会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2021年11月号掲載)
今「AS自己表現力診断テスト®(PQテスト®)」を使って、多くの方々にテストを受験してもらっています。その中で目が覚めるほど驚き感服したことがあります。それは、本誌でも周知の株式会社ジャパネットたかた創業者、高田明氏の「自己認識の厳しさ」でした。
「『伝えた』と『伝わった』は違う」ということへの気づき
高田社長は、よくご自身の講演で「『伝えた』と『伝わった』は、ちがう問題だ。自分は伝えたつもりでも、相手にそのように伝わったとは限らない」と伝え方の難しさについて、説いておられます。高田社長の場合、「伝えること」はすなわち本業と結びついていますから、このような気づきがシャープなのはある意味当然かもしれません。
しかし、他の様々な経営者の皆様もきっと「今日こそ、会社の経営の危機をしっかりアピールしよう」と思って、社員を集めて話をしたけれど、社員たちの顔つきを見ていると、本当にその危機感が伝わったような気がしない。社長と部下でなくても、社歴が似ていて、やっている仕事が同じ同僚間であっても、片方は「言ったつもり」相手は「いや聞いてない」というやり取りは、常に聞かれるところです。
結局のところ「伝えた」と本人は思っていても、相手の受け止める力(コンぺテンシー)の問題もあって、その通りにメッセージが伝達されたとは限らないのです。その理由をさらに別の視点から見てみましょう。
二つの社会的自己呈示
私たちは、「他の人が自分をどう見ているか」が気になる社会的動物です。そこで周りの人々が見ている自分をある程度コントロールしようという力が働きます。このような「自己表現をある目的でコントロールして発信していくこと」を「自己呈示」と呼びます。ちょっと難しいですが、私の専門のパフォーマンス心理学から自己呈示の定義を正確にお伝えしましょう。
自己呈示とは、「他者の自分に関する認知、あるいは評価を統制するために、自分に関する情報伝達をしようとする意図を伴った行動」。これがよく「印象統制」と呼ばれているものです。何らかの意図があって、自分を実物より大きく見せようと思ったり、小さく見せようと思ったりする傾向が、「社会的自己呈示」です。
これは、二つに大きく分かれます。例えば、相手が自分のやってきた仕事の成功についてよく知っていると思う時、我々は謙虚に自己呈示します。そんなに威張らなくても分かってもらえているからです。そこでさっきの高田社長のように、すでに成功していると認められている人は、自己呈示が謙虚になる傾向が出るわけです。
この反対で、相手は自分の実績をよく知っていないと思うとき、「自己高揚的自己呈示」が起きやすい。「自己高揚的自己呈示」は、簡単に言えば、威張ったり、ほらを吹いたり、自分をより大きく見せる傾向です。これらについては、アメリカではボーメイスターやホッグなど、多くの社会心理学者が論文を発表しています。
ここで、さらに日本人の美意識のバイアスが強くかかります。私たちは「集団保守的バイアス」がかかりやすい民族です。要するに「集団に対して、自分はちゃんと貢献しなければならない。貢献している姿が美しい」と思うバイアスです。
そこでチームが成功したりすると、「自分は本当に自己犠牲を払ってよくやった」と内心思っていても、「成功はみんなの力であって、自分のやったことは微々たるものです」などと言うのです。これが褒められます。人に何かあげるときも「つまらないものですが」などと言います。これが必要以上に自分を低く見せる「自己卑下的自己呈示」です。
「自己高揚的自己呈示」も、「自己卑下的自己呈示」も、度が過ぎるとどちらも困ったものですが、社会で評価されている人の自己呈示が謙虚になることは、紛れもない事実です。
自分への要求レベルが限りなく高くなる
なぜしっかり自己表現できているリーダーたちのテストが、自己評価で点数をつけると低くなるのか。その三つ目の理由は、素晴らしいリーダーになる人は、素晴らしく努力した人が多い。素晴らしく努力するから、素晴らしいリーダーになるのか、素晴らしいリーダーだから、さらに大変努力をするのか。これは常に鶏と卵ですが、素晴らしいリーダーと世の中から認められている人々は限りなく努力を続けていることも事実です。
松下幸之助さんが「自分は小学校しか出ていないから」といって、色々な分野の専門家や、社員の意見を謙虚に聞いたことも知られています。「もっと上の自分になろう」という、自分に対する欲求レベルが高い人がリーダーには多いのです。
長くこの連載を11年間にわたり読んでくださった読者の皆様への最後のプレゼントとして、ここに能の大成者、世阿弥の素敵な言葉をお示ししたいと思います。
「命には終りあり、能には果あるべからず。」(「花鏡」より)「人生、生命には必ず終わりがあります。しかし、自分の実力や学びについては、終わりがない」と言っているのです。生きている限り、学び続ける意欲を持つこと、日本のリーダーには実際にそうしている人たちがたくさんいます。その人達の自己表現力は、本人が決めているようでいて、周りの状況も反映しながら、常に成長しています。したがって自分の自己表現力を厳しく評価しています。そして、より望みが高くなっていくのでしょう。
皆様と何らかの形で再会できることを願っています。
Profile
佐藤綾子(さとう・あやこ)
博士(パフォーマンス心理学)。日大芸術学部教授を経て、ハリウッド大学院大学教授。自己表現研究第一人者。累計4万人のビジネスマン、首相経験者など国会議員のスピーチ指導で定評。「佐藤綾子のパフォーマンス学講座」主宰。『部下のやる気に火をつける33の方法』(日経BP社)など単行本194冊、累計323万部。