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Vol.20【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代 表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

想定外の大震災時こそベンチャー起業家精神を

(企業家倶楽部2011年6月号掲載)

三月十一日 東日本大震災

 午後14時46分、私はその瞬間、中国人の若い旅行客に囲まれて、大崎駅に停車中の山手線の電車の中にいた。突然、誰かが電車に乗ってきてふざけているのか、と不愉快になった瞬間、周囲の人々が「地震だ!」と叫んだ。上下左右に揺さぶられて、これは大規模な地震だと思った。きっとビルも倒壊しているに違いない、と思ったが、後から考えると電車のクッションのバネが地震の振幅を余計に大きくしたらしかった。

 三時間は復旧する見込みがありませんという放送に電車を諦めて、大崎駅改札に向かった。そこのテレビで物凄い津波が実況中継されていた。皆呆然としている時に、二度目の大きな地震が来た。そこから原発の事故につながり、ここまで死者行方不明者が増加するとは思いもよらなかった。ただ、テレビで見た津波が私の知らない古い記憶を呼び覚ますように怖く、ただただ呆然とした。

南海大地震の津波で死んだ祖父

 私にとって津波が怖いのには理由がある。1946年12月21日午前4時19分早朝に起こった南海大地震の直後に浅川(徳島県)を襲った津波によって、私の祖父大澤甚平は命を落とした。未亡人となったキクノは苦労して私の母美歩子(当時11歳)を育て、私はその孫である。夫を亡くした祖母、そして父を亡くした母の当時の気持ちは想像するに余りある。

 母は結婚し、私を生んだ。そして私が高校を卒業し、母は私が浪人して慶応大学経済学部に合格したとJR四ツ谷駅前の公衆電話から電話した時、「有難う、有難う」と何度も言って電話の向こうで泣いていた。当時、そんなに喜んでもらえるとは思ってもみなかったので、泣く事は無いだろうとやや意外な感じがしたが、今から思えば、母の若い頃は津波で父を亡くして苦労して大変だったのだろうと思う。

 突然親を亡くす、という事がどんなことか、母の子でありながら今まで私にはピンとこなかったが、今回の震災報道で泣き叫ぶ小学生の女の子のテレビを見て、私は呆然としてしまった。当時小学生だった母の姿をまざまざと想像したからだ。だから正直言うと、今回の津波には、私自身が被災体験したような心理的な衝撃を覚える。私自身もう一度、生まれ直しを迫られているように感じるのだ。

福島県・茨城県の産婦人科に水を送るベンチャー

 我々のNTVPファンドで創業投資をし、役員をしている会社に、2006年設立のウォーターダイレクト(伊久間努社長)という水の宅配便ベンチャーがある。特徴は次の通り。

 ①山梨県富士吉田の井戸203メートルから汲み上 げた天然水で、放射能など雨の汚染の影響を受けない、安全安心な水である。

 ②軟水(硬度25㎎/l)で、乳児が安心して飲める。

 ③四国化工機(世界第二位の無菌充てん装置メーカー) のプラントで、水を日本で一番衛生的に充てんしており、安心である。
 ④従来の水宅配法と異なり、ワンウェイで、大型12Lペットボトルを使い捨て出来るので、顧客は空きボトルを保管しなくてよく、衛生的で扱いやすい。

 ⑤会社としては、使用済みボトルを再利用しないので、洗剤を使う洗浄工程や、洗剤を流す浄水場投資がいらず、かつ衛生的である。

 ⑥配送が一般の宅配業者に任されているため、規模を拡大しても、 急に配達数が増えても、混乱が生じない。顧客にとっては、宅配便業者が玄関先まで届けてくれて便利である。

 以上の特徴が、今回の大震災にも如何なく発揮され、水の配達を切らすことなく、災害時にも安定供給を実現し、新規顧客にも水を即納出来た。

 この津波と原発放射能問題の非常時に、私がふと思ったのが、被災地支援を行っている東京大学医学部の上(かみ)昌広先生への「被災地への安全な水配送」の相談である。さっそく、ウォーターダイレクトの支援活動を、産婦人科への水配送の案件につないで下さり、今回の福島茨城両県の産婦人科への安全な水支援が実現した。

 送付先の福島県と茨城県の産婦人科は、103か所にのぼる。産婦人科には衛生的な水がたくさん必要だ。何より、生まれてくる赤ちゃんとママに安心してもらえる支援が実現してうれしい。

被災地病院に空気清浄機を送るベンチャー

 様々な経緯から応援している会社に、横浜のカンキョー(田才昭二社長)という除湿機や空気清浄機を開発・製造販売している会社がある。被災地の病院の要請で、避難所の空気をきれいにする空気清浄機を支援で送った。また、外気の汚染など室内で洗濯物を干さなければならない状況で、除湿機が着実に売れているようだ。

 その他、大震災の中で様々なベンチャーが活動している。ある時は特需という形で、ビジネスに結びつく場合もあれば、寄付や無償支援という形をとる場合もある。いろいろな形があってよく、それぞれの状況においてベストを尽くせばよいのだろうと思う。また、こういう特別な状況に陥った起業家や経営者が、どんな行動をとるか、人の姿が、そこにはっきり見えてくる瞬間でもあるだろう。

 私が過去に担当したタンクコンテナの日本コンセプト(松元孝義社長)のトレーラーで移動可能な液体コンテナなどは、ガソリンも放射性物質も輸送出来、そのまま鉛を貼って地中に埋めることもできるので、貢献が期待される。

 ベンチャーキャピタルは投資先が寄付や無償支援をすると財務的に痛むと考えるところもあるだろうが、人生観をしっかり持って投資しているベンチャーキャピタルはそんな風には考えない。やはり投資先企業も社会あっての事業であり、業績であるので、ふさわしい支援をすべきだと思う。

震災に遭った首相や経営者に同情は無用

 東電と政府にその対応の遅さが指摘されている。今回の大震災と津波が、各都道府県や政府、および東京電力にとって、想定外の規模であったことは間違いない。そういう意味において首相、そして社長や知事その他如何なる組織のリーダーこそ想定外の災害に見舞われたわけで、被害者と言いたくなるかも知れない。なぜなら計画が想定していた以上の災害に襲われたわけだから、自分の責任ではないと言いたいところだが、しかしそれは間違いだ。

 そもそも組織の計画とは何だろうか。「環境を想定」して、商品を顧客に届ける事業を企画し、財務予測することであろう。ただし企業経営者の責任は、そもそも事業計画の達成ではなく、事業目標の達成である。つまり、定款に株主総会において規定された事業目的に沿って、取締役会において方向付けされた事業の実現である。その管理道具として事業計画が、毎月その達成度を比較しながら使われているだけである。事業計画は道具なので、「環境を想定」しないとシミュレーションできないため、必ず事業計画立案の前提を想定する。

 通常大きな変化がなければ事業計画が想定した枠の中で経営が可能である。毎月の取締役会で、計画を月次に落とし込んだ予算を達成できたかどうか実績とぶつけ合わせて、前年対比をしながら会議にかけていければ自ずと課題が明らかになり、経営者は予算統制の議長として各役員に議論させ、課題を解決していけばよい。経営者にとって経営はそんなに難しい事ではない、と思える平和な時間が機械的に過ぎてゆくのかもしれない。

 ところが、激動の経済社会において、事前に人間様が想定した枠の中で経営が収まるわけがない。想定外の事を経営する事が出来るから、企業の経営者であり国のリーダーなのである。つまり、計画想定外の事が起こったからと言って、そのことを理由に経営者やリーダーに同情する必要はないのである。

計画と組織化システム化が大失敗のもと

 それどころか、大震災など想定外の事が起きた時、想定内の計画で構築してきた勘違いリーダーを守って来た堅牢な組織が、臨機応変な創造的事態への対応の妨げになる。つまり、彼らが出世の盾に取って来た業務分掌、職務権限、就業規則という組織上の制約である。想定に基づいて作られた規律を守る日頃の訓練が、想定外の事態で組織人を金縛りにする。ヘリコプターから飢えて苦しんでいる被災者に積んだ食料を下せず、あらゆる規則が、極めて常識的な非常時にすべき行動を金縛りにする。伝えるべき情報、すべき判断、すべき行動が、すべてPDCAの「計画変更待ち」状態でストップし、誰の権限か、という事ばかりが意識される。「私の責任ではない」「私がすべき事でない」と組織の皆が考え、単純な良識的な解決が出来なくなって初動が遅れ、多くの出さなくて良い犠牲者を出してしまう。

 業務システムの自動化、IT化も、今回の大震災でその弱さを露呈した。まず、停電になるとコンピュータで制御されたシステムが動かないばかりか、通信もダウンすると連絡も取れず、ダブルパンチで全く業務がストップしてしまう。問題の本質は、単なる物理的な問題だけではない。

 どこの会社でも進化の過程で、事業の拡大とともに組織が大きく複雑になり、ITを活用した業務のシステム化を図るようになる。ところがシステム化が一見合理的なようで怖いのは、システム化が計画に基づいてなされるためである。計画は想定外の事が起こると機能不全に陥る為、システムも想定外の事態では対応不全に陥る。システム化に慣れてしまって事業の本質と向き合っていない、楽をしている勘違い経営者は、突然、想定外の事態において無能化してしまう。そして言い訳をはじめるのだ。

 だから、企業は組織を整備し、計画に基づいて業務をコンピュータシステム化する時、起業家は、そこに限界があることをよく知っていなければならない。そして、事態が急を告げた時に慌てないため、変化に柔軟に対応できるシステムを常々意識した組織構築をしておかねばならない。

相定外の時こそ仮組み起業家精神

 そもそも起業家はゼロから会社を始めている。だから、経済社会が想定した計画通りに経営できるなどと考えてはいない。資金は集まらず、仕入はままならず、加工しても思い通りに製品が出来ず、顧客への販売は失敗だらけである。その生みの苦しみを経営するすべを、経験的に起業家はもっている。起業家は、想定外の時こそ、誰も助けてくれず、入院などしていられないことを知っている。

 起業家に求められることは、状況が変化しているにもかかわらず計画通りの経営を行って、責任を最小にする事ではない。事態を観察し、目標に基いて、全体の問題を解決する事である。まさに、想定外の事態が生じた今回の東日本大震災の状況を、どう問題を解いてゆけばよいか、考え、体制を仮組みし、実行し続ける作業に、起業家精神は必要である。

 つまり、起業家精神はベンチャーの起業にだけ必要な精神ではない。人生では誰でも、想定内の組織的意思決定と、想定外の臨機応変の対応両方が求められる。自分は組織の一員で起業家のような危ない人生とは関係ないと思っていた人は考え直すべきだ。起業家精神は、実は社会が、すべての人が、常に、繰り返し、繰り返し学び直さねばならない創造的人生論に直結する重要な精神なのである。


著者略歴

日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合 代表 村口和孝 《むらぐち かずたか》

1958年徳島生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。84年現ジャフコ入社。98年独立し、日本初の投資事業有限責任組合を設立。07年慶應義塾大学大学院経営管理研究科非常勤講師。社会貢献活動で青少年起業体験プログラムを品川女子学院等で実施。

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