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Vol.25【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代 表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

大震災一年、起業家精神を今!「親子の絆」大切さ世界に

(企業家倶楽部2012年4月号掲載)


ネットが強かった東日本大震災

 2011年3月11日は、日本人にとって歴史上忘れることの出来ない日となった。十メートルを超す巨大津波は、全く事前に想定されていた大きさをはるかに超えて、軽々堤防を越え、一万人を超す多くの人の命を奪った。しかも、津波は福島の原子力発電所をも襲い、冷却装置を破壊して未曾有の放射能事故を起こした。政府は情報が錯綜する中、全く想定外の判断と対応を求められ、一時指揮命令系統が混乱した。

 大地震がまだ陽の高い午後3時頃だったために、技術の進歩で撮影された高精細の津波の映像が、世界のテレビでライブ放映されることとなった。しかもビデオカメラや携帯電話スマートホンの普及で、多くの人がそのデジタル映像を記録した。また首都圏においても帰宅困難者が家に帰れない中で、回線制限や通信量パンクで電話が通じない間、ネットやSNSメッセージが連絡方法として重宝し、災害緊急時のネットの強さ、安否確認の有効さを示した。

 また特筆すべきは、担当者が超法規的に気を利かせて、緊急時のこの時ばかりは、何とネットでNHK放送がライブで見れた。

「親子の絆」の重要性

 一方で、日本が先進国であらゆるインフラが整い、通信がクラウドのデジタル時代であっても、震災直後の停電とロジスティックスの分断で、被災地の臨時避難所は寒く、衛生的な水や食料など基本的な生活物資やインフラが不足した。電話が不通で錯綜する情報の中、人の会話や、紙のメモが重要な伝達手段であった。役場が津波で流されて行政機能を失った被災地もあり、しばらくの間、誰も正確な被災者数すら把握できなかった。

 私自身も正直、3月11日以降、大震災、巨大津波、帰宅難民、原発事故、株価暴落など連続して起こり、しばらく呆然としてしまった。私の母方の祖父が、私が生まれる前の事だが1946年南海大地震の時の津波で命を落とした連想があって、思考が混乱しているのかも知れないと思った。最近の研究によると、日本人は数百年に一度づつ、歴史の中で酷い大震災や巨大津波によって、多くの命や財産を、一瞬のうちに失う体験を積み重ねてきた。築いてきたものを失ってしまう状況に直面したわけだ。そこから振り返って、我々の人生で、いったい何が大切なのか。

 そんな中ですら、行方不明の家族を探す肉親の姿は、避難所であとを絶たなかった。結局最後、家や財産が津波で流されてしまった状態ですら、人を行動へと動かすのは愛する肉親の安否の心配である。SNSの時代、ソーシャルグラフだ何だと言ってみたところで、所詮人と人との関係は、特に「親子の絆」が基本であることを、東日本大震災は最も素朴な事実として、悟らせてくれた瞬間ではなかったろうか。親子の関係は、あらゆる法律や理屈を超えている。

産婦人科に天然水を送ったウォーターダイレクト

 そんな混乱の中から、ベンチャー企業「ウォーターダイレクト」による天然水の被災地産婦人科への無償提供活動の中から、何か本質的な指針が見えて来たように思う。3月11日の東日本大震災が、原発放射能事故を誘発し、3月23日東京都の一部水道水に放射能物質(放射性ヨウ素)が検出され乳児の飲用を控えるよう東京都水道局が発表したことから、突然「乳幼児の飲料水が水道水では危険だ」という事になったのだ。そこからペットボトルの天然水等がスーパーから売り切れが続出し、乳幼児のいるご家庭の飲み水が確保できない事態となった。特に福島茨城方面の産婦人科は、安全な水確保が困難な事態が想像された。

 そこでベンチャーキャピタリストとして私も応援して来た、設立5年のベンチャー企業「ウォーターダイレクト(伊久間社長)」が迅速に動いて、富士山の地下水(十年以上前の天然水を無菌充填した安全な水)を、福島と茨城の産婦人科に無償提供することにした。その後半年間、混乱が収まるまで安全な水は提供され続けた。もちろん東日本大震災に援助したのはウォーターダイレクトだけではないが、本質的に企業が社会の中で何をすべきか、本質を問われたような気がした。

企業と投資家のあるべき姿

 本来投資家から資本を集め、上場を目指しているベンチャー企業が、商品の水を無償で提供するというのは、財務的に言えば利益の圧迫である。また売名行為と言われる危険もある。しかし、「人が人に、商品やサービスを生み出し、供給し届け、喜ばれながら経済的に生きていく」という本質的な企業のあるべき姿からすると、その本来の姿を実現すべく資本を投入し、忍耐するのが投資家の役割である。ならばベンチャーキャピタリストも、災害時には積極的に、投資先ベンチャー企業の社会貢献に協力すべきである。資本を使って素晴らしい商品が人によって作られ、供給されて、顧客が消費して満足する、この基本形を大切にすることがいかに重要か。その経済活動が、起業家にとっても投資家にとっても、人生そのものである。

企業が守るべきルールの本質
 また、震災によって、化成品のキャップ供給が不足し、ウォーターダイレクトの水の供給が滞りそうになった局面や、受付電話の急増で回線がパンクしそうになったり、水のサーバ供給が間に合わなくなったり、緊急対応が必要な局面も多々あった。東日本大震災、巨大津波、それに続く原発事故の影響は世界中に広がっていったが、緊急対応せざるを得ない状況が多かった。

 例えば2011年3月11日という日が大震災だったので、多くの被災地に関係する会社の3月決算は、正確な作成が困難となった。伝票は流され、取引履歴を振り返る担当者は被災しておらず、棚卸作業も出来ない状態で決算作業は、意図せず大雑把な作業で済まさざるを得なかった。それに普段はうるさい会計士ですら、通達が出て、監査上適正な監査意見を出した。

 その時に、細かな規則の運用よりも、本質や目的が優先されるべき事態や、そもそも想定外の異常事態に対応するルールが存在しない状況にも多く遭遇しただろう。その時、コンプライアンスやガバナンス、内部統制、個人情報保護、適時開示、労働法制や就業規則の意味が、もう一度問い直されることとなったと思う。細かなルールの違反を摘発し、新しいルールが制定されるまでじっとして待ってなどいる場合でなく、目の前の現実への対応の方が重要であるという、過酷な現実が広がっていたのである。

 例えば新聞には軽トラックの荷台に5ー6人の人が乗っている被災地の写真が掲載されていたが、それがうるさい新聞の普段とは違って、交通違反であるという指摘記事ではなかった。原子力発電所が事故を起こし緊急事態に陥っているのに、法律上どういう風に処理されるべきか、という事を、延々ゆっくりと議論している時間的余裕はなかったはずである。

 緊急の時には、人間社会において、ルールそのものよりもルールの本義・意味の方が重要になる。その時、ルールはそもそも何のためにあるのか、という高い常識が問われる。起業家は、ルール順守を大事にするサラリーマンの部門長とは異なり、常にルールを道具として使いこなす、本質主義者でなければ務まらない。

歴史的に低迷した日本のIPO市場

 2006年ホリエモン事件以降、未公開株の詐欺や、様々な新興市場の問題が議論される中、2010年のマザーズ上場企業FOI巨額粉飾事件などが起こった。ベンチャー市場の新規上場審査は、反社会的勢力(いわゆる暴力団)だけでなく、反市場的勢力(証券取引で株価操縦など問題を起こした投資家)まで規制の対象としたため、ベンチャーの上場準備が進まなくなった。なぜなら、誰が反市場的勢力なのか分からないので、こそこそと噂が広がるという、魔女狩り疑惑の様相を呈し、上場準備が困難を極めた。個人情報なので誰が反市場勢力か明らかにできないという論理も余計に事態を分からなくした。証券取引所が言っているとも、上場作業を担当する主幹事証券会社が言っているとも、監査法人が言っているとも分からず、ベンチャー企業は疑惑疑惑で原因が分からず、上場準備が著しく混乱したのだ。

 徹夜徹夜で新商品開発で奔走する若いベンチャー企業に対して、労働基準法を順守し、時間外給与の未払いが残っているのではないか、という重箱の隅をつつくような審査姿勢も、日本の新興市場が世界的に敬遠される原因となっているだろう。リーマンショックや円高の影響もあるだろうが、結果的に日本の新規上場社数は、歴史的に低迷してしまうことになる。(グラフの通り)

上場審査の緩和に動いた東証

 新興市場の歴史的低迷を受けて、まさに大震災の混乱の最中、2011年3月31日に「マザーズの信頼性向上及び活性化に向けた上場制度の整備等について」が施行された。注目点は以下の通り。

 1.反社会的勢力との関係がない事を示す確認書の範囲を見直し、反社会的勢力排除の方針に変わりはないが、範囲を設け、影響度、重要性を考慮する。また反市場的勢力(東証は定義しない)は、反社会的勢力でないので影響があれば個別判断する。
 2.事業計画の合理性に関する審査において、月次業績の予実差異の有無により、事業計画合理性の有無判断はしない。

 など、現実的な審査に近づいたと評価でき、新規上場数の回復を期待したい。

大震災から一年、起業家精神を謳おう!

 失われた十年とも二十年ともいわれる日本人は、大震災で、目を覚ましてきている。何が人生の本質なのか。目の前の様々な規制や法律、会社のマニュアル類に埋もれて本質を見失って来た日本人も、ガラパゴスといわれ、過剰品質をいわれ、今回の大震災を体験して、少なくとも抜本的改革に向けて覚悟が出来てきているように思う。

 その改革を推進する力こそ、ゼロから事業を立ち上げようとする起業家精神だ。起業家は、すでに売れる商品があり組織がある既存企業と異なり、ゼロから新しく事業を始めて成功しようとする。起業家は常に本質主義者でなければならない。大震災一年を経て、日本から世界に起業家精神の重要性への気付きを発信したい。
  
絆@kizna.tv プロジェクト

 多くのご家族の尊い命が東日本大震災で失われた。その現場には親子の絆があった。私はベンチャーキャピタリストとして、震災一年を経た今、家族を登録し、いざという時に安否確認ができる@kizna.tvプロジェクトを始めたいと思っている。地味な事業かも知れないが、仮に財産をなくし、法律が整備されていなくて、政府が機能しなくても、皆が登録しておくことで、いざという時に役に立ち、人と人との家族の絆を失わないで済むようなサービスにしたいと思っている。

著者略歴

日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合
代 表 村口和孝 《むらぐち かずたか》

1958年徳島生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。84年現ジャフコ入社。98年独立し、日本初の投資事業有限責任組合を設立。07年慶應義塾大学大学院経営管理研究科非常勤講師。社会貢献活動で青少年起業体験プログラムを品川女子学院等で実施。

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