会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2012年6月号掲載)
前回までは、インターネットが私たちの生活にどのように浸透し、またこれからどのように影響を及ぼしていくのか、その遍歴を辿りました。今回は少し視点を変え、インターネットがもたらしたグローバル化について言及したいと思います。また、それを踏まえた上で、弊社の試みも紹介しつつ、インターネット企業の「あるべき論」を展開していきます。
「グローバル化は、好きであろうとなかろうと進んでいく」
この刺激的な言葉は、2009年のAsiaInnovation Forum(AIF)で、緒方貞子さんがおっしゃった言葉です。
グローバル化とは、旧来の国家や地域といった枠組みを越えて、世界中の文化的、経済的な連携が、地球規模に広がっていく現象です。そして、昨今の日本におけるグローバル化をめぐる議論の中には、グローバル化への反対も少なくありません。
しかし俯瞰してみれば、そもそも人類史とは、そのはじまりからずっとグローバル化の歴史であり、これが逆行したことはほとんどないのです。 楽天やユニクロの社内公用語の英語化を受けて、国内ではそれを批判する声もありますが、このグローバル化の現実は、世界の英語化としてはっきりと見えています。
例えば、2005年11月の朝日新聞では、仕事で英語を使う人は、使わない人に比べ、女性で40%、男性で18%年収が高いことが紹介されています。もちろん、年収は英語力だけできまるわけではなく、基礎能力の高さや、努力する習慣の有無など、色々な要因が背景にあるでしょう。ただ、雇用する側が英語力に付加価値を感じて、そこにプレミアムを支払っているという現実は動きません。
インターネット以前、世界には沢山のネットワーク・プロトコルがありました。その中で、TCP/IPというプロトコルを使うインターネットが、世界中のコンピューターを繋ぎ、組織や国家までも越える人類最大の「仕組み」を動かすに至りました。世界標準を決めたわけでなく、便利さが自然に伝わり、デファクトスタンダードとなったわけです。
インターネットのTCP/IPのように、英語もまた、人と人を繋ぐ「プロトコル」として世界のデファクトスタンダードなのです。これから「インターネット×英語」という図式を離れると、相当不利な条件での戦いを強いられる社会になっていきます。
インターネットがグローバル化を加速させる
インターネットには、相互信頼に基づき、最低限のルール(プロトコル)を皆が守ることで、全体を特定の組織が管理しないという、オープンマインドなカルチャーがあります。ルールが固くないことで、異なる文化的背景を持つ人々も自由に使うことができ、様々なネットワークが相互につながりあう機会を提供しています。ネットワークの価値はその二乗に比例しますので、インターネットにつながる人が増えるほどに、その価値は等比的に高まっていきます。
近年、その発展が著しい「自動翻訳機」が完成すれば、グローバル化はさらに加速するでしょう。ただし、自動翻訳機の完成は、先進国に暮らす人、すなわち日本人にとっては、バラ色の未来ではなく、厳しい未来です。なぜならそれは、低賃金な国家に暮らす人々が「日本語」を話し始めるということであり、それは平均賃金の極端に高い日本から、多くの仕事が奪われるということを意味するからです。
経済学の世界では、こうした言葉の違いのような障壁のない市場においては、一つのモノやサービスには、一つの価格しかつかないことが知られています(=一物一価の法則)。これを人材にあてはめれば、グローバル化が進んだ世界では、同じスキルを持った人は、世界のどこにいても、同じ給与になる(=同一スキル同一賃金)ということです。これを怖いと思うか、チャンスと思うかで、人材の価値は変わってくるでしょう。
ソニーの遺伝子が教えてくれた「あるべき姿」
インターネットの発展を支えているのは、企業であり、また個人です。グーグルやフェイスブックが個人によって数年で立ち上げられたように、インターネットビジネスの世界では、個人の力は、ときに企業の力を簡単に凌駕してしまいます。
今から少し前の2005年、当時の日本は、私と同年代の起業家たち、いわば「同期」のような経営者たちが、インターネットの力を使って、ベンチャー企業を次々と立ち上げていました。そうした企業のいくつかは、時価総額をレバレッジさせて、いわゆる、優良なオールドエコノミー企業を華々しく買収し、規模だけでなく優良な事業内容を急拡大させていました。
私たちフリービットは「インターネット自体のインフラ」をビジネスとしていますので、広告を収益の中心とした大多数のIT企業とは異なり、ビジネスの立ち上げに時間がかかってしまいます。
具体的には、フリービットは「先のインターネット世界」を見据えて、インターネット普及のボトルネックを解消する技術を開発し、地道に特許を取得しています。例えば、ダイヤルアップ接続では電話料だけで無料で接続できる技術、ブロードバンド接続では、利便性をかえずに利用帯域を30%程削減する技術、次世代インターネットでは、既存ネットワークに手を加えずに仮想的にIPv6を利用可能にする技術などです。そして、これらの特許技術でエンドユーザー向けの最終サービスを作るのではなく、最終サービスを作る部品(API)を開発して、この部品を、エンドユーザー向けに商品を開発する企業に貸し出す、B to B to Cというビジネスモデルなのです。グーグルのAPIで様々なサービスが生み出されるのと同様に、ソニー、オムロン、松下電器などの家電メーカーや、300社ほどのISPが、フリービットが開発したAPIを利用してサービスを提供しています。
私はこのように、じっくりと技術と事業構造を強化するような経営をしてきました。しかし、お恥ずかしいことですが、2005年ごろの私は、共にインターネットの第一世代を前に進めてきた「同期」(第一世代:プロバイダを作った人、第二世代:三木谷さん、藤田さん、堀江さん、第三世代:Web2.0系、ソーシャルネットワークと考えると、私は第一世代と第三世代に当たる)たちが、次々とオールドエコノミー企業を買収するのを横目にして、自らもそうした買収レースに参加するべきか、迷っていたのです。
そんなときに、私のメンターであり、今はフリービットの社外取締役としてもご活躍いただいている出井伸之氏(当時ソニー会長)より頂戴したのが「企業とは、価値を創造するもの」という言葉でした。出井氏は、続けて、「今のITベンチャーの企業買収は、自分から見ると単なる“価値の移動”のように見える。フリービット はITにおいて数少ない価値を創造する企業だと思っている。だから自分が応援している。焦る必要はない」とおっしゃってくれたのでした。まさに、目の前に青空が広がった瞬間でした。
あらゆるものの変化が激しいときだからこそ、経営者が決断を下すときの論拠となるものが見つかりにくい時代になっています。そんな今だからこそ、私に「通信」の技術分野で起業することをすすめてくれた盛田昭夫氏(ソニー創業者)の次の言葉が、非常に大切なのだと思います。
「本質を見失ってはいけない。見失うと、いつでも“改革”という美名のもとに大切な本質が失われる。変えるべきは変え、変えないべきは変えない」

PROFILE
石田宏樹(いしだ あつき) 1972年佐賀県生まれ。98 年3月慶應義塾大学総合政策学部卒。在学中に、有限会社リセットを設立、取締役に就任。同年10月、三菱電機株式会社よりISP立ち上げの依頼を受け、株式会社ドリーム・トレイン・インターネット( DTI)設立に参画、99年4月には同社最高戦略責任者に就任し「顧客満足度No.1プロバイダー」に育て上げた。2000年5月、株式会社フリービット・ドットコム(現フリービット株式会社)を設立。2007年10月、DTI を買収、2008 年9月に完全子会社化した。2007年3月20日東証マザーズ上場。第11回企業家賞受賞。