会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2011年12月号掲載)
コンピュータ技術は加速度的な勢いで進化を遂げ、従来は個人で出来なかったことも次々と可能になっています。今後、ますます個人の力が強くなっていく中で、どのようにサービスを生み出し、アドバンテージを取っていくのか。その秘訣を語っていただきました。
「ムーアの法則」は今後も続く
現在IT技術によって可能となっていることの大部分は、私たちコンピュータサイエンスを学んできた人間からすれば予想の範囲内です。「ムーアの法則」によると、コンピュータの処理速度は18?24カ月で2倍になります。1997年から2010年にかけて、同じ値段のCPU(中央演算装置)は175倍に速度が上がりました。これを言い換えれば、175台のサーバが行っていた仕事を1台のサーバで処理可能になったということです。現時点で基礎技術が開発されていますから、この先10年間もこの法則は続くでしょう。すると、10年後には同じコストで約100倍の処理能力を手に入れられるはずです。
あとは、処理速度100倍の世界を見極め、10年後に焦点に当てて起業する人々がいるかどうかです。現在は、「今」必要なものを作ろうとしているベンチャー企業が多すぎます。そうした企業はスピードだけが差別化になりますから、運に頼らざるを得ず、勝ち残れる可能性も低いでしょう。しかし、今後10年にわたって、現在理論化しかされていない技術が次々と実装されていく中で、10年後の世界を考えて取り組めば、今からでも全く遅くはありません。
優秀な個人が強くなる時代
私たちは社内で20代のボランティアスタッフを募り、あえて当社の強みであるインフラを一切使わず、一般のサービスのみを組み合わせてインターネット放送を手掛けるとどうなるか、という実験を行いました。この実験は、クラウドコンピューティングを使う優秀な個人に対して企業は勝てるのかを確かめる目的がありました。外部の安価で良質なソフトやサービスを知っている個人の方が、ある面では企業より強いのではないかという発想で行ったこの実験結果は、見事なものでした。彼らは、USTREAMの同時間帯における同時接続数で世界一を獲ったのです。
従来は、自分が研究してきた成果を元に起業したいと思っても、個人ではサーバも借りられませんし、コンピュータパワーも不足していましたが、現在はほとんど経費をかけずに全て賄えます。仕事を「やらされている」社員の集まる企業は、今まで会社の慣習や規則に縛られていた優秀な個人に勝てる理由が無くなってきたのです。競合は誰かをよく考えなければならない時代となりました。
オープンマインドを基調とする インターネット=カルチャー
インターネットの面白いところは、相互信頼に基づき、特定の組織が全体を管理していないところです。ある小さなルールだけ守ればいいというのが、インターネットのカルチャーとなっていて、その上にできたサービスもそうした特徴を受け継いでいます。 ルールが固くないことで汎用性が出てきますし、ネットワーク同士が繋がります。ネットワークの価値は、その二乗に比例しますので、繋がる人が増えるとネットワーク自体の価値も等比的に拡大します。
また、ソフトやOSの仕様は全て情報公開されます。そうしたオープンマインドを基調とする考え方を既成事実として分かっているかどうかは、インターネットを理解する上で重要です。
もちろん、オープンな上には差別化があります。アップル社の使っているMacOSも実はFreeBSDという無料OSが元となっています。それが現在のiOS(iPhoneのOS)に繋がっていますので、彼らはうまくオープンOSの上に差別化のポイントを作っているのです。
アンドロイド携帯とiPhoneの戦いが報じられ、iPhoneが先行したものの、アンドロイドの方に可能性があると話されています。確かにアンドロイドはオープンで、アプリを作り込むなど様々なことが可能です。しかし、どのメーカーも自社製品の欠陥を認めず、言い訳できてしまうため、良質なアンドロイド製品はありません。最終商材を作る時に僅かでも言い訳があると、良質な商品はできないのです。
私たちもサービスを作った際、エンジニアとして技術的な説明をしますが、ユーザーにとっては全く関係ありません。どんな簡素な技術に裏打ちされようと、使いやすい方が良質と言えますので、どれだけユーザー視点で作れるかが重要です。
現状として、今の時点で利益を出しているのはiPhone側です。アップル社、そしてiPhoneのアプリベンダーが儲かっています。携帯メーカーやキャリアはアンドロイドに期待を寄せていますが、まだ産業と呼ぶには至っていないのが現状でしょう。
良い製品を生み出す秘訣
先日、アップル社の元CEOスティーブ=ジョブズ氏が亡くなられました。ご冥福をお祈り致します。アップル製品が強かったのは、他でもなく彼が「Yes」と言わないと商品を世に出せなかったからです。言わば、一番厳しいユーザーが社内にいて、どんな細かい点も見逃すことが無かったのです。
IDEOという、昔アップル社のデザインにも携わっていた有名なデザインコンサルタント会社があります。そこでよく言われるのが「Fine isnothing」という言葉です。ユーザーに評価を求めても、ほとんど「Fine」しか言いません。しかし、ユーザーは評論家ではありませんから、「良かったよ」という言葉からは何も生まれないのです。
だからIDEOは、ユーザーのマーケティング調査をせず、「Deep Dive(深く潜る)」、すなわち市場を見に行くという方法を採ります。商品が使われる現場に赴き、顧客がどのように使っているかをひたすら観察するのです。ユーザーの語る言葉ではなく、実際に使っている姿からフィードバックを得ます。
良い商品を生み出す秘訣として、大きく分けて「ジョブズ氏のような素晴らしい眼の持ち主がいる」「IDEOのような商品を見るプロセスを持っている」「実際マーケットに投入し、フィードバックを得る」という3つの方法があると思いますが、いずれにせよマーケットからの声を把握してうまく生かすことのできる人間は必要です。
「様々な声を分析した結果、何%がこうでした」という話に終始しても、今の日本製品のように腑抜けたものしか出て来ません。ジョブズ氏もよく言っていました。なぜモーターショーに行くと素晴らしいデザインの車があるのに、それが数年後に発売された時はありふれたデザインになっているのか。マーケットから出る様々な意見を全て吸い上げ、開発門や製造部門と妥協を繰り返した結果、真新しいものなどできるわけがありません。ジョブズ氏がカリスマ的だった点は、自分の眼で見て良いと思った商品を「何が何でもこの形で出せ」と言ったところです。それが圧倒的な強さに繋がりました。
トップはユーザー志向でなくてはなりません。トップがそこまで目を配るのは会社が弱いからだとする考え方がありましたが、たった数品目で年間1兆円以上稼ぎ出すことで、そうした見解を見事にジョブズ氏が覆しました。事実、技術力も生産力もアップル社よりソニーの方が上手だったことは確かです。しかし、マーケットや各部門からのフィードバックを最終的に統括する過程で、様々な声が混じり過ぎました。
このように、ユーザーの声を聞くためのしっかりした仕組み、そして、フィードバックに対する確固たる意思決定者(リーダー)の存在は、良質な製品を生み出す上で不可欠なのです。

PROFILE
石田宏樹(いしだ あつき) 1972年佐賀県生まれ。98 年3月慶應義塾大学総合政策学部卒。在学中に、有限会社リセットを設立、取締役に就任。同年10月、三菱電機株式会社よりISP立ち上げの依頼を受け、株式会社ドリーム・トレイン・インターネット( DTI)設立に参画、99年4月には同社最高戦略責任者に就任し「顧客満足度No.1プロバイダー」に育て上げた。2000年5月、株式会社フリービット・ドットコム(現フリービット株式会社)を設立。2007年10月、DTI を買収、2008 年9月に完全子会社化した。2007年3月20日東証マザーズ上場。第11回企業家賞受賞。