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【トップに聞く】ジェイアイエヌ代表取締役社長 田中仁

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

メガネ業界のユニクロを目指す

(企業家倶楽部2009年10月号掲載)

薄型レンズメガネが4990円。メガネ店JIN’s GLOBAL STANDARD(ジンズグローバルスタンダード)を全国展開するジェイアイエヌは、業界最安値の価格を発表した。これまでのスリープライスメガネとは一線を画し、高いのが当たり前のメガネ業界に衝撃を与えた。「メガネ業界を楽しくしたい」と他業種とのコラボレーションにも意欲的な田中仁社長にメガネ業界とジェイアイエヌの将来について聞いた。(聞き手は本誌編集長 徳永卓三)

業界最安値の薄型レンズメガネを実現

問 2009年5月に御社のメガネの価格を大幅に引き下げましたね。これは業界最安値でしょうか。

田中 フレーム、レンズ、ケースの3点セットで4990円(税込み)です。これまでオプションとして販売してきた薄型レンズに変更されても、この値段は変わりません。カラーレンズや遠近両用のみ差額がかかります。日本のメガネ業界では最安値になるでしょう。安いメガネ屋でも標準レンズのセットが5000円台。それに薄型などオプションレンズに変更すると、レンズ代がプラス1万円弱になってしまいます。

問 通常1万5000円弱のメガネが4990円と理解して良いのですね。顧客の反応はいかがですか。

田中 価格改定以前に比べると、とても良いですね。ですが、まだお客様に伝える努力が足りていないようで、我々のメガネはこの値段でやりますと言っても信じてもらえないことが多い。メガネ屋でメガネを作ると必ず高くなってしまうと、これまで強力に刷り込まれているんですね。

問 メガネの平均価格はいくらなのでしょうか。

田中 平均単価は2万8000円です。スリープライスメガネのメガネ屋で、薄型などのオプションレンズを購入すると、標準5000円のメガネが1万5000円近くになります。

問 スリープライスメガネについて教えてください。

田中 5000円、7000円、9000円の3つの価格のメガネを売るお店です。標準レンズがセットですが、薄型などのオプションレンズをおすすめしています。すると、高い人では2万円以上になってしまう場合もあるんですね。いくら標準セットの価格が安くても、絶対価格ではないので、最終的に高価な買い物になってしまいます。我々が参入した2001年当時、スリープライスメガネはお客様に圧倒的支持をいただいていました。それがここ数年、既存店の業績が割り込んできてしまい、逆に絶対価格は高いが全品1万8900円の眼鏡市場がどんどん伸びてきました。安い価格でお客様を呼び込み、レンズなどオプション価格で後出しじゃんけんのような金額になってしまうスリープライスメガネにお客様の支持がなくなっているのは明らかでした。

ファーストリテイリングの柳井正会長からアドバイスをもらう

問 それでこの価格を実現したのですね。どうやってこの破格値を実現できたのでしょうか。

田中 我々としてもかなり高いハードルでした。スリープライスメガネにお客様の支持がないことを実感し、改善しなければならないと08年秋に強く思いました。クリスマスイヴに、知人の紹介でファーストリテイリングの柳井正会長兼社長に面談が叶い、柳井会長に「御社の事業価値は何ですか」と問われたのです。これまでは「メガネを着替える」、「メガネはファッション」と言っていたんですが、いまひとつ曖昧でフワフワしたものでした。価格でもないしデザインでもないじゃないか。柳井会長に指摘されて、一念発起しました。

 年明け早々に役員全員で合宿をして我々の事業価値を定義しました。

「私達はメガネをかけるすべての人に、機能的に良く見える、ファッションとして良く見せるメガネを、史上最低最適価格で、継続的に新しいものを提供していく」ことと決めました。この事業価値を具現化するためにはお客様が支払うことになる絶対価格を安くすることが必要です。この価格を実現するために必要なのはコスト削減。レンズ、フレームのコストを下げ、紙袋などの消耗品のコストも下げる。そして店舗オペレーションの改善などに努めました。

問 新年早々の合宿から、価格改定の発表まで約4カ月。短期間でよくできましたね。

田中 昨年から危機感を持っていたので、下準備を少ししていました。フレームは中国やベトナムの工場で作っていたのですが、10以上あった契約工場を4程度に集約し、一つの工場での注文量を増やしてコストを下げてもらいました。生産能力があり、高品質で、コストを下げてくれる工場であることが選択基準です。レンズメーカーも以前の3分の1に集約してギリギリの交渉をしました。

問 相当値段を下げられたのではないでしょうか。年間どのくらいの本数を販売していらっしゃいますか。

田中 現在100万本の販売実績があります。メガネ業界トップの企業の販売本数が約200万本です。価格改定をしたことによって我々の販売本数は1位の200万本に迫る勢いになるでしょう。SPA(製造小売業=商品企画から販売まで一貫して手がける)では、我々はトップクラスだと思います。その実績があるからこそ実現できた価格でした。

問 その後、柳井会長から激励の言葉はありましたか。

田中 直接はないですが、年明けのあるベンチャー団体の勉強会で柳井会長のお話を聞いてまた強く刺激を受けて、改善に拍車がかかりました。勉強会から帰宅して、妻に夜食のカレーうどんを作ってもらって食べたのですが、食べてる最中になぜか涙がボロボロ出たんです。最初にお会いした日も、なぜか体がだるくて、家族に「今日はどうしたの?」と心配されたほどです。翌日まで体調が優れなくてスタッフにも心配されました。

問 ボロボロ泣いてしまった時はどんな心境でしたか。

田中 なんで泣いたのか自分でもわかりません。あの時、柳井会長は「会社を大切にしないものは会社からも大切にされない。家庭を大切にしないものは家庭からも大切にされない」と仰ったんですね。自分は家庭を大切にしているかなって思ったのかもしれません。そこにカレーうどんの温かさが沁みたのかもしれないですね。

問 田中社長に強い感受性があったということでしょうか。

田中 答えを求めていたからでしょうね。上場した頃、柳井会長やソフトバンクの孫正義社長などの本をたくさん読みました。でも上場したての頃は自分に自信があって、本を読んでも、素晴らしい経営者がいるなと感心して終わってしまうんです。でも自分のビジネスがうまくいかなくなって、本を読み返してみたら驚きました。求めていた答えがすべて書いてあったんです。受け手の気持ちひとつでこんなにも変わるんですね。

問 年末年始に劇的なできごとが続いたようですね。この破格値を実現したことで同業他社の反応が激しかったようですが。

田中 同業他社にしてみれば、余計なことをしてくれたと苦々しく思っているでしょう。大手企業がメーカーに圧力をかける、なんてこともありましたが、応援してくれるメーカーも多いので頑張れます。孫社長も、エイチ・アイ・エスの澤田秀雄会長も、消費者の立場に立って既存勢力と激しく戦ってきましたよね。我々のメガネの価格と品質をもっとお客様に知ってもらえれば、必ず支持を得られるでしょう。実際、来店者数が倍になった店舗もあります。購入されたお客様は「これじゃ他のメガネ屋さん潰れちゃうんじゃないの」とビックリされますね。

問 株価には影響がありましたか。

田中 一時期は1株39円まで下がってしまいました。柳井会長にお会いした時は50円いくかいかないかの時で、「この株価は御社に将来性がないと思われているってことですよ」と言われました。

問 それは厳しいですね。でも愛情があるからこそ言える言葉ですね。

田中 忌憚のない意見を言って下さるので有難かったですね。価格改定を行ってから、メディアに取り上げられることも増えまして、日本経済新聞に一面広告を出した時は、今年最高値を更新してストップ高の時でしたので、相乗効果がありました。損をさせてしまった方がいるので、頑張って株価(当時120円台)をもっと上げたいと思っています。

坂本龍一や著名な建築家らとのコラボレーション

問 現在のメガネ市場の状況を教えてください。

田中 メガネの市場は縮小が進んでいます。我々の参入した2001年には6200億円あったのですが、昨年度は4200億円、今年度は4000億円切ると見られています。原因は我々もそうですが、単価の下落と、不景気による買い控えでした。メガネも車と同じだと思うんですよ。メガネが耐久消費財と言えるかどうかはわかりませんが、これまでのメガネは高すぎました。1万円以下でメガネを買えるようになれば、ライフスタイルにもっと組み込めると思います。

問 御社ではライフスタイルにどんなメガネの提案をしていらっしゃいますか。

田中 まだこれからの段階ですが、ドライブやスポーツなどのTPOやライフスタイルにあった機能性、それとァッション性、その切り口でメガネを提案していきたいと思っています。

問 確かにメガネひとつで人物の印象はガラリと変わりますね。坂本龍一さんとコラボレーションされましたが、坂本さんとの関係を教えてください。

田中 ある方の紹介で坂本龍一さんと出会いました。森林保全・植林活動をしている社団法人more treesの代表が坂本さんなんです。ジェイアイエヌではmore treesとのコラボ企画商品を坂本さんにセレクトしていただいて販売しています。この商品の売り上げの一部をmore treesに寄付しています。互いに利益を追求するのではなく、more treesの活動を盛り上げることを目的に、坂本さんと協力しあっています。

問 坂本龍一さんは世界的なアーティストですから、坂本さんデザインのメガネなどの予定もあるのでしょうか。

田中 これから企画したいと思っています。つい先日、東京の表参道で展示会を行ったのですが、著名な建築家11人がデザインしたコラボレーションメガネを発表しました。私は建築が好きで、店舗の内装にも建築家を起用しています。また、大きな建物を設計する建築家が、小さなメガネをデザインしたらどんなものができるだろうと興味があったのです。ルイ・ヴィトン表参道店を手がけた青木淳さんや、サントリー美術館を手掛けた隈研吾さんなど一流の建築家に参加してもらうことができました。まったく違う業界の一流といわれる人たちの発想やアイデアを、メガネというメディアを通して発表してもらえたら、メガネ業界がもっと楽しいものになると思いました。メガネを使わない人や、興味のない人にも見てもらえるようなメガネ業界にしたいです。

問 今後の出店計画を教えてください。

田中 2~3年のうちに100店舗(現在64店)、10年後には300店舗にしたいですね。海外も視野に入れています。中国のマーケットも期待できますし、我々の価格なら欧米でも勝負できます。メガネ業界は遅れています。洋服ではGAPやH&Mなど、世界に冠たるSPAがたくさんあるのに、メガネ業界にはありません。イタリアにルクソティカという世界最大のメガネメーカーがありますが、ここはレイバンやアルマーニなどのライセンスブランドを作っていて、SPAとはちょっと違います。我々がメガネ業界で初めてのSPAとして世界に出たいと思っているんです。メガネ業界のユニクロになりたいですね。柳井会長に1000億円目指して頑張ってくださいと言われました。

問 そのためには何が課題ですか。

田中 人材ですね。自分の成長と会社の成長をリンクして考えられるような人に来て欲しい。仕事って面白い。その仕事の面白さを理解して、一緒にこの会社を大きくして、自分の夢を実現できる、そんな人がたくさんほしいですね。

P r o f i l e

田中 仁(たなか・ひとし)

1963年生まれ。1981年前橋信用金庫(現ぐんま信用金庫)入庫。スタジオクリップを経て1987年、服飾雑貨製造卸のジンプロダクツを創業。1988年、有限会社ジェイアイエヌを設立(2001年、株式会社に改組)メガネなどのアイウエアを扱う「ジンズグローバルスタンダード」や、カフェを併設する「ジンズガーデンスクエア」、服飾雑貨の「クール・ドゥ・クルール」などのショップを全国展開。

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