会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2010年6月号掲載)
規模の経済の論理だけではうまくいかないM&Aの難しさ。破談に終わったキリンホールディングスとサントリーホールディングスの経営統合交渉は、専門経営者が経営する上場企業と、創業家が実権を握る非上場企業の「企業文化の相違」が如実に表れている。では、企業文化を守り続けただけで経営は安泰であり続けられるだろうか。第5回は「企業文化」をテーマに、サントリーの創業と守成に迫る。
夢と消えた国内食品2強の統合
キリンホールディングスとサントリーホールディングの経営統合交渉は2010年2月8日、両社の統合比率などをめぐり着地点が見つからず破談に終わった。国内食品市場が縮小していく中、海外売上比率を大幅に高めようとする国内食品2強の統合は夢となった。
統合決裂の直後、キリンホールディングスの加藤壹康社長は辞任を表明、3月26 日には三宅占二副社長が新社長に就任した。加藤前社長の就任期間最大の仕事となったサントリーとの統合交渉では、国内食品最大手(キリン)と同2位(サントリー)による、規模の経済の論理だけではうまくいかないM&A(合併・買収)の難しさ、専門経営者(サラリーマン社長)が経営する上場企業と、創業家が実権を握る非上場企業の相違が如実に表れた。
両社は2011年春の経営統合を目指し、09年夏から本格交渉を進めてきた。マスコミ報道が先行し、ややそれに揺すられた感があったが、創業家が株式の9割近くを握るサントリーと、旧三菱財閥系上場会社のキリンでは話が通じない部分が予想以上に多かった。
キリンは統合比率を「キリン1対サントリー約0.5」、サントリーは「キリン1対サントリー約0.9」を主張した。サントリーは、創業家が影響力を保持し続ける姿勢を譲らなかった。キリンは、株式の3分の1を握ろうとするサントリーの主張を受け入れたのでは、新統合会社は同族企業になってしまい、株主に説明ができない、と判断した。
両社の溝が埋まらなかったことを象徴するように、統合交渉決裂後の記者会見は、別々に行われた。
キリンのほうが先に記者会見を行い、加藤社長は、新たな統合会社は上場会社として経営の独立性、透明性をしっかり担保しなくてはならないから、と決裂の理由を述べた。その発言を聞いた佐治信忠社長は、直後に行われた記者会見で不満を露にした。すでに、サントリーは非上場企業でも透明性が高い会社であると認識しており、公開会社になっても、ファミリーカンパニーの長所を生かすつもりだったからだ。「キリンは『今のパブリックカンパニーでいたい』ということだったのかもしれない」と皮肉った。その背景には、111年の歴史に刻まれた創業家と会社の関係性を見てもらえれば一目瞭然だ、という思いがあった。たしかに、同社には、社会と顧客、従業員で利益を分け合う「利益三分主義」の考え方がある。これは、「売り手よし、買い手よし、世間よし」とする近江商人の「三方よし」の精神と似ている。近江商人はファミリーカンパニーの長所を生かしながら、同精神を体現したのだから佐治社長の言い分に確かな論拠はある。
佐治社長の発言を気にしたのか、後に三宅社長はある雑誌とのインタビューで「サントリーの経営が透明じゃないと言っているのではなくて、そのやり方に対する両トップの考え方の溝が埋まらなかった」とフォローしている。
「所有と経営の分離」の賛否
ここで、「ファミリーカンパニー」サントリー創業家の家系を簡単に説明しておこう。(図参照)
サントリーホールディングスの筆頭株主は、創業者一族の資産管理会社「寿不動産」(大阪市北区)で、発行済み株式の約9割(89・33%)を保有している。つまり、一族が売上高1.5兆円企業の所有と経営の両方を押さえているのである。
創業者・鳥井信治郎氏の後継者となったのは長男の故・吉太郎氏。その妻が春子氏。阪急の創業者・小林一三氏の長女である。二男が前社(会)長の故・佐治敬三氏。母方の佐治家へ養子に行ったが、吉太郎氏が若くして亡くなったため2代目社長となり、中興の祖と呼ばれる。その長男が佐治信忠氏である。三男が副会長を務めた鳥井道夫氏で、その息子が副社長の鳥井信吾氏。3代目社長の故・鳥井信一郎氏は鳥井吉太郎・春子夫妻の息子である。孫に当たる鳥井信宏氏はサントリーホールディングスの執行役員を務めている。
サントリーでは鳥井家本家の長男家系と、佐治家へ養子に行った二男家系が交互に社長を継いできた。キリンとの統合は、この世襲制を崩す可能性が大きかった。しかし、サントリーの創業家は、キリンと新たな上場持ち株会社の発行済み株式の3分の1超を握ることにこだわり、創業家が一定の影響力を持ち続けようとした。上場しても、海外資本による買収防衛や、拒否権発動を可能にしようと考えたからだ。一方、キリンは実質的に主導権をサントリーの創業家に握られ、「同族企業」になってしまうことを警戒したのだった。加藤前社長は「所有と経営の分離」の立場から、顧客、株主、新会社の従業員から理解してもらえないと判断した。それに対して、佐治社長は、「所有と経営の分離」が最善であるとする「同族企業性悪説」には賛同できなかったと見られる。
佐治信忠氏は、01年3月に社長に就任した。その直後のインタビューで筆者が「上場はしないのですか」と質問したとき、次のように答えたのを今でも覚えている。
「酒屋(酒造業)ですから。酒屋はほとんど上場していません」と。
実に簡単な答ではあるが、この一言は含蓄に富む言葉である。佐治社長が意味するように、酒屋もすべてパブリックカンパニーになり、所有と経営を分離してしまえば何もかもうまく事が運ぶというのなら、日本の多くの酒造会社は上場しているはずである。サントリーの御膝元で酒屋といえば、「灘五郷」として知られる兵庫県・神戸市東部から西宮市にかけて広がる酒造の産業集積がある。この一帯で上場している企業はない。酒屋はそれぞれの味を大切にする。それと同様、「家」を守り続けている。そして、「家」のプライドが支えとなり「のれん」を傷つけないように努める。
東アジアを見渡すと、他国には「血」のつながりを重んじる企業が多い。ところが、日本は「家」が核になっている。婿養子を迎えて経営を任せるというパターンは日本以外ではめずらしい。サントリーの場合も、佐治家へ養子に出した二男をトップに据えたのは、創業者の直系である鳥井家を温存するためであったと考えられる。
酒屋の「やってみなはれ精神」
こうして家を守り続けることにより、企業に持続性を優先する価値観が定着する。持続することで企業文化が蓄積されるのだ。これは長く続いた国ほど多くの価値ある文化が残されていることに通じる。このような説明は、同族企業の経営者であれば、言われなくても分かっている。また、それが正しい、いや、少なくもまちがってはいないと思っている。ところが、このような理解を正面切って否定されたり、暗に匂わせたりすると、オーナー経営者は、「なぜ、分かってくれないのか」と地団駄踏む。プライベートカンパニーとパブリックカンパニーを比較した場合よくいわれる「企業文化の相違」というものである。
サントリーの元役員はこう話していた。
「サントリーは世襲企業なのに、なぜ、社員が自らアイデアを出し頑張るのですか、と外の人からよく聞かれるのですが、未だに理由が分かりません」
筆者はこれこそ企業文化だと思った。創業者の鳥井信治郎氏が提唱した「やってみなはれ精神」はサントリーの企業文化として有名になった。この精神を、宣伝部社員と作家を掛け持ちしていたユニークなサントリー社員・(故)開高健氏は、次のように表現している。
「細心に細心を重ね、起こり得る一切の事態を想像しておけ。しかし、最後には踏み切れ。賭けろ。賭けるなら大きく賭けろ。賭けたらひるむな。徹底的に食い下がって離すな」
赤字を出し続けても投資し続けて撤退しない。それをもっとも物語っているのが、ビール事業だろう。佐治敬三氏が手がけた同事業は、「万年4位」と揶揄されてきたが08年、サッポロビールを抜いて3位に浮上した。四半期決算ごとに株主からお小言を言われ、すぐに社長の首が飛ぶ、また、そのような仕打ちを恐れているようなサラリーマン社長が続く上場企業なら、「やってみなはれ」でなく「(儲からないビールなど早く)やめなはれ」となるのではないだろうか。
また、CSR(企業の社会的貢献)、環境重視という観点からも、サントリーの長期的視点に立つ経営が注目される。2010年までに(東京)山手線の内側よりも広い全国各地の7000ヘクタールの地に広葉樹を植え、地下水換算でビールや清涼飲料などの生産に必要なすべての水量を確保する計画である。
パナソニックのように、事実上、サラリーマン(専門)経営者が経営の主導権を握った上場企業でも、創業者の経営理念を非常に大切にしている企業があるが、「濃い企業文化」を維持し続けることは簡単なことではない。それだけに、企業文化を希薄化しないことが競争優位の源泉になることも多い。企業文化は社外の人に対して、簡単に説明できるものではないし、説明できなくてもいい。
「関西の人は、なぜ関西弁を話すのか」という問いに答を見出そうとするようなものだ。伊丹敬之・一橋大学名誉教授(東京理科大学大学院教授)の言葉を借りれば、企業文化は、まさに「見えざる資産」である。
競争戦略を語る場合、よく聞かれるのが「競争しないことが最大の競争力である」という論理だ。簡単に説明できるような競争力であれば、すぐ、他者に真似されてしまう。一時だけ株主が評価してくれた経営戦略であったとしても、模倣し易い、参入障壁が低い類であれば、持続的成長は勝ち取れない。
とはいえ、企業文化を守り続けただけで経営は安泰であり続けられるだろうか。それは難しい。企業を取り巻く環境は急速に変化している。変化対応力が高くなくては、企業は生き残れないし、持続的成長などあり得ない。それを前提として、偉大なる非上場の同族企業・サントリーも高い壁を乗り越えなくてはならないステージに来ている。企業規模が大きくなり、グローバルな展開を志向し始めたとき、「酒屋ですから」の論理を通すことが難しくなる。しかし、「酒屋ですから」という思いを捨てて、そうでない企業文化の会社と同じ調をとったとき、見えざる資産の強さを生かせない。両者のせめぎあいの中でベストの経営を追求していくことがサントリーのような企業には求められる。それは、サントリーほど規模は大きくなくとも同じように、「同族」、「世襲」、「規模拡大」、「海進出」などのキーワードが頭をかすめる企業の経営者は少なくないだろう。その意味でも、サントリーの動きを今後もウオッチし続ける意味は大きい。