならないよう武力ではなく、ありったけの知恵の貢献が求められている。

Profile 和田昌親(わだ・まさみ)

東京外国語大学卒、1971年日本経済新聞社入社、サンパウロ、ロンドン、ニューヨーク駐在など国際報道を主に担当、常務取締役を務める。

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